第03話『不思議な少女』
「るんるん♪ るんらら〜♪」
鼻歌を歌いながら気分上々で歩く小夏。やたら機嫌のいい小夏の手にはバニラ味のソフトクリームが握られていた。
甘狐処を出た後、風巡丘に向かってる最中に偶然にも商店街らしき場所を発見した俺たち。一通り回ってみてとりあえず食材を確保することが出来ると判明し、現在は回っている最中に見つけたコンビニらしきところで買ったソフトクリームを食べながら風巡丘に向かっている最中だ。
「都会と比べなければ満足出来る品揃えだったね! 都会と比べなければ! 大事なことなので二回言いましたっ!」
何だかんだ文句を言いながらも嬉しそうに笑う小夏。ほぼ諦めかけていたところに見つけたもんだからテンション上がっているんだろうな。
「いざとなったらコンビニ飯安定。けどしばらくは面倒臭いけど自炊だな。帰りに色々買ってこうぜ」
「カレー! 私お兄ちゃんのカレー食べたい!」
「カレーか。いいな。じゃあ今日は……団子だから、明日は特別に俺の特製カレーを作ってやるよ。とは言っても……今回は市販のルーを使うがな」
普段カレーを作る時はルーを使わずに一からから調合していくが商店街を回った感じ売っている店は無さそうだった。
「さっきコンビニの店長に聞いたんだけど、風巡丘行くならこっちから行ったほうが近いみたいだよ」
「道案内よろしく」
「合点承知!」
小夏を頼りに聞いた道とやらを進んでいく。
商店街を抜けるとまた代わり映えのない景色に戻る。自然に囲まれているのは悪くないのだが、都会に住んでいたせいかどこか物足りなく感じる。
まぁ、当分この地に住むことになるんだ。慣れるのは時間の問題だろう。
「商店街歩いてて思ったんだけどさ? 学生……というか私たちくらいの年齢の子いなかったよね」
「仮にも平日だからな。みんな学校だろ」
「あー、そっか。周りから見れば私たちがなんでこんな時間に出歩いているんだって話かー」
たまに向けられた奇怪な視線の原因の大半がそれに違いない。でもそれも今日だけの話だ。
「俺たちも明日からは学生の仲間入り。虹ヶ丘高等学校……だったか? どんなところなんだろうな」
「別にどんなところでもいいよ。あ、お昼は前の学校と同じようにお兄ちゃんのところ行ってもいいよね?」
「最初くらいはクラスで親睦深めといたらどうだ? まぁ来ても構わんが」
「じゃあ行く。クラスメイトとなんて自然と仲良くなってるもんだよ」
「だよな」
俺も小夏も友達作りで困ったことはない。
兄妹で場所を問わず馬鹿やってるせいか自然と人が集まってくるからだ。
周りの環境に恵まれていたのも確かにあるかもしれないが、基本的に明るく楽しくしていれば人は釣られるもんだ。
「あ、ここじゃない? ほら、看板あるよ」
雨風でボロボロの板切れに滲んだ文字で『風巡丘』と書いてある。
場所は間違いないのだろうが目の前には森……と呼べるのか怪しい木の群れが広がっていた。一応、道らしき道はあるが……ここを進めということなのか……?
