データ4 プラス1


 さて、いまこの『新田 結』という人物を目の前にして大変困惑している。理由は簡単だ、『この家の家政婦にしろ』単純に言えばこうだがその意図が全く分からない。こうなったら理由を聞くほかはないだろう。


「すみません・・・今混乱してて、理由をうかがっても?」


「はい、私が工場に努めていたというのお話ししましたよね」


 それは聞いた。


「私はそこの工場の寮に入ってまして・・・」


 何とも言いにくそうな顔をしてはいるがここまで言われればわかる、要するのに工場閉鎖に伴って寮も閉鎖、住む場所がなくなったからここに住まわせてもらう代わりに家政婦をやらせろと、そういうことか。


「自分のところには家政婦はいりません、そもそも私は大学生ですしあなたを雇うほど懐に余裕はありません」


「いえ、お給料はいりません。ただ住む場所と私が次の仕事を探すまでの時間があれば十分なんです」


 そうでるか、しかしこの女もなかなか神経が太いらしい。俺としてもここで家政婦を雇えなんてふざけた申し入れは断らなくてはいけない。


「どちらにしても無理です。お互いそういう関係ではない、いい年した男女が一つ屋根の下に一緒に住まうなんてそちらの親だっていやでしょう」


「親は死にました」


 唇を結んで俺の言葉に反論をする、これはまずかった。


 だがとてもまっすぐな目だ、この目を俺はよく知っている。


「でしたら、私があなたを雇わなくてはならない理由を提示してください」


「理由・・・ですか?」


「えぇ、理由を提示してください」


 そういわれて考え込む彼女の姿を見て、ようやくあきらめるかと思い玄関のほうから傘を取りに行こうと思ったときである。


「理由・・・あります」


「・・・なんでしょう?」


 背中の向こうから話しかけられ、動きを止め振り返る。


「私は・・・あなたにぶつかる前に大声で危険だということを伝えました」


「・・・」


 ですがあなたはイヤホンをしていて聞いていなかった。


「これはあなたの不注意でもありませんか?」


「・・・っ」


 今となっては当たり前だが道端ではイヤホンをしながら歩く人やらイヤホンをしながら自転車を運転する人であふれかえっている。この行為は確かに周りの音を聞くことができず周囲に対して注意力が散漫してしましてしまう。


「そうですね・・・確かに私にも非があったことを認めましょう。ですがそれをあなたを家政婦として雇う理由にはなりかねます」


「まだあります、今自分に非があったことを認めましたね。でしたらあなたはぶつかった相手に誤ることなく冷たい態度をとって私のなけなしのお金で買った菓子折りも拒否しました。結構傷つきましたよ?私」


「・・・」


 この、人に冷たい態度をとってしまう性格は元々だと思っていたがそろそろ正す必要性が出てきたらしい。


「それに、見ればわかるはずのこの壊れた半田ごてを使わせ私にけがを負わせました」


「それについては私が単純にこのような機械を扱ったことがなかったからです。それにそのやけどは自分がちゃんと適切な処置をしました」


 だが、なんだろうか。実際に言われてみるとこうも罪悪感があるものなのか、ふと外を見ると完全に外は夜だ、それに雨もちらほら降っている。この中女性を一人返すのは酷だろう。


「・・・わかりました、今日はここに泊まっていってください。家政婦の件については・・・明日結論を出します」


 さすがに当日いきなり寮から出て行けなんてことはないだろうが、少なからず今日1日くらいだったら大丈夫だろう。


「ありがとうございます、あのぉ・・・料理とかなら少しできますよ?」


 そんなことは聞いてない。


 [[[[plumbum 82 207.2u±0.1u 327.46℃ 1749℃]]]]


 ・・・今日もいつもどおり設定された時刻、午前6:30に起床する、いつもの時間に起きベットメイキングを開始。そして廊下を抜けいつもどおり、昨日の作り置きのカレーを・・・ん、何か臭うぞ。


