【第九話】第一世界人

誰かの声が聞こえる。何を言っているのかよく聞こえない。周りは明るいけど視界がぼやけててその声の主がだれなのかも分からない。こっちにしきりに話しかけてくるけど聞こえないんだってば。

急にフッと明かりが消えて体に浮遊感を覚える。


「はっ、夢か。」


目を開ける。岩の天井が見える。昨日は雨宿りのために洞穴に入って・・・そうだ熊と距離を取って焚き火をしてたんだ。寝ちゃったのか。俺が生きてるってことは熊には襲われてないってことだ。疑ってすまん、親子熊よ。頬が湿っている。体を起こして横を見ると、ポチが尻尾を振っていた。


「ポチが起こしてくれたのか?」


朝に犬に起こしてもらえるって結構夢だったんだよな。

ポチの頭を撫でてやる。するとポチが突然、


「ごしゅじん!ごしゅじん!やっと起きたか?」


キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


思いにもよらないことは、突然起こる。異世界転移だったり大狼の出現だったり。

でも、ポチがしゃべるなんて思いもよらなかった。

唖然としてる俺に対して、


「ごしゅじん、どうしたんだ?」


首をかしげてポチが聞いてくる。

・・・ちょっと整理させてくれ


「ポチ、お前喋れるのか?」


「?、ポチは今までもご主人と話してたぞ?」


ポチが、「何言ってるんだ?」みたいな感じで答えてくる。いや、確かにポチに話しかけたりしてたけどさ!ポチが言葉を発したのは今が初めてのはずだ。


「早く先に進まないのか?」


と、俺のリュックを持ってきたポチが聞いてくる。

お、おう、とりあえず出発の準備を始める。


「そういえば熊の親子が居ないな。」


洞穴の中のどこにもあの大きな影は無い。


「おばさん達はご主人が寝てる前にもう行っちゃったぞ?」


うーむ、いまだにポチが喋るのには慣れない。


洞穴から出て空を見上げる。うーん快晴だ。

先に外に出ていたポチがこっちに振り返って


「ごしゅじん速くー」


と俺を急かす。っていうかその『ごしゅじん』ってなんなんだ?名前で・・・って俺の名前をそういえばポチに言ってなかった気がする。


「ポチ、俺の名前は夕士っていうんだ。『ご主人』よりも名前で呼んでくれないか?なんだか慣れないし。」


「?、ポチのごしゅじん様はごしゅじんだろ?」


聞く耳を持たない。まあ特に支障は無いし別にいいか。よし、この際だからいろいろ聞いてみよう。


「一緒についてきちゃってるけど今ポチの家族はどうしてるんだ?お父さんとか、お母さんとかさ。」


「知らないぞ。母ちゃんは死んじゃってもう居ないし、父ちゃんとは喧嘩してるし。群れにも内緒で来ちゃったしな。」


「母ちゃんが死んでる」とか結構重いことさらっと言ったなこの犬。群れに未練とかないんだろうか。


「そういえば、なんでポチは俺に付いてきたんだ?」


「母ちゃんが死ぬ前に、「自分が好きになったオスと主人には絶対に離れるな」って言ってたからな!だからポチはついてきた!」


母ちゃんの言いつけを守って付いてきたのか。・・・え、ポチってメスなの?

口調といいオスだと思ってた。ポチを持ち上げて確認してみる。・・・付いてない、メスだ。



その後も暇つぶしにポチと喋りながら歩いて早くも1時間が経過したとき、川下の方から「ドドドドドド」と音がしてきた。ん、景色がその場所で途切れてる?

音の正体は滝だった。滝以外の場所も崖になっていて見た限り、崖はどこまでも続いている。


「たっけええ!どうやって降りるんだ?これ。」


とりあえず崖に沿って歩いてみよう。


数分後崖の下まで伸びているツタを見つけた。ツタが丈夫なことを確認する。これなら降りる事が出来そうだ。

ポチを・・・どうしよう。今から何をするのかいまいち分かってないのか、ポチは頭の上にクエスチョンマークを浮かべながらこっちを見てる。

・・・そうだ!ポチをリュックに入れよう。・・・おお、すっぽり入った。

首から上だけリュックから出して「これから何するんだ?」なんて聞いてくるポチを背中に、ツタを降り始める。

慎重に一歩ずつでっぱりに足をかけながら崖を降りていく。


「わははは!たーかーいー!」


うるさいポチ!こっちは落ちないように必死なんだよ!

