第2話 若君
いつも『いい子』だった。
これからだって。
でも、それだけは
女は苦手だ。
『女』には不自由していない。
母は
家族だけで十分。
ていうか、それ以上、
姉とはちょっと年が離れていて、お
これ以上、女なんて必要ない。
その、お客さんの女の子のお
わけ、わかんない、何で俺が。
何、話せばいいの、時間の
そんなの、
俺は、やんなきゃなんないことがある。
いい薬がある、と聞いた。
兄上の病に効くかもしれない。
父上も最近お
お二人を治したい。
その薬を
そう思って
人参、といえばあらゆる病に効くという
最初は
でも話してくれた家臣によると、
「厳密に言うと野生のものではないのです。かつて八海山の奥に集落がございましたが、朝鮮から持ってきた種を植えて栽培していたそうにございます。その村が
「このあたりでも採れるのか。」
「寒冷で多湿な気候で、黒い脂土ならば、栽培できるそうにございます。」
ぜひ手に入れたい、と思った。
八海山は越後三山のひとつで、
場所は聞いてきた。
集落が放棄されて久しく、夏草が生い茂ってはいるが、道は細々と続いている。たどれないこともあるまい。
坊ちゃま育ちとはいえ、彼も生まれたときから山に囲まれて育っていて、山歩きには慣れている。心を励まして登りはじめた。
ところが歩き始めて
がさがさっと
駆けつけた。
いきなり視界に熊の後姿が飛び込んできた。
もう一度悲鳴が上がった。
何も考える暇は無かった。
ヒュッと鋭く
熊がゆっくりと顔を向ける。
こっちへ来る。
逃げ出したいのを我慢して、じっと立っていた。
目が合った。
にらみあった。
小声で鋭く言った。
「今のうちに逃げろ!」
悲鳴の
がさがさと藪が鳴る音が遠ざかっていくのを聞いた。
充分遠くへ行ったと思った。
決して熊から目を
だが熊もついてくる。
誤算だった。
最初の獲物を逃し、こっちは逃すまいと固く決心しているようだ。
(あとどれくらいだ?)
心の中で距離を測った。
自分と相手の歩幅を計算する。
よし、いける。
背中を見せて走り出した。
熊の本能にスイッチが入ったのを確認した。
追ってくる。
こっちも必死に走った。
でも。
目標が見えてきた。
あと、少し。
背中にガッと歯が迫る気配がした。
今だ!
飛んだ。
彼は斜め下に、熊は真っ直ぐに。
足元は空だった。
そのまま熊の身体は落ちていく。
彼の身体は、崖の際にせり出していた木の幹に引っかかって、危うくぶら下がった。
枝に手を掛け身体を安定させてから、下を
熊はちょっと下のガレ
崖によじ上った。
走って、さっきの場所に戻った。
悲鳴の
へたりこんでいる。
「く、熊は?」
「崖の下だ。でも又、上ってくるかもしれない。逃げるぞ、立てるか?」
手を貸して立たせた。
びっくりしているだけで、何処も怪我は無さそうだ。
手を引っ張って走り出した。
道を
もう熊も追いかけてこられないだろう、と思って立ち止まった。
二人とも地べたにへたりこんだ。
「あ、有難うございました。」
相手は息を切らして言う。
「く、熊は、どうやって……。」
「行きがけに道を見ていたら、
はじめて相手をじっくり見た。
村の子かと思ったら。
「そちも
相手はしょんぼりした。
「鈴を身に着けてはいたのですが。」
少女が
『緑したたる』とは、こういう色をいうのだろうか。透き通るような深緑の、
(
色彩が鳥のカワセミに似ているので、こう呼ばれる。
「もっと大きい音を出さなければ。歌でも歌って行くのだったな。それに熊に出会ったら、騒いでは駄目だ。熊は
「申し訳ございませぬ。」
「謝ることはない。俺もしくじった。」
でもこんな時こそ、冷静にならなければ。
「道を失った。」
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