第04話『新しい学園生活』

「……んー」


カーテンの隙間から射し込んでくる朝の陽射しで俺は目を覚ます。

アラームを使わずとも起きれるのは生活リズムがきちんとしている証と言えるだろう。


「……学校だりぃ」


文句を漏らしつつ新調した虹ヶ丘高等学校の制服に着替える。

この学校の制服は男女共にブレザー。アニメや漫画で見るような凝ったデザインはしておらず、至ってシンプルな普通の制服だった。


「小夏起こして朝飯食うか……」


昨日、風巡丘に行った帰りにコンビニで朝ごはん用の菓子パンをいくつか購入した。しばらく自炊するかと言いつつ菓子パンに頼ってしまうのは仕方ない。料理作るのめんどくさいんだよ。


「小夏ー? 起きてるかー?」


着替えを済ませ、小夏の部屋の前に移動した俺は声を掛けながらドアをノックするが中からの反応は無い。

ちなみにこれは予想済みだ。小夏は一度寝るとなかなか起きない。自分から朝起きてくることなんて一年に一回あればいいほうだ。

だからこっちに引っ越してくる前もねぼすけな小夏を起こすのは俺の仕事であり、起こさないと理不尽に怒られる。


「入るぞー」


無論、返事が無いのは分かりきっているからそのまま部屋に侵入する。

年の差がほとんど無い妹の部屋に無断で侵入する兄なんて世界中探しても俺くらいなものだろう。


まだ片付けは終わっていないらしくあちこちに物が散乱していた。

その中には下着やら何やらと年頃の男の目に悪い物も平気で散らばっているせいで目のやり場に困る。


「おい、小夏起きろ。朝だぞ」


頭に浮かんでくる邪念を振り払って小夏を起こすことに専念する。

妹の下着で興奮なんてしてしまった日には自殺を前向きに検討しなければならない。


「小夏ー。起きろー。学校遅刻してもいいのかー」


「……ん」


ゆさゆさと肩を揺するがあまり反応は無い。

時折、んッと、艶かしい声を出すのはいいが家だけにしてくれよ頼むから。


「いいから起きろって。転校初日に遅刻なんてシャレにならん」


「……うーん。あと……三……」


「三分か?」


「三……年」


「一生寝てろ」


小夏の部屋を出てリビングに向かう。

こっちは一晩かけて整理したから生活空間は整っていた。


引越し前に買ったインスタントコーヒーを淹れながらスマホを眺めていると半分くらい眠った状態の小夏がリビングにやってくる。


「おはよ……お兄ちゃん」


「おはよ。なんでパジャマのままなんだ?」


パジャマ姿でいるだけではなく、寝る気満々なのか愛用の枕を抱いていた。


「二度寝する……ため」


「学校でか?」


「……そそ。学校でー……学校? ……学校!!?」


スロースターターな頭がようやく活動を始めたらしく、小夏は慌てて部屋に戻っていった。

全く。朝から慌ただしい妹だな。


「おはよう! お兄ちゃん! 今日もいい朝だね!」


待つこと数分。制服に着替えた小夏がリビングに現れる。もうすっかり目は覚めたらしくいつもの調子になっていた。


「どう? 似合ってるかな?」


「個人的に前の制服の方が似合っていたと思う」


「そこは嘘でもいいから似合ってるって言って欲しかったなぁ……」


文句を言いつつ俺の前の席に着くと、数種類ある菓子パンの中からメロンパンの袋を取ってもふもふと食べ始める。

俺は……あんぱんでいいか。昨日も散々あんこ食ったけど。


「メロンパンってさ、メロンの味しないのになんでメロンパンって言うのかな」


「確か表面のボコボコしているところがメロンに似ているからとか……そんな感じだった気がする」


「その定義だとさ、メロンの形していれば何でもメロンパンにならない?」


「と言うと?」


「もしお兄ちゃんが今食べてるあんぱんの皮がボコボコしてたらメロンパンだよね?」


え? そういう事になるのか……?