「お兄ちゃん……目が死んでるよ。そこまで距離は無さそうだから頑張って」
「骨は拾ってくれ」
「大した距離じゃないって!? ほら見てよ」
たくさん生える木の奥。そこには光が見えていた。かなり傾斜はあるが距離自体は小夏の言う通り大した距離は無さそうだった。
丘全体が生い茂る木に囲まれている。
護られている――。何故かそんなありもしないことを考えてしまう。風車がたくさん植えられてるとは言え、丘なんて所詮は丘だ。特別も何もあったものではない。
「進んでみよ、お兄ちゃん。ゴールまであと少しだよ!」
「おー」
気の抜けた返事と共に歩き出す。
昨日一昨日あたりに雨でも降っていたのか地面がぬかるんでいて歩きづらい。しかも生い茂る葉が太陽の光を遮っているせいで少しだけ肌寒かった。
光に向かって進んでいく。
何故かお互い無言で、まるで引き寄せられるように淡々と足を進めていた。
出口はすぐ側まで近づいていて、手を伸ばせば光が掴めるのではないかと思ったその瞬間、目の前がパッと弾ける。
「……おお」
思わず目を瞑ったが、恐る恐る目を開けて見た景色に俺は感嘆の声を漏らしていた。
「……すごいね、お兄ちゃん」
「ああ……」
一面に広がるエメラルドの絨毯。そこにはネットの情報通り無数の風車が植えられていた。丘の頂上には立派な広葉樹があり、まるで町全体を見下ろしているよう。絵画から切り取ったような美しい光景だった。
不意に優しい風が吹く。
暖かくて、心地よい。春を象徴したような風に俺と小夏は見を委ねる。感じているだけで心が満たされていくような気がした。
「……あれ?」
「どうした?」
「風車見て。回ってない」
「なに?」
何を馬鹿なことを。そう思いながら風車を見た俺は小夏の言葉が真実だったということにすぐに気づいた。
「本当だ……。こんなに風が吹いてるのにどうして?」
「――ここの風車は風じゃ回らないんだよ」
「!?」
突然背後から聞こえてきた声に驚いて俺と小夏は揃って振り返る。
そこにはこの丘に吹く風と同じくらい優しい笑みを浮かべた一人の少女が立っていた。
「見慣れない顔だね? 観光か何かかな?」
「あ、いえ……俺たちは今日この町に引っ越してきたんです」
「そうなんだ。あと、敬語いらないよ? 同い年だよね」
「えっ? あ、俺は高三。君も?」
だよね。と断言されて少し戸惑う。
俺、こんな女の子と面識あったっけ……? いや、考えるまでもなく無いのは明らかだ。
腰のあたりまである長い黒髪。海のような綺麗な瞳。綺麗と言うよりは可愛いという表現が似合う少女。一度見たら忘れる事は無さそうな外見。やはり俺の頭にこの少女の記憶は無い。
「うん。虹ヶ丘高等学校の三年生。そっちの女の子は妹さんかな?」
謎の少女は咄嗟に俺の後ろに隠れた……と言うよりは盾にしている小夏に笑顔を向ける。
「あ、はい。この愚兄の妹やってます」
「お前ぶっ殺すぞ」
「だってびっくりしたんだもん!! 仕方ないじゃん!?」
「初対面の人にその紹介は無いだろ!? 俺の立場考えろ!!」
「私のお兄ちゃん!!」
「それは立ち位置であって立場じゃねぇ!!」
「ふふっ。仲が良いんだね」
「「それは否定しない」」
ハモった言葉を聞いて少女はニコニコと微笑んでいるだけだった。呆れられていないのが不幸中の幸いだな……。
「――風車」
「え?」
「ここの風車はね、何か特別なことが起きた時に回るの」
「特別なこと……」
「そう。特別なこと。どんな強い風が吹いても回らないのに不思議だよね」
俺にとっては見ず知らずの人にこんな会話をする君の方が不思議で仕方ないんだがな……。
何を言うべきか悩んでいると、俺の背中から出てきた小夏が疑問を少女にぶつける。
「特別なことって……具体的にはどんなことなんですか?」
確かにそれは気になる点だ。
どんなことがあれば回ると言うのだろうか?
