春風に乗せて

《思惑が思惑を呼び日常に変化をもたらす》なんて、ファンタジー風な世界観の欠片も無い僕の毎日は、静かに薄く続いていく。

見慣れた景色・場所・人物に囲まれた日々の暮らし、少しの幸せとそれなりの不幸せを両手に握り締め人生を歩く―――まさに《日常》そのものだろう。

普通は普通のまま普通を辿る。

異様も無く異変も起こらず、異質も無く異物や不純物なんて以ての外。

僕の見て知って感じている日常は、《普通》以外有り得ない。

起承転結なんて、物語の世界にのみ適応され効果を発揮する。

僕には《稀少十傑》―――絶滅寸前の選ばれし十種ぐらいにしか思えないし感じられない。

この程度のそんなものレベルで十分、だからこそ普通なんだ。うん、普通って素敵やん?

変えて代えて替えて都合良い好き勝手が許される普通の日常―――故に安牌。

安心と信頼の安らげる日々、妥協点で及第点を僕は過ごす。

日常や普通に、不平不満を持ち異を唱えたり否定したり拒否したり、非日常や異常を求めたがる事に僕は逆に異を唱える。

否定的ではなく、否定をする。

否定では足りない、全否定をしよう。

何が良くて求めるのだろう?

何が楽しくて求めるのだろう?

何が愉快で求めるのだろう?

感性は十人十色、感覚なんて人それぞれと言われてしまえばそれまでだが―――特別な何かを求めていた頃の僕ならば、少しは理解出来るとは思うが今は違う。

ここで勘違いしないで欲しいのが、決して非日常や異常を否定している訳ではないということだ。

あくまで、それらを追い求めるばかりに《日常》や《普通》を蔑ろにしたり疎かにして、日常や普通を過小評価してしまう行為に苦言を呈している。

要は無い物ねだりだろ?

お互いが対等な上で比較するなら分かるが、日常や普通というものは、どうしてか過小評価されやすく、非日常や異常は過大評価されやすい。

これは平等じゃないし公平でもない。

そもそもの物差しが違うのに、比較も何もあったものじゃない。

『面白そう』で求めたって、本当に面白いかは別の話だし、今この現状より悪化する可能性も十分に有り得る。

つまり、面白くない日常から、より面白くない非日常に変化する場合もあるという訳だ。

悪くないと思うんだけどな日常。

面白いと思うんだけどな普通。


そんな昨今の、ライトノベルや漫画にありがちな非日常系に一石を投じながらボケッと廊下を歩いていると、黒のサングラスに口元を隠すマスク装備の私服の人物とすれ違う。

今の季節が春なだけに、春の陽気に導かれ変態紳士さんが冬眠から目覚めたのかな?

なんて思いながら、僕はまた思考の海へ潜っ……うん?

今、何か校舎に居てはいけない人がいたような…おかしいな、目の錯覚?

疲れが溜まっているのかな?うん、そうに違いない。そんな希望に縋り、後ろを振り返ると―――黒いサングラスとマスク装備の変態紳士さんが、さも当たり前のように廊下を歩いていた。

いやいやいや!おかしいだろ!?

流石に見過ごせない、この現実。何のイベント?ハロウィンの仮装はまだですよ!?

呆然としながら、たまたま変態紳士さんの手元を見ると、日光の反射でキラリと光る包丁のようなものが…?

アウトー!!!もう無理でしょ!?

もう放置出来ない!僕はあなたに夢中ですよ!?

周りを見渡しても、変態紳士さん以外に誰もいない。誰もいないって、どんなタイミングだ!?

焦る僕と、当たり前のように歩く変態紳士さん。

どうしよう。通報ですか?教員に報告ですか!?

ピンチに何も出来ない僕を叩かないで!ディスらないで!みんなも案外動けないぞ!?

情けなくアタフタしている僕を余所に、変態紳士さんは廊下の角を曲がり視界から消える。

いなくなったし、気付かなかった振りして立ち去ろうかな?えっ、駄目?デスヨネー。

正直、好奇心もある。教員に報告する前に、少しだけ様子を確認しよう。

順序が間違っているのは重々承知の上で、僕は忍び足で後を追う。

校舎を忍び足で移動している絵面が、どうしようもなくシュールなのは置いといて、静かに追いかける。

廊下の角から、恐る恐る覗き見ると誰もいない。あっ、見失った?

すると、廊下の角にある階段の下の方から男の声が聞こえてくる。生徒か?

『うわっ、なんだお前!?お、おい!こっち来んな!う、うわあああああ』

(……)

おいいいいい!!!アウトだアウト!!!

もう何も笑えねぇよ!僕の日常を壊すんじゃねぇ!!!

ギアを入れダッシュで階段を降り、声の場所まで直行する。

そこには―――。


普段通りの日常溢れる風景が広がっていた。




あ、あれ?

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