「パン生地を似せて作れば何でもかんでもメロンパンになると思うんだよね」


「うーむ……。メロンパン……奥が深いな」


こうしてメロンパンの話題に花を咲かせて朝食の時間はのんびりと過ぎていくのだった。



「おー。昨日とは違って制服姿の人がちらほらといるね」


のんびりと通学路を小夏と歩く。

過ごしやすい気温。時折吹く風は心地よく、爽やかな朝の時間だった。

都会じゃ人が溢れかえっていてこの季節でも暑いわ邪魔くさいわなのだが、やはり田舎だけあって平和なものだ。

これで施設とか整っていれば文句の付けようがないんだがな……。


「学校着いたら職員室行かないとだっけ?」


「そう言われていた気がする。大方、書類受け取ったり学校の説明受けたりだろうな」


あ。教科書とか渡されたらめんどくさいな。ショルダーバッグで来たのが失敗だったか……。


「お兄ちゃんさ、風見さんが招待してくれたグループ入った?」


「まだ。とりあえずグループの面子に実際に会ってみないとな」


「私もそのつもり。昼休みにそっち行くよ」


「了解……っと、ここが虹ヶ丘高等学校か」


話しているうちに校門のところまで来ていた。想像していたよりかは立派な校舎に思わず安堵する。木造建築とコンクリではいざという時の安心感が違うからな。


「んじゃまぁ職員室探……ん?」


「どうしたのお兄ちゃ……あ」


こちらに笑顔で歩み寄ってくる黒髪の少女。

その笑顔は昨日と何一つ変わっておらず、どこか安心できる優しい表情だった。


「おはよう、二人共。虹ヶ丘高等学校へようこそ」


「おはよう巡」


「風見さんおはようございます」


自然に挨拶を済ませて三人揃って校舎へと向かう。


「んー?」


校舎に近づくにつれて俺たちのことを見る視線が増えているのは気の所為ではなさそうだった。


「あまり気にしなくてもいいと思うよ? ほら、田舎の学校だからさ、みんな顔見知りみたいなものなんだよね。知らない人がいたら注目されるのは仕方ないっていうか」


「そんなに生徒数少ないのか?」


「一学年一クラスってくらいには人がいないよ。全校合わせて100人いるかいないかくらいだったかな?」


「めっちゃ少ないですね……。悪いことしたら一瞬で広まりそうだね、お兄ちゃん」


「前の学校ではかなりやんちゃしてたからな。今回は自粛しようぜ、小夏」


ちなみに前の学校では俺と小夏はかなりの有名人だった。それこそ全校で俺たち兄妹の名前を知らない人がいないくらいには。

仲良し兄妹と謳われ、一部では熱狂的なファンを作りあげてしまうほど馬鹿な日常を二人で過ごしてきたものだ。


「二人はこれから職員室? 場所案内しようか?」


「頼んでもいいか? 俺たち揃って方向音痴なもんでな。説明だけじゃ絶対に辿り着けない」


「ふふっ。じゃあとりあえず靴履き替えて職員室行こっか」


下駄箱まで来てふと気づく。何か忘れていると思ってはいたが……まさか上履きを持ってくるのを忘れていたとは。前の学校のやつ捨てちまったから買い直しだわ。


とりあえず小夏と共に来客用のスリッパに履き替えて職員室を目指す。

職員室は校舎の一階にあるようで、巡の案内もあったおかげですぐに辿り着くことができた。


「それじゃあ私の役目はここまで。また後で教室で会おうね」


「ん? ああ、了解」


そういや一クラスしか無いんだったな。

一瞬何処まで未来を予見しているんだと思ってしまった。


「行こ、お兄ちゃん」


「おう」



さて、転校初日の自己紹介の場というのはその人の第一印象や今後の付き合い方を決めるに至って重大な場である。

ここでミスってしまえばお先真っ暗な学園生活を送ることになることはまず間違いない。


「……」


現在俺は廊下で待たされている。

今担任が朝の連絡事項を済ませ、転校生が来ることを話しているからそろそろ呼ばれるだろう。


「――それじゃあ、深凪くん。入ってきて」


はい。来ました。

ま、サクッと決めますかね。にわかなど相手にならない超絶カッコいい都会風の自己紹介を決めてやろうじゃないか。俺のとびきりクールな紹介に打ち震えるがいい。


