データ8 他人の家は違う空気がした(前編)


「おい、陽平いつまでそこに立ってるんだ?」


「いや、なんだかこう・・・緊張してるのか?」


「は?へんなやつ、別に独り暮らしなんだから気にすんなって」


「あ、あぁ」


 7月に入り、外に降る梅雨の雨も多少は治まってきたかのように見えてきたこの頃。俺は隆介に取られた言質を解消するために彼の住むアパートの一室の前に来ている。


「今日はミユキも来てっからよ」


「なんで文学部の彼女が」


「さぁ?よくわかんねぇ」


 ともかくだ、人のことは言えないが一人暮らしの男の部屋に入り込むとは・・・よほど信頼しているということか。


 人のことは言えないが。


「どうも、こんにちは」


「おい、なんでもういるんだよ」


「だって鍵開けっ放しだったよ?防犯には気をつけないと」


 ドアを開けると、男が住んでいるにしてはなかなか小綺麗に片付いた部屋でそこのリビングに置かれたちゃぶ台と座布団の上に隆介の幼馴染であるミユキが座っていた。


「えっ?マジで」


「うん、マジで」


 そう言い合いながら頭をかく隆介の後ろに俺がいたことに気づいたらしく、彼女は俺に会釈をしてきた。


「こんにちは、今日はお邪魔してすみません」


「いえいえ、おかまいなく」


「ミユキ、言っとくがここは俺の部屋だからな」


 ともかく彼女がいるかいないかに関係なくだ。


「おい、勉強ならさっさとやるぞ」


「わかったわかった、ミユキ多分お前暇になるぞ」


 俺が席につきながら陵介そう言われているが、確かに文学部の彼女が科学を云々言われたところでわからないだろう。


「大丈夫、今日はこれ持ってきたから」


 すると、彼女の持ってきたと思われる鞄から取り出したのはノートパソコンと一冊の分厚い小説だった。


「大学のレポートでこれを読んで感想を書けって言われたからついでにやっちゃうね」


「まぁ・・・別にいいけどよ」


 特に俺も気にすることではない。にしても文学部ではこんなレポートが出るのかと関心しているところもある。


「それじゃ、さっさとやるぞ。まず教科書の88頁開け、おそらくCBTはここらから出ると思うはずだ」


「おっ、さすが。そんじゃやっかっ!」


ー4時間後ー


「な・・・なぁ、そろそろ休憩とかしねぇ?」


「何言ってるんだ?CBTは今まで習った科目全部出ると思ったほうがいい。言うならばこれまでやってきた6年間全てを復習し直さなきゃいけないって言ってるのと同じことだ。その6年間の詰め込みをたった半日でやろうなんて無茶にもほどがある」


「でもよぉ〜」


「でももクソもあるか、ほら次は無機化学だ」


 基本、隆介は飲み込みが早い。


 その分進むには進むのだが、応用や例題にない問題のパターンを解くのが苦手らしい。


 要は素直なのだが自分を曲げるのが苦手な頑固者ということだな。矛盾しているが。


「フゥ〜、レポート終わったぁ〜」


 ふと隣を見ると腕を後ろに回して背伸びをしている彼女の姿があった。さっき隣でパソコンのタイプ音が止まったと思ったらレポートが終わったのか。


「いいなぁ、お前こっち変われよ」


「断固拒否っ、それじゃ私あっちで漫画読んでるね」


 全てを終えた彼女はちゃぶ台の上に置いてあった資料の類を片付け始め、棚から漫画を数冊取り出すと、この部屋に置いてあるベットの上で横になり漫画を読み始めた。


「なぁ・・・俺たちも休憩」


「却下」


「マジか・・・」


ー2時間後ー


 すでに時刻は午後6時を回っている。奥のベットで彼女は漫画を片手に寝息を立てていて、そして目の前にいる男の目は完全に死んでいる。


「な、なぁ・・・お前腹減らねぇの?」


「あぁ、ものすごく減ってるからこれをさっさと終わらせて帰りたいと思ってる」


「す、すまん」


 こうなっているのは誰のせいか、それはお前だ。


「まぁ、そろそろ休憩を入れてもいい頃合いだとは思ってた」


「何飲みますか陽平さんっ!コーヒーっすかっ?紅茶っすかっ?」


 元々運動神経の良さそうなやつだとは思ってたが、6時間座った状態であそこまで早く動けるとは。人間の体とは不思議なものだ。


「コーヒーで砂糖なし、ミルクは4個」


「4?そんなに入れんの?」


「化学Ⅱの教科書を・・・」


「すぐお持ちしますっ!」


 隆介はまさに電光石火のごとくとはこのことを言うのだろう。まさに電光石火のごとくキッチンへと消えていった


 コーヒーは特に好きというわけではない、だが紅茶という気分でもなかった。基本あまりコーヒーを飲まない俺だが、砂糖をガバガバ入れるのはなんだか気持ち悪いし、せめてミルクならと思っている部分がある。それにコーヒー牛乳は子供の頃から好きだしな。


「ほいほい・・・コーヒーにミルク4な」


「ありがとさん」


 キッチンから戻ってきた隆介からマグカップを受け取り、軽く口をつけるが暑すぎて飲めなかった。結果ちゃぶ台の上にマグカップを置いて冷めるまで放置していると何やら眼の前でガサゴソと隆介がテレビの下にある棚をいじってる。


