作為的な善意

「今の時間なら誰も来ないから安心だろう」

私達が移動して来たのは中庭の隅にある伝説の木―――とは言いがたい普通の木々が並ぶ木陰。

優しい風が吹く中、私と桜花舞香は対峙する。

暫くの間、沈黙が空間を支配し、そして……。


「許さない!ミーとミノルの愛の空間に割って入ってきて、ミーの邪魔ばかり!!!」

「……」

「なんなのよ、アンタ!普段は無口で存在も目立たないくせに、ミノルとだけ話して!」

「……」

「もしかしてミノルのこと好きな訳!?残念でしたぁー、ミノルは私と付き合ってるんですぅー!!!」

「……」

「ミノルは優しいから誰にでも親切にしちゃう。だからアンタ!勘違いしちゃったんでしょ!?只の普段通りの優しさを、アンタだけにしているって!!!」


「五月蝿い、黙れ。誰が発言権を許可した?弁えろ」


私の一言に、彼女はギョッと顔を強ばらせ、少し萎縮したような仕草を見せる。

「君としては、まだまだ私に言いたい事が山ほどあるだろうが、知ったことか!」

「―――なっ!」

「口を開く必要は全くもって皆無だ。私の発言を黙って聞き、真摯に受け止め、改善策を模索し、自身の行いを悔い改める事だけが―――」


「君のやるべき行動だ!それ以外は何一つ認めない!」


先程まで優しかった風が、私の感情とリンクしたのか、勢いを増し吹き荒れる。

私の発言を受けた彼女は、涙目になりながらか細い声で話し出す。

「…やだ。ヤダヤダヤダ」

「……」

「嫌っ!嫌嫌嫌!!!嫌だもん」

「……」

「ミノルはミーのものだもん…」

「君の所有物みたいに言うな。真中実は物じゃない、人だ」

「うぅ……じ、じゃあ!どうすればいいのよ!」

「何が?」

「ミーは、ミノルの事が好き!好き好き好き!もう抑えられない!大好きなんだもん!!!ミーがこんなに想っているんだから、ミノルだって!」

「その前提が間違っている事に、いつになったら気付くんだい?」

「えっ」

はぁ……と、心の中で深くため息をし、相手の目を見て、しっかりと言い放つ―――現実を突き付ける。

「確かに君は、真中実の事が好きなんだろう。好き好き大好き愛しているんだろ?迷惑極まりないが、嫌でも伝わってくる―――本当に不愉快だよ」

「で、なんだっけ?自分がこんなに好意を抱いているんだから、相手もそうに違いないって?誇大妄想も甚だしいな、ドン引きだよ」

「証拠は?根拠は?凡人な私にも分かるように、ちゃんと論理的に説明してくれないかな?君の決め付けではなく、そうであるという証明をしてくれ」

私の問いに、彼女は動揺を隠せないまま答える。

「いつも目が合う」

「隣でチラチラ視線を感じてたら、誰だって視線の方を確認する」

「ミーと話している時のミノルは楽しそう」

「友達との会話は楽しいに決まっている―――あくまで《友達》」

「ミーにあんなに優しくしてくれる」

「おやおや、自身の発言をもう忘れたのかい?鳥頭にも程があるだろう。君が言ったんだろう―――真中実は優しいから、誰にでも親切にしてしまうって」

「……」

「誰にでも優しい。それは《特別な誰かがいない》って事に繋がらないかい?」

「……」

「その前に、私は聞いたことがないよ。真中君が桜花舞香と付き合っているって」

「そ、それは!隠しているだけで」

「はぁ…そろそろ認めないか?」

「な、何を!」


「真中君が、君の事をどう想っているかは定かではないが、現時点で君達が両思いの相思相愛で、双方の同意のもとお付き合いしているという事は、君の勝手な思い込みであり、決め付けであると」


言葉は返ってこない。

脳内がお花畑の恋に恋する女の子。

気持ちはミクロ単位で汲めなくもないが、気持ちばかり先行して暴走してしまったのだろう。

彼女の行為は、すでに好意ではなく、狂気を帯びている。

愛に軽いも重いもない、何故なら量るものではないから。

しかしながら、彼女はやりすぎの行き過ぎだ。




「……の?」

しばしの沈黙の後、彼女は口を開く。

「……ミノルはあんたを選んだの?」

「友達としては選んでくれたが、それについてはどうかな?」

私に聞かれても困る。

「ミーは選んで貰えなかったの?」

「告白でもして、本人に聞いたら良い」

「……」

「君を《友達として好き》なのか《恋愛感情としての好き》なのか―――真中君にしか分からない」

「……」

「私は君とは友達になれそうにないから、応援する気は全くないが、邪魔をするつもりもない」

ただ―――。

「あんな物騒な手紙を送りつけて、私の大事な友達を困らせるのであれば、絶対に許さない」


「……え?」

「おいおい、ここにきて聞こえない振りかい?」

「あっ、いや!違う。ちゃんと聞いてたけど」

「じゃあ、なんだい?」


「……手紙って何のこと?」


「勘弁してくれよ、君のしたことだろ?」

「えええっ、ち、違う!」

「シラを切る、か。どうしようもないな」

「違う違う違うって!聞いてっ!手紙なんて送ってない!」

必死で懸命な表情の彼女。

嘘を吐いているとは思えない。

「えっ、本当に?」

「信じて!ミーのことなんて信用出来ないと思うけど」

「……」

「私の感情は重いとは思う―――だけど、好きな人を困らせるような事はしない、したくない!」

「……」

「私は手紙の送り主じゃない!これだけは信じて欲しい」


ちょっと待て、待て待て待て!

手紙の犯人が彼女じゃない―――じゃあ、誰があんなこと…?

実を笑えないな。

私も、この案件を名探偵に丸投げしたい気分だよ。

とりあえず実の所へ戻らないと。




とある教室の扉の前に佇む一人の影。

不敵な笑みのまま、人物は呟く。


「楽しい愉しい世界へ、ようこそ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る