「はい」


ガラッとドアを開けて教室に入るとクラス中の視線が俺に集まるのを肌で感じ取った。

教卓の前に立ち、ここで初めてクラスメイトの顔触れを拝む。もちろんその中には巡の姿があり他の人にバレないように小さく手を振ってくれた。


「はい。それじゃあ自己紹介お願いしようかな?」


ついにこの時が来たか。

さぁ……幕開けと行こうではないか。


「――聞けッ! 愚民共よ!」


瞬間、クラスから音という音の全てが消え去った。


「俺の名は深凪修平! 親の勝手は事情でこの町に飛ばされた男だ! なーに哀れむ必要は無い! 今日からこのクラスの一員として仲良くしてくれると助かる!」


髪をかきあげ、決めポーズと共に万人に受けそうな微笑を浮かべる。


「……」


「……」


クラスは完全に白けていた。

拍手の一つすらない。恐る恐る担任の方へ視線を移すと無言で顔を背けられた。


「……ねぇ、修平くん? それが都会風の挨拶なのかな?」


反応してくれたのは巡だけだった。


「巡ぃぃぃぃ!! 俺は何処で何を間違えた!?」


「あはは。最初から全てだよ」


笑って告げられた残酷な言葉に俺は自分の犯した過ちの深刻さに気づく。

ついさっきまでこれで笑いを取って人気者になれると考えていた自分を絞め殺したいレベルだ。


「えーっと……深凪くん? 君の席は風見さんの隣だからとりあえず座ってくれる?」


「……はい」


ああ……終わった。俺の残り一年の高校生活。

マイシスター小夏よ。お前は俺と同じ過ちを犯していないことを切に願うぜ。


一方その頃小夏はというと。


「聞くがいいッ! 私の眷属たちよ! 其方らの主の名は深凪小夏!!」


はい。兄妹していました。



転校生――。

そう呼ばれる存在がクラスに来たのであればその日の教室はお祭騒ぎになるのが定番と言えるだろう。

実際、都会にいた頃俺のクラスに転校生がやってきた時はもう担任に注意されるくらいには盛り上がったものだ。

休み時間の度に転校生の周りに集まり、昼休みは転校生との昼食をどのグループが一緒に食べるかで戦争を起こし、放課後にも大乱闘が勃発したのは言うまでもない。なのに――


「……どうしてこうなった」


俺は自分の席で一人頭を抱えていた。

いや、正確には惨めな俺を哀れんだ巡が隣にいてくれているわけだが……正直、申し訳なかった。


「……なるようにしてなった。としか言えないと思うんだよね」


「わたしもそうだと思うんだよ〜。あれは田舎モンにはついていけないでござる〜」


「巡頼む。俺の薔薇色の学園生活を返してくれ」


「無理だよ。過ぎたことはどうしようもないんだから」


「だね〜」


現在は放課後。クラスメイトは遠巻きに俺のことを見ているだけで話し掛けてくるような様子もない。

え? 昼休み? 小夏と二人で楽しい楽しい食事を取ったけど何か文句あるか?


「……ていうか、昨日言ってた巡の友達とやらは何処にいるんだ?」


「……さっきから修平くんの隣にいると思うんだけど?」


「わたしだよ。わたし〜」


「……」


巡の指差す方へ顔を向けると気の抜けた炭酸飲料みたいな女の子がいるだけで他には誰もいなかった。


「悪い巡。俺は霊感とか無いからそう言った類いの存在は見えないんだよ」


「あれ? おかしいな?初対面なのに随分と酷い扱いされてる気がするよ〜?」


幻聴が聞こえる。

精神科に行ったほうがいいかもしれない。


「私の友達はちゃんと人間だよ……。ほら、椛ちゃん。自己紹介」


ずっと俺の隣にいた女の子を正面に立たせる。


小此木おこのぎ もみじだよ。幽霊じゃなくて人間だからね〜」


第一印象はコイツ大丈夫か? だった。

放っておいたらシャボン玉のようにふわふわと飛んでいってしまいそうなほど気が抜けている女の子。淡い紅の髪はウェーブをかけているのか全体的にふわふわしていて、真っ直ぐにこちらを見据えるつぶらな黒い瞳は何を考えているのかよく分からない。掴みどころのない子だと思った。


