【ミリオンダイアー】

C


 百万回死んだ猫ミリオンダイアー。積極的に物語に関わろうとはしない、イギリスの療養所で浅い眠りを繰り返す少女。強盗童話最大のオカルト要因。


 と同時に、強盗童話最大のメタ作成キャラでもある。


 Cはもう、ただただ『ジャックがカカシじゃねえ?』という疑いから視線を持っていく為だけにプロト版で出したミスリード要員なのである。ほんとう、こういう作り方はよろしくないな!


 というわけで、もう出ることはないだろうけれど、強盗童話において彼女の本来の役割を。


 FPが完成するために必要だった最後のパーツ。すなわち人体。その『ヒトが空を飛ぶ行為』の被験者が彼女、Cである。


 後に後継者に<ワンダーランド>と名づけられる名無しのプロトタイプFPボードの初代所有者。オズとどうやって知り合ったかも謎のままだが、彼女は満足の行く給金と待遇、それからおそらくは永遠を生きるうえでの必須条件――。空を飛べるだなんて! というわけで契約は結ばれた。


 オズがいなければFPという機構は生まれず、CがいなければFPボードという翼もまた生まれていなかった。そんなスポットライトの光を嫌い、客席で舞台を眺め続けることをこそ望んだ永遠の少女。


 ちなみに起きている時はサイズの大きい猫フードパーカーをワンピースのようにボトムスやスカート無しで着るもんだから色々とあやうい。





 /一度目。わたしは彼に、



『ねえ、最期だからひとつだけお願いして良いかなあ』



 もって数分の命を更に縮めて、彼女は無理に笑った。


『楽しい夢が、見たいんだ』




 /後日談。


『わたくしの髪を見て、羨ましいと言ったの。わたくしは彼女のその髪型が似合っていると思ったけれど』



 東洋人の長い黒絹の髪も良いけれど。僕は僕で悩みがある。

 ここ暫くずっと髪型を変えていない。ドロシーの金糸のような長いブロンドは憧れだった。彼女は赤がとても良く似合うけれど、僕はどちらかというと暗色が似合うタイプなんだと思う。


 得てしてそういうものだ。自分の求めるものと、自分に合ったものは食い違う。僕が長い髪をしていたら、キミはなんて言うだろう?




 /後日談。


わたくしが幼い頃は彼女が姉で、今では私が姉。立ち位置が変わっても関係性は変わってはいないのよ』



 何度目だろうか。数えるのも億劫なのでここでは割愛。

 目が覚めて暫く。彼女からすれば曾祖父そうそふである人物とひょんなことで知り合い、そして僕は後の時代で彼の曾孫ひまご、アリスと出会う。


 ……好奇心旺盛な少女だった。心が躍らない僕には、それも眩しかった。時々無茶をするアリスを止めるのが僕の役目で、けれど彼女の背が僕より高くなってからはそれも減った。


 毎度のことだ。僕はこの一族の子どもが幼い頃に出会って遊び、僕がことに気付かれる頃に姿を消す。


 だから、いつものように療養所で寝て起きてを繰り返す僕の前に現れたアリスに驚いたものだ。





 /一度目の後。わたしは目が覚めて御伽噺を実演する。



 かすかな香りに瞳を開けると、彼はもう居らず、代わりにわたしの周り一杯に花があった。どうやら花葬して欲しいとの遺言は叶えられたようだ。遺した本人が死んでいないのがとても笑える冗談である。そう考えてから、どう説明しよう……そう思うと顔が青ざめる。


 花は枯れていた。ずいぶんと眠りすぎたらしい。


 呼吸は嘘みたいに楽で、空気がこんなにも美味しいものだとは思っていなかった。起きたばかりで体が少し気だるいが、心だけは元気である。とにかく、彼に謝らないと。


 ごめんなさい。わたしはまだ、生きてるよ。



 医者に見捨てられはしたものの、奇跡には恵まれていたらしい。はやる気持ちを抑えもせずに、わたしは家を飛び出した。




 だから気づかない。



 駆け出したうしろが、既に廃墟になっていたことに。




 ――棺の横に添うように置かれていた、その死体に。






 愕然とする。わたしの暮らした田舎は、丘を下れば面影を残していたものの、土臭い道は黒くなっていた。



 風車が少なくなっていた。見知らぬ家庭があった。


 もしかしたら、わたしは夢でも観ているのではないか。



 現実を知るのは、その少し後。出て行く時に気づかなかったモノを見た時である。





 /始まりの前。彼はわたしの名前を呼んだ。



『結婚しよう。君を幸せにするよ、   』



 まったく。僕の物語はって言ったのにさ。



(なお、本当のCの由来はチェシャではなくConcept(概念)のCである。)

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