第1話 初恋
雨上がりのぬかるみに押し倒されて、
「こいつ、へ理屈ばっかりこねて!」
足でぐいぐいと頭を踏みにじられた。
「へ理屈なんかじゃないっ!」
泥水が口の中に入ってくる。
「道理を言っているんだ!」
「
ぐりぐりと、もう一方の頬を
「女みたいな顔、してるくせに。」
よし、もう少し。
「何されても、絶対泣かねえんだ。」
何本もの足が、身体を
でも、
土が口の中に入る。
(よし、今だ!)
ギャアッと悲鳴が上がった。
周囲がひるむ
噛み付かれた奴は、さっきの勢いは
(ざまあみろ)
思ったのもつかの間、別の
目の前に文字通り、火花が散った。
吹っ飛ばされて、
いい香りが漂った。
温かく軟らかいものは、誰かの
泥だらけの彼の頭を袖で
「
彼を受け止めてくれた優しい
「女の子、いじめちゃ。」
「オンナじゃないやいっ!」
周りがギャハハハッと大笑いするのを、
「うるさいやいっ!」
真っ赤になって、
「謝れっ!
「あらあら。」
ふさふさした
眉の少し上で
目が合った。
「ほんとだ。こりゃ失礼。悪かったわね。」
「あっ!」
(
子供だから、その人の美しさをどう表現していいかわからなかった。
もっとも相手もまだ子供だった。
彼より三つくらい上の、でも大人びた感じのする女の子だった。少し日に焼けて、健康そうな
山から吹きおろしてくる夏の風に吹かれて、
いきなり
彼女は立ち上がった。
「一人を、大勢で
いいとこの娘のようだが、
「だってコイツ、生意気なんだもん。」
「へ理屈ばっか、こいてよォ。」
「何を!」
又、殴りかかろうとするので、女の子が肩を
「あなたも
「よォし。」
皆が口々に叫んだ。
「
彼が黙ってしまったので、女の子は顔を
唇を固く引き結んでいる。小さい声で言った。
「俺、泳げねえ。」
「じゃ、あたしが代わりに泳ぐ。」
女の子は、こともなげに言った。
「代役、いい?」
皆に尋ねた。
誰も女なんか上手く泳げるとは思っていない。
「いいよ、構わねえよ。」
口々に言う。
彼女はもう一度、今度は彼に尋ねた。
「ね、いいでしょ?」
「……。」
「あたしが泳ぎたいの。」
耳元に口を寄せて
「大丈夫。あいつら、負かしたげる。」
彼の頭を、くしゃくしゃっと
川べりにやってきた。
「あの大岩から飛び込むんだ。」
大きな岩が川にせり出していて、その下は
「川の
大きな男の子たちが五人、名乗り出た。
彼女はその中に混じった。一番小さく、一番幼く見える。
皆、着物を脱ぎ捨てた。
彼女も思い切りよく着物を脱ぐと、手早く丸めて、ぱっと彼に放った。
「持ってて!」
合図で
皆すぐ浮かんできて中洲に向かって泳ぎだしたが、彼女だけ上がってこない。
彼女の着物を抱きしめて、おそるおそる淵を覗き込んだ。
越後の
(死んじまったのか?)
不安で胸が押しつぶされそうだ。
「おーい!」
中洲のほうから呼ぶ声がする。
彼女だ。
いつの間にか誰よりも一番早く中洲にたどりついて、手を振っている。
伸び上がって手を振り返した。
「
戻ってきた彼女に着物を差し出すと、髪を
「渦を巻いていたから、流れが速いと思って、底を泳いでいったの。底は流れが穏やかだから、その方が早いだろうって。思ったとおりだったわ。」
笑って彼の頭を撫でた。
皆に大きく手を振って、別れの挨拶をした。
「もう弱い者いじめするんじゃないよう!」
「弱かねえ!」
拳を振り上げたが、手を振りながら去っていった。
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