第5話
「その先が、見たい」
バスは走り続ける。壁に向かって。壁の、街の外へ行くために。
「その先?」
私は、たった一人でここまで大掛かりなことを成し遂げたこの街唯一の人間をまっすぐに見つめた。
期待の隠しきれない輝くその目に、心の中でごめんと謝ってから口を開く。
「そう、その先。何度も何度も繰り返す人間の真似事の、その先。かつて私たちアンドロイドをつくり、強力な武器をつくり、争いをつくり、そして自分たちのつくったもので滅びかけている人間の、その先の行く末」
彼女の瞳が一瞬揺れて、みるみるうちに能面のように表情が固まる。
わかっていた。知っていた。
彼女の求める答えがそんなものではないことくらい。
彼女は私に、『人間としての自覚が芽生えた私』に、どうしたいのかと尋ねたんだ。
それはわかっている。
わかってはいるけれど、でも、もうこれ以上は限界だった。
どれだけ時間をかけてそう上書き設定されても、必ずどこかでボロが出る。
例えば、今みたいに。
「違うよ。信じられないかもしれないけど、アンドロイドじゃなくて人間なんだよ、フミは」
「リョウは、どうして一つの街に一人の人間しかいないのか……どうしてこの街にはリョウしか人間がいないのか、理由を知ってる?」
「……」
私は人間が激減した理由を知らなかった。
単純に必要のない情報だったから調べなかった。
疑問に思うよう設定されていたから疑問に思っていたし、知りたいとも思っていたけれど、それだけで。
疑問に思い、知りたいと思い、そして調べるように設定されていれば調べたけれど、調べるようには設定されていなかった。
情報データ自体は探せばいつでも取り出せたけれども。
それは別に知ってはいけないことでもなければ知りたいと思ってはいけないことでもない。
私にとっても、ほかのアンドロイドにとっても、単純に必要な情報ではなかった。ただそれだけだ。
だけど、リョウは違う。
彼女は人間だから、知りたくても知れなかった。おそらく、だから私にも『知りたいのに知ることができない』という設定を付けたし、彼女自身はそうとうな無茶をしてようやく手に入れた情報だったんだと思う。
そして、ここぞという場面を演出して、私に教えた。
私たちアンドロイドのほとんどが、いくら目の前にその情報が転がっていたとしても、見向きもしないようなものなのに。もしも本当にリョウがアンドロイドだったら、人間(ということになっている)の私にわざわざ教えるなんてこと絶対なかったはずだ。
「フミさんフミさん、どこをどう見たら私が人間になっちゃうわけ?」
リョウが笑った。笑いながら、右手で左手首を掴み、すっぽ抜いて見せた。
「人間にこんなこと、出来ないでしょ?」
「……人間に出来なくて、アンドロイドに出来ることが何か、知ってる?」
バスががたんごとんと、舗装された道だとは思えないような揺れ方をする。壊れて放置されたアンドロイドを踏みつけているせいだ。
「……」
リョウはそっと左手をもとの位置にはめ込むと、両手で顔を覆って沈黙してしまう。
「ごめん、リョウ。でも、ありがとう。リョウが、その、街を滅茶苦茶にしてくれたからさ、私、今、通常とは違うシステムが作動してるんだ。その上で、私にどうしたいか聞いてくれたから、私は私の……設定にのっとった思考ではなくて、本来の私の考えを伝えることができてるの」
リョウは動かない。でもちゃんと聞いていることだけはわかった。
「あのさ、私たちにとって人間であるかどうかはね、手が取り外せる、みたいな体の構造的なものではないんだよ。人間に出来なくてアンドロイドに出来ること、逆に言うとアンドロイドに出来なくて人間に出来ることっていうのがあってね。それは明確な目的や指示がなくても争ったり、破壊活動が出来るってこと。それが出来るのが私たちにとっての人間であって、人間同士が出会わないようにする理由。
街はアンドロイドだらけ、人間自身もアンドロイドだって思い込んで暮らしてる。だから争いも破壊活動も起こらない。もうこれ以上、余計なことで数を減らすわけにはいかないって考えた人間たちがやっとのことでひねり出した作戦だよ」
「……例外だってあるでしょうに」
私みたいな。小声でリョウが付け足す。
「うん。でも例外は滅多にないから黙殺されちゃってる感じでして」
「でも、ないわけじゃないんだよ、例外だって」
「うん」
「青い蝶に向かって、外に出たいって言ったよね?」
「言ったよ。でもそれは……」
「蝶、私の自作なんだ。すごいだろー?」
「すごいよ。すごく綺麗」
「……それだけの思考力があっても、最終的にやりたいことは『人間の行く末が見たい』になっちゃうわけですかい、フミ?」
「なっちゃうんですよ、これが」
「でもさ、フミの創った話の中で、未来に行きたい男はどうしても過去に行っちゃうんでしょ? 人間だって似たようなものなんじゃないの? 行く末なんて、結局、過去の繰り返ししかないんじゃないの? そんなもの見てても退屈なだけだよ」
「それならそれで構わないんだよ、リョウ。過去を繰り返し続けるだけだとしても、私たちは『その先』が知りたいの。繰り返しのその先に何があるか」
「そんなの、もうわかりきってるでしょ? 何もない、ただの破滅だよ。このままじわじわと数が減っていって、最終的には絶滅する。そんなの見届けて何が楽しいの?」
「うん、そうなんだけどね。でもそれが私たちの独善なんだよ、きっと。終わりの終わりまで、人間たちがどうなっていくのか知りたい。それが破滅だったとしても、私たちは人間が進もうとする方へ手助けができれば満足なの。もしも人間が無自覚に望まない方へ進み続けていたとしても、私たちは引き止めもせずに、ただ眺め、あまつさえ突き進もうとする人間の手助けまでしてるわけで……」
「……」
「ごめん、それでも私たちはそうしたいの。これが私たちの在り方だから」
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