憂鬱の中

《走れ、止まるな!》


どこまで走れば良いのですか?

何度、壁にぶつかれば良いのですか?

走りきった先に何があるんですか?

ゴールはあるんですか?

―――俺にはわかりません。


小学生の時に通っていたミニバスのコーチの言葉が俺の脳裏を過ぎる。

熱く気性が荒いコーチで、熱血という言葉が誰より似合う大人だった。

そのせいで、俺達はいつもシゴかれていた覚えがある……あれから年月が経った今でも、鮮明に思い出せるぐらいに。

そのコーチの口癖であり、耳にタコが出来るぐらい毎日聞かされた言葉。

《走れ、止まるな!》

当時は言われ過ぎて夢にも出てきたぐらいに、俺に刻み込まれていた。

正直、あまり好きになれなかった言葉。

「辛い…疲れた…足痛い……なんで、こんなこと」

毎日のように考えていたっけ、懐かしいものだ。

まぁ、なんだかんだ愚痴をボヤいたって、好きなモノは簡単に辞められない。

高校二年生の今でも、俺はバスケ部に所属している。


えっ、俺は誰だって?

勿論、真中実じゃない。

何処にでもいるしがないバスケ部員の一人、二階堂 中のなんとも情けない一人語りに、少しの間お付き合い願おうと思う。


俺は不器用なんだと心から思う。

真中みたいに円滑に人間関係を築けないし、あのユーモラス女子みたいに会話を盛り上げる事も出来ない。

俺は只でさえ人見知りな上に、複数の物事を同時には出来ない。

あいつは否定するだろうけど―――輪の中心になりやすい真中の周りに漂うのが精一杯だし、コレと決めたらそれしか出来ない単細胞なのが、俺。

だから、今でもバスケ部。それだけのことだ。

身体能力が高く、才能でもあれば納得出来るが、残念ながら俺には才能は無いみたいだ―――弱小バスケ部のレギュラーをギリギリ任されているレベルが関の山。

俺より上手い奴なんてそこら中に存在しているし、自分のセンスの有無を幼心で理解していたので、ミニバス時代から練習はサボった事は無いし、努力も出来る限りしてきたつもりだ。

走って、走って、一心不乱になってまだ走って、それでも走って―――やっと壁を越えたと思ったら、すぐ新しい壁が立ち塞ぐ。

『食事でもなんでも、センスのある奴が美味しい思いをする』とか誰かが言っていたが、本当にその通りだと思う。

センスの無い奴がいくら努力したって、センスのある奴に努力されては勝ち目がない。

なら、どうすれば良いんだ?

もしかしたら努力する意味なんて無いのか?

今までの苦労は時間の無駄だったのか?

そんな事を考えるようになり、後ろ向きになっていた矢先、試合中のアクシデントにより手首を負傷してしまう―――完治まで二週間かかるらしい。

負傷して数日は、練習は出来なくても部活に参加していたが、いつしか部活にも参加しなくなっていた。

顧問からも怪我が治るまで部活に参加しなくても良いと言われていたし。

それより何より、俺にはもう努力して頑張る意義を見失いかけていた。

努力しても報われるとは限らない。

頑張っても成果が出るとは限らない。

本当に壁を越える事に意味があるのか。

走った先は真っ暗、振り返れば苦痛と挫折の日々。


俺は壁の前で立ち止まった。

今まで、馬鹿正直に一心不乱で走ってきた人間が立ち止まればどうなるか―――もう動けない。進む事も退く事も出来ず、ただ呆然と壁の前で座り込むだけ。


なんで、あなたはあんな事言ったんですか?

あの言葉が無ければ、走り続ける事も無かったかもしれないのに。

どうして、どうして……!?

後はこのザマ。

他人に責任転嫁する簡単なお仕事、最悪の悪循環。

どれだけ挫折しても好き、どれだけ苦労したって好き―――今もこの気持ちは嘘じゃない。

しかし、好きだからといって俺自身がやる必要がある訳ではない。

もっと上手い奴、才能豊かな奴がやっているのを観戦しても良いのではないか?


そんな事ばかり考えているある日、俺は珍しいモノを目撃した。

いつもと変わらない毎日のありふれた放課後、部活へ参加せずクラスの気の合う連中とこの後カラオケでも行こうか、なんて話していると一部の空気が変わった事に気付く。

(……)

真中だ―――あいつの空気が変わった……?

すると、真中は慌ただしく焦ったように俺達を後にして、何処かへ走り出した。

真中のあんな表情は初めて見た。

あんなに必死で真剣で一心不乱な表情。

どんな結果でも構わないといった表情。

決意に満ちた瞳。


俺が忘れていた―――なにかは目の前にあった。


その件があった後日、真中に何があったのか聞いてみたが、頑なに口を閉ざしていた。

それ以上は俺も聞かない。

何かがあった事には違いないだろうし。

あの件以来、真中の雰囲気も少し変わった気がするから。

席を離れようとすると、真中が俺にしか聞こえないような小さい声で言葉を呟く。

「逃げる事は悪い事じゃない、逸らす事も悪い事じゃない、立ち止まる事も。だけれど、その責任は取らないとな―――何かのせいにしちゃいけない。思い知ったよ……ままならないもんだな、日常も」


俺は無意識に決意する。

心に火を灯す。

不器用で不器用でしょうがないけど。

意味が無くても、時間の無駄でも、報われなくても。

俺はそんな事のために、今までやってきた訳じゃないから。

俺は俺のために走ってきたんだ。


《走れ、止まるな!》


俺には未だにわからないです。

だけど、不器用が不器用なりに、もう少し努力して頑張って抗っていこうと思います。

立ち止まっても挫折しても迷っても。

走らされるのではなく―――自らの意思で走る。

立ち止まるのなら、自らの意思で立ち止まる。

決して、悪い事じゃないと、《今の俺》にはそう思うから。


日常はこんなもの、何処にでもありそうな平凡な生活。

という訳で、俺の情けない一人語りは終わろうと思う。

面白味も感動も勧善懲悪なんて無い―――俺の俺による俺だけの物語。


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