第3話 いつもの景色
昼下がりの海岸はとても暑く、そこにいるだけでも体温が上昇していく。
リカは、口を開け舌を出した。
ハアハアと呼吸をする度に奪われる熱で体温を保ちながら、リカはそこにゴロリと転がった。
暑いとはいえ、海に入るにはまだ早く、せいぜい波打際で何人かが水遊びをしているぐらいだった。
とおりかかる人の何人かは知っている顔で、リカを見る度に「やあ、リカ」と声をかけたり、リカの頭をなでたりした。
リカはその度に視線をそちらに移しはするが、無関心にそれらを受け流していた。
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明日香はどこかに行ってしまった。
海に来ると、二人はいつも別々に行動する。
明日香には明日香のする事がある訳だし、リカにしてみても海にいるうちは、征司への想いに浸っていたいから困ることでもない。
砂浜に突っ伏して、リカは潮の臭いに鼻を転がしていた。
時折、ヒュウと風が吹けば、砂がフワリと舞い上がりリカの顔を掠めた。
リカは瞬きをしてそれをやり過ごした。
そして、そうやって瞬きを繰り返す度に、リカは周りの音を遮って行く事が出来た。
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征司が居た日々を思い出す。
リカが浜辺でこうしている間、征司は海に浮いていた。
そこは、ここからすごく遠い場所だったけど、リカの耳には征司の笑い声だけがくっきりと聞こえていた。
ザブンと大きな波が立てば、征司はそれに乗って帰って来た。
走って征司に駆け寄ると、征司は「どうだった」とかなんとか言って、リカをびしょびしょの手で撫でた。
リカはすっかり濡れてしまって、ブルブルと身を奮うと、今度は水しぶきが征司にかかった。
「アハハハハハ」
征司は、そんな風に大きな声で笑っていた。
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あまりにも長い間、波が立たない時があった。
いつまでたっても、征司は海に浮いていた。
だいたいの場合、リカは大人しく待っていたが、待ち切れなくなる時だってやっぱりあった。
そんな時、リカは砂浜に置いてある征司のジーンズを噛んで遊んだ。
余りにも噛みすぎて穴があいてしまった時は怒られたが、帰りが遅い征司が悪いのだとリカは拗ねた。
「しょうがねえなあ」
拗ねたリカを横目に、そんな事を呟きながら征司は、ジーンズをはいた。
膝のところがギザギザに契れている。
「まあいっか」
ジーンズをはいた征司は、そう言ってリカの頭をくしゃくしゃに撫でた。
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征司の思い出は、次から次へと溢れてくる。
リカはそれらに触れて、満ち足りた気分になる。
征司の事を考えるだけで、体がフワフワと軽くなる。
だけれど、同時に胸にザクリと突き刺さるものもある。
くしゃくしゃに撫でてくれた、あの大きな手はもうここには無いのだ。
あの感触がたまらなく恋しくなる。
この景色は、征司がいた頃と何も変わらないが、ここには征司がいない。
「行くぞーー!」
明日香の声がした。
リカが顔を上げると、ウェアに着替えた明日香が海に向かって走っていった。
本当に何も変わらない景色が広がっている。
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