なぜかハイテンションのポチとは反対に落ちたら死だと分かってる俺は必至で崖を降りる。

20分後、足が地面に着いた、やっと崖の下だ。背中で「もっかい!」と鬼のようなことを言うポチを降ろそうとしたら、嫌がったので仕方なくポチをリュックに入れたまま歩くことにした。


数分歩くと崖の上との違いがだんだん分かってきた。崖の上と生えている植物とか居る動物とかが全然違う。例えばあそこにいる鹿、さっきも近付こうとするとすぐ逃げて行ったが崖の上では見たことがない。崖の上よりも小さいがキモザカナとかミミズとかはまだ見る。でも上では見なかった生物が沢山いる。


「崖の下の方が安全なのか?上でも見た生き物も全体的に上より小さいし。」


「ごしゅじん、上よりも弱いやつばっかりだぞ」


俺よりも森で暮らしてたポチがそういうならそうなのかもしれない。

滝がある方へ戻ってそこからまた川下に歩き始めた。



崖から降りてもう3時間はたった。途中で昨日焼いておいた芋をポチ食べた。その後ポチは俺のリュックの中に入って顔を出して出発を待っていた。よほどリュックに入るのが気に入ったみたいだ。そのポチは今はリュックの中でお昼寝中だ。

ここが安全なら俺も昼寝がしたいな、そんなことを思っていた時に目の前に今までにないものを見つけた。


「・・・!、橋だ!」


そう、明らかに人工物である橋が川の上にかかっていた。

橋の上まで行くと、確かに道があり、馬かなにか?が通ったような足跡があった。馬に乗ってこの道を人が通ったに違いない。


「やっぱりいるんだこの世界に人間が!」


しかしこの道、どっちに進んだらいいんだろう?道がある以上、町と町をつなげているはずだ。でもやっぱり近い方の町に行きたい、そして早く人に会いたい、料理が食べたい、風呂に入りたい、布団で寝たい、その他色々。

よし、迷っててもしょうがない。靴を投げて向いて方向にするか。昨日のせいで泥だらけのスニーカーを真上へ投げる。・・・右か。川上から見て右に進むことにした。


橋から歩いて一時間は経った。一向に町は見えてこないし、それどころかあれ以来人工物が一個もない。


ドドドドド


前から何か音が向かってくる。あれは・・・馬だ!しかも馬に誰かが乗ってる。


「おーい、止まってくれー!」


手を振って呼びかける。前から来る一団の速度が落ちる。止まってくれるみたいだ。


一番手前の騎士風の男はリーダーだろうか?そいつが俺に声をかけてきた。


「貴様、見馴れぬ格好をしているが、ここで何をしている。」


こんな森の中、こんな軽装備で犬と歩いている時点でおかしいだろうし、当然の質問だと思う。しかし、いきなり「異世界転移してきた。」なんて言っても確実に信じられないだろうからここはごまかして、


「旅をしています」と答える。


男は少し考えた後、


「それで、我々になにようだ?」


と聞いてくる


「道に迷ってしまいました。一番近い町はこちらのこの先で合っていますか?」


「?、何を言ってる。近くの町はお前の来た方ではないか。」


マジかーあの木の棒はハズレだったか。


「そうでしたか。ちなみに町まで歩いてどれくらい掛かりますか?」


「歩いてだと?歩いたら1日以上は掛かる。貴様、先ほどから話を聞いていれば怪しいな。そもそもこの道は要塞都市から森を出るまで一本道だ。迷うような要素はない。この森を歩く、と言うのもおかしな話だ。なぜここにいるのか本当の理由を話せ!」


 いや歩くのはおかしいとか言われましても、実際ここまで2日は歩いてきている訳だしなぁ。


 正直に言っても理解してもらえないかもしれないが、


「私は異世界から来ました。まだこの世界に来たばかりです。」


 と答える。


「人をからかうのも大概にしろ。本当のことを言うつもりが無いようだな。おい、こいつを調べろ。」


男の後ろで控えていた男の達の中から二人が馬から降りて近付いてくる。


片方の男が懐から何か黒い、石のようなものを取り出す。それとほぼ同時にもう一人が荷物を見せろと要求してくる。抵抗しても逆に不審がられるだけだろうし、素直にそれに従う。特に怪しいものは何も入れてないしな。しばらく中身を見て、リュックは返ってきた。

もう片方の男は透明な黒い色をした石を俺に近づけてくる。その石は少し光を帯び始めたがそれ以上の変化はない。男は少し驚くような顔をして、リーダーの男に耳打ちをする。


「驚くことに---でした。」

「なんだと?ということはあいつは---ということか?」

「推測ですが、もしかしたら---かもしれません。それなら---なのも納得できるかと。」



男達は少し何か話した後、俺に向かってこういった。


「貴様の言葉には不審な点が多くある。お前のような不審な者は放っておくわけにはいかぬ。よって悪いがお前を拘束し取り調べさせてもらう。」


なんじゃそりゃ?俺は慌てて、


「ちょっと、待ってください。拘束するって、まずあなた達は何者なんですか?」


こういうものだとばかりに、リーダーは鎧に着いている紋様を指差す。

いやわからねえよ。


「?、本当にここら辺のものでは無いようだな。我々は城塞都市フォーレの守護騎士だ。」


と名乗った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る