里見紗都未

天草奏がどこかで誰かと、何かのやりとりを行っている真っ最中。

僕こと真中実が、教室でソワソワしながら同士の帰還を待っていると、静寂の空間に不自然な物音が鳴り響く―――扉をノックする音。


「失礼な事をする気はないが、失礼しまーす」


不気味な雰囲気の中、扉が開かれ一人の女性が現れる。

えっと……?

「どうも、正ヒロインの登場だよ。えっ、あたし?『ふっ、名乗るほどの者じゃないさ』って格好良く言いたい所だけど、それじゃ不満で不足だろうから」


「あたしは、里見 紗都未(さとみ さとみ)という者だ。顔と名前だけでも覚えて帰ってくれたら嬉しい」


名前といい、その後に続く台詞といい―――お笑い芸人みたいな人だな。

これからショートコントでも始まるんだろうか?

「あなた…なんか失礼な事を考えてない?」

あ、いえいえ!何も不穏な事なんて……ねぇ?

「まぁ、いいわ。謝罪としてジュース一本を要求するけどね」

なんかリアルな要求だな、じゃ後で買お―――って、買うか!

「最低限のノリツッコミは習得しているみたいだね、実にボケやすい」

やっぱりお笑いの人なのか?

「このまま雑談に興じていても退屈しなさそうだけど、やっぱり違うわよね?」

僕に聞かれても困る。

その前に、失礼ながら恐る恐る聞いてみる。

あの、どこかでお会いしましたっけ?

面識を持った覚えがないんですが。

「あたしは、里見紗都未という者だ。顔と名前だけでも覚えて帰ってくれたら嬉しい」

それは先程聞きました。

「聞いただけだろう?ちゃんと理解して記憶して、脳に刻み込んだのかい?人間性なんてものは後から幾らでも伝えられるが、まずは存在を認識してもらえない事には始まらない」

仰る通りですが、あなたみたいな濃い人間を、簡単に忘れる訳がないと思うんですが?

「はぁ、安心してくれたまえ、あなたとあたしは初対面だ。『初対面!』意味は理解出来るかな?だからこそ、今回は顔と名前だけでも覚えてくれたら嬉しい」

やはり初対面ですか。

しかしキャラが掴みづらいな、この人。


「真中実の先輩であり、天草奏より胸部が発達していて、面白い事が大好きなお茶目な女の子さ―――惚れても良いんだぜ?」


惚れはしませんが……。

そうか、里見さんは先輩だったのか。

あれ、そういえば―――。

「何を驚いているのかしら?あたしは真中実に用があるのだから、『初対面』だからといえ、名前ぐらい知っていて当然ではなくて?」

コロコロと口調が変わるのが、ややこしい…ワザとなんだろうな、そんな気がする。

しかし、帰宅部で生徒会などにも属していない僕に、先輩が何の用なんだ?

思い当たる節がない。

「そんな難しい顔をして、考えなくても大丈夫。百人どころが二百人乗っても大丈夫、泥船に乗ってそのまま沈みなさい」

駄目じゃねえか!百人どころか一人も乗れませんよね!?

「反抗期か?お年頃だねぇ―――お姉さんが色々教えてあげようか?」

お願いし―――って、お断りですよ!(危なかった)

「お姉さん的には、面白い事件・出来事なんかが大好きな訳よ。ハプニング最高って感じ!だから―――」


「平々凡々な日々の連なりである《日常》が大嫌いなんだよね」


その言葉が何故か、重く圧し掛かる。

声を出したくても口が開かない。

まるで金縛りかのように、体が拘束されている気分だ。

「そんな矢先に、日常を謳歌している《誰かさん》を見かけてしまった訳なんだよ」

「見かけた当時は、それなりに頑張っていたみたいだけど、すぐ看破されちゃって、そのままズルズル日常に溶け込みやがって!」


「だから、あたしは真中実の《日常》を、ぶっ壊す事に決めました」


はぁ、なんなんだ、この人。

唐突な発言に言葉が詰まる。

日常を壊すって、中二病患者なのか!?

冗談にしては笑えない。

「その一段階目として、あなたの友人に似せた愛の溢れる手紙を送ってみたんだけど、ドキドキソワソワブルブルしてくれた?」

確かにあの手紙は、愛が溢れに溢れ零れまくっていました。

それに不安や恐怖は抱きましたよ―――精神的に堪えましたし、冷や汗モノです。

あの不幸の手紙ならぬ、愛の溢れた手紙の犯人は里見さんだったのか。

だとすると、天草は今頃、誰と会っているんだ?

「奏ちゃんも真相には辿り着けなかったみたいだし、なかなか面白いものを見せてもらったよ」

人をコケにして楽しむな!性格悪すぎるだろ!?

「よく『いい性格してるな』って言われるけど?」

解釈の違いだよ!『性格良い』とは言っていない!

とは言え―――。

何故、僕なんですか?

初対面にも関わらず、標的に選んだ理由とは?


「気になるかい?気になるよね?不安だもんね?日常に揺られているだけのあなたには、不安定は落ち着かないだろうし。しかし、安心してくれたまえ!あたしは、楽しい!愉快だ!面白い!!!」

全く安心出来ないんですが。

「あなたがどんな感情を抱いていても、問題ないし関係ない。世界が楽しければ正解だ!まさにジャスティス!しかしながら、始めから言っているだろ?」




「あたしの名前は、里見紗都未。今回は『顔と名前だけでも、覚えて帰ってくれたら嬉しい』ってね」

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