第6話 いつか

「リカは…」


とても小さな声のまま、あの人が呟いた。


リカは自分が話し掛けられたのかと思ったが、自分は言葉が返せないので、そのまま耳だけその人へ向けた。


「リカはあれからずっと海に?」


「ええ」


リカの代わりに明日香が応えた。応えてから明日香は鼻を大きく啜った。


「征司を待ってるのかな?」


「…みたいです。ずっと海を見てます」


そう、こうやって。と明日香はリカを指さした。


「フフ。ハチ公みたいね」


その人は、明日香に微笑みかけた。


「犬ってそうなんですかね?」


泣き顔で笑う明日香は変な顔をしていた。


雨が弱くなったせいで、波の音が大きくなった。波自体が大きくなっているようにも見える。


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「それが出来るって、うらやましいな」


その人はそう言うと、海のずっと遠くを見た。


「リカは分かってないのかも…。征司さんが帰ってくるってホントに信じてるみたい」


明日香もそのまま海を見た。


「ホント…。うらやましい」


リカは、それを聞いてフンと鼻を鳴らした。


確かにこの場所には、征司の匂いが残っている。


目をつむれば、リカは征司の存在を感じられる。


でも、だからといってリカだってそれで本当に全部満たされるわけではない。


リカだって失ったのだ。リカだってそれはちゃんと分かっているのだ。


でも、それでもこうして海にくる。


なぜならそれは、そうするしかないから。


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”バシャンッ”


およそ、雨のものとも波のものとも思えないような大きな音が響いた。


「なに?今の?」


明日香がキョロキョロ辺りを見回した。


「あれ…。あれって?」


あの人が遠くの海を指さした。それと同時に、また”バシャン”と音がする。


「イルカだ…」


明日香がそれを見て呟いた。


「イルカだ、迷っちゃったんだ」


迷いイルカが海岸まで来てしまったようだ。


それを見て、リカはスクっと立ち上がった。


いつの間にか風が強くなって、波が高くなっていた。


強くなった風に、征司の匂いが乗っているのをリカは敏感に感じた。


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波間に揺れて、イルカはプカプカ浮いていた。


リカは2、3歩前に出た。


征司だ。


プカプカ浮かぶそれを見て、リカはそう思った。


今度大きく波が立てば、それに乗って帰ってくる。


リカはタタタと波際へとむかった。


「リカ…?」


遠くで明日香の声が聞こえた。でもリカは征司へむかった。


沖合の波が、こんもりと高くなる。


大きな波が来る。


イルカがクルっと身を反した。


それと同時に、リカは走り出した。


「リカ!待って!」


ワン!ワン!と大きく吠えながらリカは目の前に立つ大きな波に飛び込んだ。


「リカ!」


ザーッと波が引いたとき、リカは砂浜から消えていた。


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海の中は、思ったよりも暖かかった。


気泡が空に昇るみたいに海面が遠ざかる。


リカはゆっくり沈みながら、征司の事を考えていた。


だってしょうがないのだ。


どうしてみても、自分はただのケモノだ。


歩いて吠えて噛み付いて。好きな事をして暮らしている。


そして、自分の好きなものからはどうしても逃げられないのだ。


だから征司を思っている。いなくなっても関係なく、いつもそれに捕われてる。


ゆっくり沈みながら、リカは目をつむった。


チカチカと光りが目の中で散らばるようで。


自分は次の世界へ運ばれるのかとリカは感じる。


でも、もし。


もしも、そんな世界があるのなら。


出来れば、そこでも征司に会いたい。


今度は違うカタチで…。




−リカ 終わり−







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リカ 枡田 欠片(ますだ かけら) @kakela

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