 少し足早にキッチンへと続く廊下を足早にわたる、そうしている間にも臭いをどんどん濃くなっていく。なぜだ、なんで昨日のカレーの匂いがするっ。


 考えるまでもなかった、キッチンに着くとそこには昨日家政婦として雇えと言った女、『新田 結』がなぜかエプロンを着けカレーの鍋をかき回していたのである。


「あっ、おはようございます。よく眠れましたか?」


「勝手にキッチンを使っていいと言った覚えはありませんが?」


 自分の方が若干ヒクついているのがわかる。確かに考えるとは言った、しかし雇う何ぞ一言も言った覚えはないっ。


「先ほど冷蔵庫の中を確認させてもらいましたが・・・あまり具材が揃ってなくて・・・仕方なくカレーを温めなおしたのですが大丈夫ですか?」


「大丈夫ですかって・・・冷蔵庫まで漁らないでください」


 冷蔵庫に入っているのは、基本的な調味料と飲み物、そしてカレーの具材のみでありそれ以外は何も入ってない。ゆえに卵や豆腐もなければ魚も入っていないのである。


「ごはんもそろそろ炊けますよ」


「・・・」


 もう何も言えん。


「お皿はどこにしまってますか?」


「・・・キッチンの引き出しに・・・」


 顔を手で撫で、もはや何か抵抗する気力はもうない。こうなったらもうでて行ってもらおう、罪悪感だか何かは知らないがそんなものは液体窒素で氷付けして永久凍土に埋めちまおう。


「どうぞ、熱いので気をつけてください」


「・・・はぁ」


 目の前に綺麗に盛られたカレーを見たが、どうも食指が動かない。なにぶん他人の作った料理だ、何が入っているかわかったもんじゃない。ここはひとつこの女に毒味を・・・


「うん、美味しいですねこのカレー。陽平さんがいつも作ってるんですか?」


「・・・」


 する必要もなかった。


 さぁ、腹をくくろう。とにかく朝にカレーを腹に入れとかなくては午後の講義まで持ちそうにない。


 スプーンにカレーと飯を乗せ覚悟を決め口に運ぶ。


「・・・ん、味が変わってる?」


「あっ、わかりましたか?」


 この女、俺のカレーに一体何を入れた?


 だが。


「・・・うまい」


「あぁ〜、良かったです。お口にあって」


 二日おいたカレーは熟成されて美味しくなるというのがあるが、これはそのくらいの変化ではなく、何かが付け足されたかのような・・・


「教えてください、何を入れたんですかっ」


「そうですねぇ〜、私を家政婦として雇ってくれたら教えてあげますよ?」


 そう言って微笑むこの女は悪魔だ、だがこの味の秘密を知りたいっ。俺の中の知的探究心と春を迎えた永久凍土からひょっこり顔を出した罪悪感が彼女を雇ってしまえと脅しをかける。


「・・・っ、わかりました・・・あなたを・・・雇います・・・っ!」


「あぁ〜っ、よかったぁ〜っ!もう家がないのはこりごりです。これからもよろしくお願いs


「それよりも、このカレーに何を入れたんですか?教えてくださいっ!」


 俺の迫力に押され若干引き気味だが、俺は毎日のカレー作りに研究を重ね、至高の逸品を作り上げるいわば趣味というか情熱に近いものがある、そのためにはどんな些細なことでも逃すわけにはいかない。


「え、え〜っとですね〜、味噌を使ったんです」


「・・・味噌?」


「はい、味噌をお玉半分くらいによそって混ぜてあげると美味しくなるんですよ?」


 なんということだ。自分は今までスパイスの配合、ダシに使うコンソメスープ、使う水の種類などに気を配ってそんなプラス1的な簡単なことに気づかなかったとは・・・無知とは恐ろしい。


「では、陽平さん」


「あっ、はい」


「改めまして、この度家政婦としてお世話になります。新田 結、26歳です。宜しくお願いします」


 あぁ、この人。



 年上だったのか。


 

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