「それはね――」
ふと、少女の表情に影が差す。
それはとても悲しげで、溢れてくる何かを必死に堪えているように見えた。
「私にも、分からないんだ」
「……」
嘘――。そう直感的に分かった。
でも問い詰めることはできなかった。できるわけがなかった。だって――
「……どうして泣いてるんですか……?」
少女は泣いていた。
笑顔のまま涙を零していた。
泣いている理由を聞くよりも早く少女は口を開き追求を回避する。
「さぁ……どうして泣いてるんだろうね? あ、そういえばまだ自己紹介をしていなかったね」
頬を伝う涙が綺麗な顔を悲しく彩り、それを誤魔化すように浮かべている笑顔はひどく寂しげで、俺も小夏も言葉を返すことが出来ない。
けれど少女はそんな俺たちの気持ちなどお構い無しに言葉を続けるのだった。
「――初めまして。これからよろしくね」
悲しみの雫が地面に落ち、少女は俺たちに向かって手を差し出す。
「私は
ね? と、小首を傾げる巡。
まるで自分が泣いていることに気づいていないようなあまりにも自然な立ち振る舞い。だから俺たちが見た涙は幻覚だったのではないかと一瞬考えてしまう。
けれど、ほんのりと赤みがかっている頬には涙が伝った跡がしっかりと残っていた。
「……お兄ちゃん」
小夏が困ったように俺を見上げる。
そんな表情をされても正直、俺だってどうすればいいのか分からない。
ただ、初対面の人にいきなり何の前触れもなく声を掛けられた挙句、泣かれたりすれば警戒するのが普通。しかし不思議なことに巡は大丈夫だと頭が判断している。
奇妙な感覚だった。俺の意志とは関係無しに巡のことを信用している。単純に可愛いから? 悪意を全く感じられないから? いや……どの答えもパッと来ない。そもそも可愛いからっていうのは信用問題関係無いし。
あー、もう本能に従ってしまおう。
考えるのがめんどくさくなってきた。
俺は差し出された巡の手を握る。
温かくて、柔らかいその手。握ったその瞬間に波のように押し寄せてくる安心感。何かもう自分がよく分からなくなってくる。
「俺は深凪修平。こっちは妹の小夏。奇妙な巡り会いだったわけだが……よろしく、でいいのか?」
これからよろしくね。
巡は俺にそう言った。だから同じように言葉を返したのだが、確認するような言い方になってしまう。
「うん。よろしくでいいんだよ」
こちらの迷いを吹き飛ばすような笑顔で巡は答える。
その後、薄手のカーディガンのポケットに入っていたスマホを取り出してメッセージアプリを開いた。
「友達になろ?」
「田舎の人でもスマホって持ってるんだな」
都会にいる女の子と寸分変わらない自然な動作でスマホを取り出したことに感心する。
「いや……確かに田舎だけどスマホくらいみんな持ってるよ?」
「そりゃ驚いた。QRコードでいいか?」
「振ろうよ。私この機能好きなんだよね」
「おけ」
「風見さん。お兄ちゃんを登録したら私ともしませんか?」
「大歓迎だよ! 小夏ちゃんもふりふりしよ!」
スマホを振りあって友達登録を済ませる。
すると何かのグループへの招待コードが巡から送られてきた。
小夏にも同じ招待が来ているようで、答えを求めるように巡を見る。
「このグループは?」
「明日学校来るよね? そこで紹介しようと思ってる私の友達がいるグループだよ。あ、小夏ちゃんにとっては先輩かもしれないけど上下関係とかあまり気にしないでくれるとありがたいかな?」
「……」
正直、ツッコミどころが多すぎて何処から突っ込んでいいか分からなかった。
明日――つまり俺と小夏が虹ヶ丘高等学校に編入するのを何故か知っていて、自分の友達に今日出会ったばかりの人間を唐突に紹介。プラスアルファで小夏には上下関係を気にするな。
「あの……風見さん。一つだけ聞いてもいいですか?」
「ん? じゃあ特別に一つだけなら何でも答えてあげるよ」
「初体験はいつですか?」
今聞くことじゃねぇ。
「……それが本当に聞きたいことなら答えてあげてもいいけど?」
「どうして初対面の相手にここまで馴れ馴れしく出来るんですか?」
どストレートだなおい。
俺でもそこまで直球では聞けないぞ。
「馴れ馴れしいのは嫌いかな?」
けれど巡は一切気にしている様子は無い。