「椛ちゃんとは高一の頃からの友達なんだ。修平くんの考えている通りの女の子だと思うけど仲良くしてあげてね」


「どうも。転校初日にやらかした深凪修平っていうバカです。仲良くしてくれると嬉しいです」


「うんうん。よろしくね〜。わたしのことは名前で呼んでくれると嬉しいかな?」


「んじゃ椛。早速お前にも聞きたいんだが、俺の自己紹介は何が悪かった」


「全てかな?」


「なるほど。これがジェネレーションギャップというものか」


「それは違うと思うよ……?」


自己紹介を済ませて改めて教室を見渡す。

放課後になってそれなりに時間が経っているのだがほとんどのクラスメイトは教室に残っていた。


「何もない町だからね。家に帰ってもみんな暇なんだよ」


俺の考えを読み取った巡が説明してくれる。

娯楽施設の一つすらも無い町。学生にとってはさぞかし退屈なことだろう。


「こうして仲良し同士で集まってお話をしたりするだけでも楽しいからね」


「だね〜。わたし達も放課後はこうしてるよ〜。今日は一人いないけどね」


「ああ、そういえば巡が招待してくれたグループのメンバー三人だったな。もう一人はどうしたんだ?」


放課後にこうして集まっているのであれば居てもおかしくない気がするのだが……。


葵雪あゆきちゃんは家の用事があるみたいで先に帰ったよ。明日紹介してーって言われてる」


「ああ、葵に雪って書いて葵雪って読むのか。メンバー欄見てて何て読むんだろうなって思ってたわ」


「珍しい名前だもんね〜。わたしも初めは読めなかったよ〜」


「明日会うのが楽しみだ。紹介してって言ってくれているだけで希望の光が見える」


「あ、ごめんね。それ私が勝手に言っただけで実際は何も言われてないんだ」


「巡が女の子じゃなかったら今頃ぶん殴っているところ……ん?」


固めた拳を落ち着かせて俺はため息を吐くと、同時に廊下の方からバタバタと数人が走ってくる音が聞こえてきた。


「……」


普通なら、どっかの誰かが騒いでいるんだな程度にしか思わないかもしれない。けど俺の中でどこか確信めいたものがあった。


「……修平くん? どうし――」


おもむろに立ち上がった俺を不審に思った巡が理由を尋ねようとした瞬間、教室の前の方ドアが盛大な音を立てて開かれて良く見慣れた少女が駆け込んできた。


「お兄ちゃん――ッ!! パスッ!!」


教室に入った瞬間には既に投球フォームを取っていて、尚且つ一瞬で俺の位置を見極めたマイシスター小夏は何故か靴を俺に投げ渡してきた。


「状況は?」


スリッパを脱いで靴に履き替えながら窓に向かって走る小夏に説明を要求する。


「説明はあと!! 帰るよお兄ちゃん!!」


「了解」


半開きになっていた窓を全開に開け放ち小夏は窓枠に足をかける。


「えっ? 小夏ちゃん――ッ!!?」


小夏が何をしようとしているのか瞬時に理解した巡が制止するべく手を伸ばすが時既に遅し。

小夏の姿は窓の外の景色に吸い込まれるように消えていった。


「ここ二階――!?」


悲鳴のような巡の声がクラス中に響く。


「うっしゃ行くかっ!!」


そんな悲鳴をかき消す声を上げて窓枠に手をかけて大空へ飛び立つバカがいた。


「ひゃっはー!!」


無論、俺だ。


一瞬の浮遊感のあと上手いこと着地した俺は着地の時に曲げた膝のバネを活かしてスタートダッシュを決める。

上の方から巡と椛が何やら叫んでいた気がするが気にしないでおくことにしよう。


「で? 何がどうしてああなった?」


先を走っていた小夏に追いついて横に並ぶと同時に質問を投げる。

飛び降りる直前にチラッと見えたのだが、数人の男女が教室に駆け込んできていた。

まず間違いなく小夏は追いかけられていたのだろう。


「なんか私に一部熱狂的なファンが出来てた」


「は? お前俺と同じでやらかしたんだろ!?」


「私もそう思っていたよ!? けどなんか放課後になった瞬間に群れを成して襲い掛かってきたんだよ!? 小夏様ーっ!って!! 死ぬほど怖かった!!」


「俺なんて哀れみの視線しか貰ってないんだぞ!? 襲われたほうがマシだわ!!」


「それはお兄ちゃんが実際に襲われていないから言えるんだよ!! 経験してみないとこの恐ろしさは分からない!!」


そんなこんなで小夏と二人、バカ騒ぎをしながら帰宅し、転校生活一日目が幕を閉じたのだった。



to be continued

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