久々のバレエ
だけど、ブランクはわたしからバレエを奪っていた。足の筋力は衰えていたのである。バレエの理論は十分すぎるほど理解していても、生きている方の左足で基本姿勢をとることもままならなかった。
「こんな足……立つことすらできない足で指導できるんですか」
わたしは弱音を吐くしかなかった。それでも先生は、
「だって、私よりもずっと上手いでしょう。私はプロになれなかった」
なんて言うものだから、わたしは何も言えなくなって、生徒たちの前に立つことになった。
生徒たちを見ていると、「足が上がりきってない」「回転の軸がぶれている」等々、指導する事項はたくさん浮かんできた。わたしの天職はバレエなのだと思い知った。でも、この足では実演できないことが指導の足かせに、そして精神的なダメージになった。わたしにもう羽は、自由に動く足はない。でも、彼女らにはある。
それでも、バレエに関わることは楽しかった。
「筋力がないと軸がぶれるから」
給料が少ないとか、そんなことはどうでもよかった。わたしは情熱を持って指導をしていた。
しかしある日、先生に言われた。
「貴女の言っていることはレベルが高すぎる。ここにいる子達はプロを目指してる訳じゃない」
じゃあなぜ、バレエをしているの?
「じゃあ彼女らはなぜバレエをしているのですか」
わたしは悔しかったのだ。その自由な足で、不真面目にバレエに取り組む姿を見ていることが。
わたしは先生から、まともな返事を期待していた。プロになりたいと必死だった幼いわたしを一生懸命指導してくれた、先生のことを尊敬していたから。
でも、返ってきた答えにわたしは失望した。
「さあ。わたしの知ったことではないわね。親の道楽ではないかしら。皆さんお金を持ってそうよ」
わたしの愛するバレエを、親の道楽なんて言葉にする先生に失望した。
わたしの出身教室がそんな教室に変わっていたことも。そこにいる自分にも。
貯金が、とか、職が、とか、先のことなんか考えていなかった。残っていたちっぽけなプライドが許さなかったのだ。
「……やめます」
「……え?」
「今まで、ありがとうございました」
わたしは、先生に深く頭を下げた。失望から泣きそうになって、慌てて袖で涙をぬぐった。
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