騙し絵な僕ら
「ほらほら、何ダラダラ歩いてるんだい?こっちこっち!」
はいはい、ちょろちょろと小走りで周りを動き回る姿に、こっちが疲れてしまいそうになりながら適当に返事をして後を追う。
「何を疲労した顔しているんだい?露骨な表情は感心しないな、まぁ分かり易いから扱いには困らないけど」
何気に酷いことを言われた気がするが、スルーしておこう。
「今日は朝からこうして出掛けているんだ、元気ハツラツで過ごそうじゃないか。じゃないと夜まで保たないよ?」
そんな訳で、僕は朝からこうして二人で歩いている訳だ。
「いやぁ、君は本当に心が穏やかになったのか、老け込んでしまったのか……無い物ねだりばかり追い掛けていた頃が懐かしいよ」
懐かしいって……まだ先週の話じゃないか。
僕こと真中実は、先週初めて会話をした天草奏と一緒にいる。
それは何故か―――あの時の宿題を提出するためだ。
「若さ故と言ってしまえば簡単だが、実際は年齢なんて関係無いものだけれどね。まさか―――」
周囲に異なる自分を見せる事で、別の存在になれると思い込んでいた。
相手の語りを遮り、僕は言う。
「そう、その通りだ。私にもあるし君も然り…誰でも本来の自分とは異なる、都合良い自分ってのを周囲へ見せてしまうものだけれど、やっぱりそれは別のナニかになれた訳じゃないんだよね」
所詮は、なるのに慣れて熟れただけなんだ。
そして周りはそれを見馴れただけって感じなのかな。
「はっはー、とんだ騙し絵みたいな感じだよね、視点を変える事で違う表現になる。けれど、やっぱり別のナニかと同一にはなれないよ、そう思い込み相手にもそう思わせているだけのことだ」
なかなかどうして難儀な行為なこったパンナコッタ(……うーん)。
「で、あの時の発言をもう一度しよう。君の正体は―――」
僕の正体は―――。
そんなもの決まりきっている。
僕は僕だ。
僕の声が風に乗り二人の中へ戻っていく―――静寂の中、僕は言葉を繋げる。
僕はどう足掻いても僕で、自己は自己のまま事故ることなく自分自身のままなんだ。
相手にどう見せてどう魅られても、見せ掛けだけで入れ代われたつもりになっただけ―――成り替わっただけで別の存在になった訳じゃない。
繰り上げ当選にも満たない、とんだイリュージョンである。
種と仕掛けしかございませんって、味気無いオチもあったものだ。
別のナニかをダシにして、責任を押し付けてはいけないし、あくまで僕の責任で僕だけの所有物なんだから。
「やっと、あの質問に対する君の本心が聞けた気がするよ。うんうん、成長するって素晴らしいこと限りないよ。で、これからはどうするんだい?」
どうするも何も、僕がすることは変わらない。
これからも相も変わらず仮面を付けて他者と向き合うさ。
あくまで穏便に《僕のまま》ね。
「そうかい、ならその通りに。私も私らしく―――期待通りに大きくなった胸部で、君の仮面とやらを優しく剥がしてやるとしよう」
いや、たかが一週間程度で人間の身体は急成長しない気がする。
君の胸部はまだまだ発展途上…いや、なんでもない。
まぁなんであれ、代われない替えのない自分と向き合いつつ、隣で優しく微笑む彼女と僕は歩く。
「はっはー。いいよ、うん」
天草はハイテンションのまま僕を見つめている、どうしたんだ?
「私の想定以上だよ、君は。うん、素晴らしい素晴らしい」
何がそんなに喜ばしいんだ?僕には見当がつかない。
「最高の気分だ!こんなに心が躍るとは恐れ入ったよ。これなんだ!」
天草はきっと僕に言っている訳ではなくて、自分自身へ向けて言葉を出しているんだろう。
「こんな高揚とした気分は実に久しい。コ○ン君より、早く事件の真相に辿り着いたぶりだ」
うん、実に複雑だ。判断に困る高揚感をありがとう。
「ふっ、ふふふっ…」
おーい、帰ってこーい!
「私は君と言葉を交わすために今まで無口を貫いていたのかもしれない」
はっ!?急に何を……。
「私と《友達》になろうではないか」
えっ???
「今まで私に友達がいなかったのは君と出会うためだったんだ。こんなに素晴らしい思いにさせるための軽い焦らしプレイだったに違いない」
うーん……。
「君と私は、同類の同種であり、同罪の同士なんだ。こんな完璧な二人なのだから、同属嫌悪なんて心地良い《f分の1の揺らぎ》みたいなものさ」
そんな癒やし効果は無いと思うけど。
あのさ…と、僕は浮かれに浮かれている天草に話しかける。
「ん、なんだい?」
なろうとかならないとかじゃなくて―――。
もう既に友達だろ?今更何を言っているんだ。
「……!?」
天草はハッとした顔で軽くフリーズしたまま、辛うじて唇を動かし言葉を繋げる。
「なっ、泣いてもいいかい?」
いや、泣くのは勘弁して欲しい。
「では、改めて……よろしく頼むよ。親愛なる同士君」
はいはい、と適当に返事をして、僕はまた歩き始める。
天草はニコニコと笑顔のまま僕の後を付いてくる。
よろしく頼まれた時の天草の笑顔にトキめいて、惚れそうになったなんて気のせいだろう。
僕らは僕らのまま、嘘を吐いたり吐かれたり、騙したり騙されたり、隠したり隠されたりしながら日常へと帰る。
昨日とは違う新しい日々を繰り返すために―――それもそれで日常に変わりない。
《現実は小説より奇なり》
まだまだ僕達の生きる現実は、小説なんかより平々凡々だ。
しかし、まぁ……それで良いと思う。
今日とは違う、昨日の繰り返しではない、明日という名の日常があれば、それで文句はない。
僕の日常に、新しく友達が追加されただけでも、昨日より楽しいだろ?
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