何も言えなくて―――春

僕の視界に写る景色―――高校生活を勤しんでいる生徒達の日常。

うん、素晴らしい普通の日々の断片だ。何も間違ってないし、違和感も不自然さもありはしない。

キョトンと目を丸くして立ち止まっている僕の存在の方が、不自然といえば不自然だろう。

しかしながら、違和感があり不自然さをバラ撒く存在が先程まで確かに居た。

この普通の生活には異様で異彩を放つ存在を僕は実際に見て知っている。

あの変態紳士さんを、この目で確認して脳で認識して理解している―――はずだった。

消えた?そんな馬鹿な!?上の階ですれ違い、この階で男子生徒であろう悲鳴にも似た声を聞いている。嘘は何一つ無いはずだ。仮に変態紳士さんが追われている事に気付き逃走を企てたって、教室に入れば室内の生徒にバレるし、そもそも先程の廊下とは違い、ここには雑談したり何かしらの用で生徒が大勢いる。誰一人無反応は有り得ない、気付くはずだ。悲鳴でも何でももっと反応があって然るべきなんだ。

しかし反応といえば最初の声だけ…どうなっているんだ!?

困惑しながらも頭の中で色々と整理していると、ハッと閃く。

階段の横は広くはないが、掃除用具とかが置かれている空間ではないか?

そう思い立ち、すぐに確認をする。

確かに掃除用具が入ったロッカーが並ぶ空間はあるが、ロッカーの中や周りを確認しても、変態紳士さんがこの場所を何かに利用した痕跡はない。

どうなっているんだ、本当に!?ワケガワカラナイヨ。

思わずカタコトになってしまったが、気を取り直して近くにいる生徒に話を聞いてみる。

情報は少しでも多い方が良いし、単純に情報収集は推理の基本だ。

多少の探偵気分で、数人に話を聞いてみた。


―――僕が変態扱いされた。


おい!おかしいだろ!?いい度胸じゃないか、次会う時は法廷だかんな!!!

まぁ確かに、急に『黒いサングラスでマスク装備の変態紳士さん見なかった?』って聞かれたら、誰だって困惑するし唖然としてしまう。

「いや、知らないけど(こいつ、大丈夫か?)」って感じだったもん!みんな反応が冷たくないか!?

心の折れる音を聴きながら、僕はガクッと肩を落とし情けなく自分の教室へと戻る。

本当に勘弁してくれ、何なんだよ、一体!?

教室へ戻ると相変わらずの面子が、ガヤガヤと思い思いの行動をしている。

先程までのダウナーな気分に区切りを付けて辺りを見回す。

あっ、そうだ!この気心知れた面子に話せば、分かってくれるかもしれない。

なんで早く気付かなかったんだろう?そうだよそうだよ!こいつらなら信じてくれる!何だかんだ言って、信用出来る奴ばかりだし!先程は後輩である一年生に話を聞いたから駄目だったんだ!入学して大して月日が経ってないから、まだ免疫というか抗体というか耐性が付いてなかっただけに違いない!それに比べて、経験がダンチな我がクラスの猛者なら安心だろう。

僕は変態紳士さんの件を、仲の良い数人に報告してみた。


―――僕が変態扱いされた。


嘘だろ!?まさかのデジャヴ!?僕の信頼が前振りになってしまった!!!

そろそろ泣いてもいいよね。もう、何も言えねぇ。

桜花なんて「それって自分の事じゃないのぉ?変態プレイがしたいなら、ミーに素直に言えば」とか意味不明なこと言っているだけで、全く信じていない御様子。

一番ショックだったのが、天草の「親愛なる真中君、私は君が嘘偽りな妄言を発しているとは思わない。どれだけ突飛でどれだけ現実味が無くてもだ。それが友達ってものだろう?信じているからね。だけれど―――悩みがあるなら、素直に言って欲しい。一緒に少しずつ解決していこう、だって友達だろう?いくらでも話を聞こうじゃないか」だ。

この身に余る程の気遣いが、全身を切り刻む―――何だかんだ言いつつも、僕の発言を何も信用していない、この現実。

そんなに突飛かな?

そんなに現実味無いかな?

うん、無いな。

校舎に変態紳士さんが徘徊していて、その事実を僕しか知らないなんて嘘にしか聞こえないもんな。

それにしたって僕の発言力の無さが露わになり、完全に孤立状態……詰んだ。

みんなが思っている以上に、ヘコんでいるんだぜ。

どうしたら良いものか―――また新たな悪目立ちになってしまった。

それなら、よし、決めた。これしかない!


『どうにでもなぁーれ♪』

なるようになるさ、時間が解決してくれるハズ―――僕は丸投げにして諦めた。




それからまた数日が経ち、僕はボケッとアホ面を晒しながら、教室の窓辺から晴れた空を見ている。

別に精神がヤバくなった訳じゃないから安心して欲しい。

とくに理由も無くなんとなく空を見ていると、二階堂が話しかけてくる。

「よう、何してんの?」

別に、なんとなく。

「あっそ―――で、例の変態紳士さんとの交流はどうなったんだ?」

はい?ナニソレ?

「おいおい、真中が言っていたんだろ?徘徊する変態紳士さんがって」

悩みなら相談乗るよ?だって僕たち友達だろう?

「俺を変態扱いすんな!変態扱いされるのは真中だけで十分だ!」

それもそれで遺憾だが―――お前は何を言っているんだ?

「もう忘れたのか!?ちょっと前に突拍子もないこと言ってたじゃないか。変態紳士さんのこと!」

うーん、そうだっけ?

そんな事もあった気がしないでもないでもない。

「どっちだよ!」

身に覚えがありますんって感じかな。

「もういいです。騒いでた割にはすぐ忘れやがって」

はて、面妖な。

「お前がな!!!」


何が起きて何が起きなかったか謎で不明なまま、僕と変態紳士さんとの邂逅は終わりを迎えた。

それ以来も誰一人として変態紳士さんを目撃しておらず、真相は闇のまま埋もれて流され消えていった。

僕の日常に現れた《非日常》。

あんなに心乱されたはずの《非日常》。

しかし、日を数える度に薄れていく。

過去になり懐かしまれ、いずれ記憶に残らず消えていく。


それなら―――×××××

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