第16話 今参り
台所へ行こうとすると、今日は奥の部屋においで、と言われた。
「
小侍従さまと呼ばれる女性は、書類を
紅が手をついて挨拶をすると、いきなり言った。
「今日からは奥向きの用をしてもらう。ここで見たこと、聞いたことは
紅が気を
「
書類のほうに向き直りながら言った。
「今日からそなたは、
「は?」
「新人、という意味。」
「私には名前があります。」
思わず言った。
「それに新人は私だけですか?
「誰でもいいのさ。」
あっさり言った。
「顔なんぞ誰も見てやしないよ。いくらでも替えがきくから、新人は皆、今参り、さ。名を名乗りたいんだったら、そなたならではの存在にならなくちゃね。でも、まだ早い。」
紅の顔を見て言った。
「おや、がっかりしたかい?逆に言えば、まだ幾らでも機会はあるってことさ。励みなさい。」
「小侍従さま。」
「又、おむずかりでございます。」
「仕様が無いわねえ。」
紅に、
「おいで。」
席を立った。
長い廊下を歩いて、屋敷の更に奥へと進んで行った。一番奥の部屋の前で、声を掛けた。
「入ります。」
「ちょっと、あの女だけは
誰かが抗議したが、構わず
部屋の中にいた数人の侍女が、
屏風を
(なんか、
酒、臭い。
「構わないから、襖を開け放して風を入れとくれ。」
小侍従は言うと、自分が先頭きって襖をどんどん開けていった。明るい光が部屋の中いっぱいに差し込んで、風が酒の臭いを運び去った。
「あー、もう!」
横になっていた人物が
「鬼、鬼!」
「そんなもん、とっくの昔に、
小侍従は、ぽんぽん言った。
「さ、起きてください。眠いんだったら、
「わらわが
泣きが入った。
「わらわがおらへんかったら、話が進まへんのやさかい。」
「
小侍従が言った。
「せめて朝、起きられる程度に、ね。」
「悪巧み、とは何や。」
ぶつぶつ言った。
「奪われとった権利を取り戻すためン
小侍従は構わず、紅を省みて、
「そこにある
紅が櫛を渡すと、
「さ、私が
寝ていたのは大柄な老婆だった。
小侍従は紅に、
「支えてさしあげて。」
紅は老婆の背中を支えようとした。
途端に老婆は、
「いらわんといて{
鋭く言った。
「誰や、見かけへん顔やな。」
「今参りでございます。どうぞ、よしなに。」
小侍従が言い、紅はかしこまった。
「何処の馬の骨だかわからへんような者とは話さへん。」
紅は思わず、
「わっ、私は、
「ああもう、ええ、わかった。」
頭痛がするらしく、頭を片手で押さえながら、もう片方の手を
「四辻の娘でございますっ!」
「へえ。」
振り向いて顔を見た。
「又かい。これで何人目かえ?」
小侍従が答える。
「十人までは数えましたが、後は忘れました。」
紅に言った。
「その辺歩いているのは皆、四辻の娘だよ。ああ、きょろきょろするんじゃない。皆、ニセモノなんだから。」
「ほんとは何処の娘や?」
老婆が聞く。
「ええと、藤原南家……。」
「そうやない、何処から来たんだえ?」
「越後、です。」
「えっ、じゃあ、
老婆が顔を輝かせた。
「そち、山内の使いかえ?」
山内って、
「こっちからは
「まあ、いいじゃないですか。」
小侍従が割って入った。
「こんな
「そうなんですか、お屋形さまのお
紅は小侍従に聞いた。
あたしは見捨てられたわけじゃなかったのだろうか。
それにしても、罪人の娘を、何でお屋形さまが。
「そなたも
老婆の
「あの方はどなたですか?」
聞いた。
「あれは」
小侍従は言った。
「公方さまのお母上、
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