データ2 喜劇の始まり?

「・・・っ」


「痛ったぁ・・・はっ!だいじょうぶですかっ!」


 背中を前輪で強打、でもカバンが守ったから大丈夫。


 しかし顔面を地面にぶつけたため、出血の有無を確認・・・問題なし


「えと・・・あのぉ・・・」


 持ち物。スマートフォンは正常に作動、パソコンは・・・ダメだ画面が左半分逝ってる。


 その他。文房具類破損なし、教科書無事、衣服は多少の汚れはあるものの洗濯すれば問題ない。


「すみませんっ!だいじょうぶですかっ!」


「・・・えっ・・・あっ!」


「へっ、どうか・・・しましたか?」


 音楽が聞こえない・・・。


 急いでイヤホンを取り外し、スマートフォンに接続して曲を流すがイヤホンは断線していない、となると・・・


「・・・はぁ・・・ウォークマンが壊れた」


「・・・え」


 みれば胴体のプラスチックに亀裂が走っている、さっきの衝撃で壊れたのだろう。中身のテープまでは故障してはいないだろうが長年愛用して、されてきたものなのでまさかこんなところで壊されるとは。


「あの、すみませんっ!弁償しま


「パソコンは買ったばかりでまだ保障が付いているので大丈夫です、服は洗濯すれば問題ありませんし、このウォークマンについては今では手に入りません。ですので特にあなたに何かをしてほしいというわけではありませんので、これで失礼します」


 正直な所、結構腹が立っていてしょうがなかった。彼女の口から出てきた『弁償』という言葉、何事も金で解決することができると思っているならそれは間違いだ。これがもしウォークマンだけでなく、中身のテープにまで被害があったら自分は平常心ではいられなかっただろう。


 未だに後ろの方で頭を下げ続けている女だったが、おそらくもう二度と会わない。そう思って普段と変わらず大学への道のりを振り返らないで歩いた。


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「朝の講義から気になってたけどさ、それどうしたんだ?」


「転んだ」


「鼻の頭、大丈夫か?それ」


「痛い」


 毎回、頼んでもいないの昼食時になると目の前に座るこの男は個人的には友人とは思ってないの、だが何かとしつこい男で、見た目は茶髪でピアスなんかをチャラチャラちらつかせるやつなのだが、講義はしっかりと聞いており自分が休んだ時にノートをとったりプリントを寄こしたりだの何かと世話好きな男だと認識している。


「なぁ、陽平っていつもカレーばっか食ってるよな」


「ほっとけ」


「そんな食生活で大丈夫かよ、どうせ家でもカレーばっかなんだろ」


「ほっとけ」


 実際家でも常にカレーであるのは事実だ、にしても何でこいつは俺の家の事情がわかるんだろうか。


「んで、さっきの講義の内容はわかったのか」


「当然だろ、分からなかったのか?」


「あぁ、さっぱり」


 そう言いながら、今日のランチのトンカツを箸でヒラヒラさせながら口に運んでいる。俺はこの男のおかげで努力を重ねても結果に結びつかない人間がいるということを学んだ。


「それで、実際のところどうしたんだよ。その傷」


「お前が気にすることじゃないよ。ご馳走様」


 食器を返却口へと返しに行く。さて、今日はこの後帰ってから家電量販店にパソコンを修理に出して、このウォークマンも直せないか聞かないと。


「おい、今度俺に勉強教えてくれよ」


「気が向いたらな」


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 梅雨が近いせいもあって、帰りの午後4:30は雨だった。


 いつもなら帰り道に聴くジャズはアーティ ショウの『ビギン・ザ・ビギン』のクラリネットを聞くのが好きだ。特に雨の日に聴く『ビギン・ザ・ビギン』はなんとも暗い気持ちを心ゆくまで踊らせてくれる。


「・・・つまんないな」


 今日の講義内容、確か粒子の運動に関しての電子の影響についてだったか。確か先生の書斎に資料があったような気がする、後で目を通そう。


 雨は今日の予報では降水確率が60%だったので、手持ちではなく折りたたみを持ってきていたのだがどうやら正解だった、これなら前も見えや・・・すい。


「・・・」


「あの・・・朝は本当にすみませんでした。よろしければこれを受けと


「結構だとおっしゃったはずです」


 折りたたみ傘の向こう側、傘もささないでずぶ濡れになっている今朝の女の姿があった。手には何やら菓子折りを持っているようで、詫びの品であるというのは考えずともわかった。


「でも・・・それでは私の気が済まないんです」


「・・・それは自分の都合なんでしょうか?」


「え?」


「あなたは害を与えてしまった相手に対して許して貰えずとも、何か物を送りつけて無かったことにして自分は満足すればいい、そう言ってるんですよね?」


「・・・それは」


 目の前の女が考え込んでいる。その間に相手のことを観察するが、見た目は作業服で、髪や爪、肌なんかを見る限りあまり飾りっ気はない。年齢は俺と同じくらいだろうか、作業着からして何かの機械作業をしているものだと思うが。


「・・・フゥ〜、もし用がそれだけでしたもうおかえりになった方がいいです。僕はもう大丈夫ですから、あなたが風邪を引いてしまう」


 そう言って、立ち去ろうと思った。


 その時。


「すみません」


「はい?」


「あなたのウォークマン、もしかしたら直せるかもしれません」


 ・・・さて、どうしようか。

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