「何やってるんだ?」


「お前さ、絶対ゲームとかしたことがないだろ?」


 何だ、藪から棒に。


「そうやって俺を口実にゲームをやろうだなんて言わないだろうな?」


「ないんだな?その顔は」


 その言葉には少しムカつくが、確かに俺はゲームというものをしたことがない。ゲームとは言っても電子的なものをしたことがないというだけテーブルゲームすなわちトランプとかチェスとか将棋なんかはやったことがあるし、むしろそういうゲームのほうが好きだ。


「ん・・・?あれ、寝ちゃってた?私」


「おう、これから陽平とゲームすんだけど混ざる?」


「おい、俺はやるだなんて一言も」


 隆介のゲームを出す音で彼女が目を覚ましてベットから出てきた。


「おぉ、やるやる。月島さんもやりますか?」


「えっ、いや俺は・・・」


 そんな俺の言葉を無視し隆介はテレビの電源をつけ、ゲーム機を接続した。


「まぁまぁ、これも経験だと思って」


「俺には必要のない経験だ」


 家にはテレビもないしゲーム機もないからな、ラジオならあるが。


 だが・・・まぁ・・・


「30分だけだぞ」


「よっしゃっ!」


「今日は絶対隆介くんに負けないんだから」


 それぞれコントローラーを手に画面に映りだした二体のキャラクターをそれぞれ操作し戦わせている。しかし二人とも楽しそうな表情をしている、テレビからは物騒な音声が響いているが俺はようやく冷めたコーヒを片手にその様子を眺め次に勉強する科目の予習をしていた。


ー40分後ー


「10分過ぎてるんだが?」


「ちょっ、ちょっと待てっ!あっ!ミユキずりぃぞっ!」


「よそ見する隆介がわるいっ!」


 軽くため息をつき、未だに楽しそうにゲームをしている二人に少し呆れながらも時間を忘れるほど楽しいのだろうかこのゲームは、と興味を持ち始めている。


「ん?陽平もやるか?これ」


 こちらにコントローラーを差し出してきた隆介だが・・・


「いや、やり方もわからんし大丈夫だ。それより休憩はとっくに終わってるぞ」


「お前も少しは肩の力を抜けって、ちょっと遊んだくらいでバカにはならねぇよ」


 確かに一理あるな。だがそこからズルズルと違う道に踏み込んでいく未来しか見えないからやらないのだ


「勉強もできて、顔もそこそこ悪くなく、運動は・・・してるとこ見たことねぇけど」


 だろうな、選択科目で体育は選ばなかった。理由は単純に運動が苦手だからだ。


「スタイルだって決して悪くない。そんな奴がゲームだけ苦手で今まで一度もやったことがない。陽平が自分に必要のない経験だからといって興味がないから切り捨てるってのはどうなのかなぁ〜?」


 なんなんだろうか、こいつに言われると無性に腹がたつ。


「未知の世界を求めるのが薬剤研究員の仕事だって言ってたよな。だったら未知の世界に挑戦してみろよ」


「言ってくれるじゃないか」


 俺は差し出されたコントローラーを受け取り画面に正座で向かい合わせになる。が


「・・・なぁ、陽平。お前コントローラーの持ち方逆だぞ」


「えっ?あ、あぁ」


 大丈夫だ落ち着け、これはたかだか大学で扱ってる実験器具とさほど変わらないはずだ。まずはこのグニグニ動く棒は・・・こうかっ!


「・・・なぁ、なんでスティックの部分を駒込ピペットの持ち方してるんだ?」


「えっ、こうじゃないのか?」


「へぇ〜、本当に月島さんってゲームしたことないんですね」


 後ろの方で隆介の呆れた顔とミユキのどこか感心したような顔で覗き込まれていて・・・なんだかバカにされたようで悔しい。


ー20分後ー


「フゥ〜、覚えたか陽平?」


「ま、まぁ。なんとか」


 元々機械音痴な俺にゲームをやらせるってのが無理な話なのだ。だがこいつは飽きもせずに20分かけてゲームを教えやがって・・・ん?


「そんじゃ、早速やってみるぞ」


「お、おい急に」


「大丈夫だ手加減してやるって」


 隣に座りいきなりキャラクター選択画面へと進める隆介。


「こ、これって誰を選んだら・・・」


「まぁ、まず見た目で選んでみ」


 見た目って・・・まず女性キャラは・・・なんか弱そうだな。なんだか妙に図体がでかいのも小回りがきかなそうだし・・・何も武器を持てないで戦うだなんて死にに行くようもんだろ・・・なら・・・こいつか。


「へぇ〜武器持ち選んだのか」


「そういうお前は武器は何も持ってないのか」


「あぁ、こいつが一番扱いやすいんだよ」


 彼が選んだのは頭に赤いハチマキを巻いて道場の胴着を着込んだキャラクターだった。


「じゃあ始めっか」


「よし」


 そして無駄に盛大なゴングの音と共に現れたステージはどこかの街中だった。そして二人が対戦するのを歓声を上げて眺めている町民だったが、もしこんなことが現実で起こったら警察沙汰ではすまないなと思った。


「攻撃とかガードの仕方はわかるよな」


「まぁ・・・なんとか」


 そして鳴り出した開始の合図。だが俺にはこのゲームにおける致命的な欠陥を見つけていた。


「な、なぁ・・・お前何やってんだ」


「何って、こうやってこの場で攻撃をし続けていたら近付けないだろう」


 画面を見てみると実に馬鹿みたいだが自分の操作するキャラクターが剣を持って何もない空間にずっと素振りをしている。


「まぁ・・・別にいいけど・・・」


「えっ?いいのか」



「だって、これ攻撃できるし」



 ・・・は?



 そのあとめちゃくちゃボコられた。

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