嫌いかな?と、小夏に問いかけているが、そうするまでもなく巡は小夏の答えが分かっているような気がした。
「いえ……寧ろ好きです。極端なのは苦手ですけど風見さんは距離感を分かっているというか……とにかく嫌な気分にはなりませんでした」
「嫌じゃないならそれでいいんじゃないかな?」
あらかじめ用意されていたセリフを読み上げるように巡は口を動かす。
「私は今日この場所で二人に出会う。それはまるで夢のような時間の始まりになるって分かっていた。だから私はね、私の夢を見続けるために今日ここで二人に出会う事にしたんだ」
「それは……どんな夢なんだ?」
他にも聞きたいことは山ほどあるはずなのに、何故かその答えが無性に気になってしまう。
「すごく楽しい夢。ずっとずっと続いて欲しい。そう思いたくなる夢だよ」
「巡の言う楽しい夢を見るためには俺たちが必要って事なのか?」
「うん。必要だよ」
巡は即答する。
蒼い瞳の奥。そこには言葉では言い表せそうのない決意のようなものが見えた。
でも、何を思って夢に拘っているのか、どうして悲しみを笑顔で隠しているのか分からない。
「でもね、どれだけ楽しくっても醒めない夢は無いよね? 夢の終わりは絶対に来る。終わりのない夢なんて無い。だから私は夢を終わらせるために夢を見続けるんだ」
「……言ってることめちゃくちゃ……というか訳が分からないんだが。巡は何が言いたいんだ?」
「私が言いたいことはたった一つだけだよ」
人差し指を立てた巡はそのまま踵を返す。
こちらに向けられた背中は寂しげで、でも聞こえてくる声だけは楽しげだった。
「楽しい日々を送ろうってことだよ。それじゃあまた明日ね、修平くん、小夏ちゃん」
一方的に会話を切ると巡は来た道を戻っていく。その間一言も発することができず、巡の背中が見えなくなったところでようやく俺は口を開くことができた。
「……実は小夏の知り合い?」
「残念だけど、私の知り合いの中にあんな不思議ちゃんはいないよ」
「初対面であそこまでぐいぐい来られると反応に困るよな」
「私たちのこと知ってるように話しているところあったよね。明日学校に行くこととか」
小夏に言われるまでもなく不審な点は多かった。あからさまに怪しい人なのだが……嫌いにはなるどころか、側にいてくれると何故か安心できる。
「楽しい日々……ね」
「お兄ちゃん?」
「いいじゃないか。乗ってやろうぜ」
巡と一緒にこれからの日常を送っていけば言葉の意味も自ずと分かってくるだろう。
それに巡の言う楽しい日々というのにも興味が無いわけじゃない。寧ろわくわくしている自分がいるのが分かる。
「まぁお兄ちゃんならそう言うと思ってたよ。楽しそうな事なら何だっていいんだもんね」
「別に何でもいいわけじゃない。俺だって疑う時は疑うさ。けど……巡は大丈夫だと思うんだよ。根拠があるわけじゃない。でも信頼に値する何かがある」
手を握った時のあの安心感。
変な事を言うかもしれないが、俺はあの手の感触を知っている。それがいつだったかは思い出せない。それでも知っているということだけは声を上げて言える。
「なぁ小夏。ふと思ったんだが」
「?」
「巡は実は俺たちの幼馴染みで、記憶から抜け落ちてるってことはありえないか?」
「ありえないよ。真顔でそんなこと言われても困るんだけど」
「お兄ちゃん、小夏に笑って欲しかったんだけどなぁ。マジレス返されるとは思ってもみなかった」
「正直、笑う気でいたんだけどね。でも……なんか無理だった。私、風見さん嫌いじゃないけど好きにはなれないかも」
「んまぁ……好みは選びそうだったな」
個人的にはわりとタイプな女の子だったわけだが、ここでそれを言ったら小夏に何を言われるか分かったもんじゃないから黙っておくことにしよう。
「漬物と頼んでおいた団子買って帰るか」
「荷物の整理しないとだもんね。今日中に終わるかな」
「無理して今日終わらせる必要も無いだろ。長旅で疲れてるし何日かに分けてのんびりやろうぜ。学校もあるしな」
「サボりたい」
切実に小夏が嘆く。
「帰ろう、お兄ちゃん。家が私を呼んでいる」
気だるげに歩く小夏の背中を追って俺たちは風巡丘を後にした。
to be continued
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