第09話『新しい仲間を迎えて』
「――昼飯確保っと」
昼休みの購買戦争に見事勝利した俺は戦利品である季節の日替わり弁当とマンゴープリンの入った袋を片手に廊下を進んでいく。
人気の少ない階段に座り込み、ポケットからスマホを取り出してグルメを起動させる。
隼人『今日何処で飯食ってるんだ?』
素早く文を打って送信。
10秒ほど待っているとすぐに返信がきた。
つも『昨日と同じ』
昨日と同じということは中庭だろう。
了解。と返事をして立ち上がったタイミングで通知が一件入る。
画面を見てみると十堂の名前が表示されていた。再びグルメを開いて内容を確認する。
恋『わたしも一緒にご飯食べてもいいですか?』
そんな十堂のメッセージに、ふと昨日の光景が頭をよぎった。
クラスで誰とも関わらずに一人でいる十堂。苛められているわけではなさそうだった。どちらかというとクラスメイトとの間に壁を作っている――そんな感じがした。
俺たちの間にも十堂のクラスメイトほどではないが壁はある。昨日の帰り道に雪原が言っていたようにこちらから踏み込まない限りこの壁は消えないのだろう。
その為にはまず、十堂のことをもっと知らなければならない。彼女の内面を理解して上げることが何よりも大切なことだ。理解出来ていない状態で踏み込んだらただ壊れるだけになってしまう。それだけは絶対に避けたい。だから――時間を掛けて少しずつ十堂のことを理解していきたいと俺は思っている。焦る必要はない。時間はまだまだあるのだから。
隼人『お、こいこい。中庭の奥の方にいるぞ』
恋『了解です』
ハル『恋歌ちゃん、飲み物何がいい?』
恋『自分で用意するから大丈夫ですよ』
ハル『ダメ。何がいい?』
恋『えええ』
恋『では…レモンティーでお願いします』
ハル『わかった。じゃあ中庭で待ってるね』
恋『ありがとうございます』
ここまで会話してほかのメンツからメッセージが飛んでこないということはイツメン全員中庭に揃っているということだろう。
俺は駆け足で中庭に向かった。
「――あ、隼人くん来たよ!」
中庭に入ると榊先輩がこちらに向かって手を振っていた。軽く手を振っていつもの場所へ行くと、予想通り俺以外の全員が揃っていた。無論、十堂の姿もある。
「待たせたな」
「わたしも今来たばかりです」
「そうか。ならよかった」
テーブルに昼食を置き、いつも通り雪原の隣に腰掛ける。座る場所はそれぞれ決まっているようなもので、俺の左隣は雪原、その横が榊先輩。雪原の前は古宮でその左隣は反町。そして新たに俺の正面に十堂となった。
六人席が全部埋まってちょっとした満足感に満たされる。
「メンツ揃ったしそろそろ食べようぜ。二限くらいからずっと腹減ってたんだわ」
「優誠くん朝ごはん食べてきてないでしょ?ちゃんと食べないとダメだよ。朝ごはん食べれば眠気も取れるし、頭の働きも活発になってくれるんだから」
「お言葉ですが先輩!朝は睡眠が重要だと思います!」
菓子パンの封を切りながら榊先輩に抗議する反町。
「睡眠も重要だけど、優誠くんの場合夜更かししてるせいだよね」
「何のことか分かりませんね、ええ」
もぐもぐとメロンパンを食べながら反町は榊先輩から視線を逸らした。
「こーら。視線を逸らさない!全くもう…」
榊先輩は半ば呆れながら自分の弁当の蓋を開ける。
「……美味しそう」
お弁当の中身を見た古宮はそんな感想を口にした。
女の子らしい小さな二段弁当の上段には白米に小粒の梅干しを乗っけた日の丸弁当。下段にはおかずが入っていた。黄金色に焼けた玉子焼きにほうれん草とベーコンのソテー。メインのおかずにはハンバーグだろうか。少し色が薄いような気がする。
「そのハンバーグ何のハンバーグですか?」
「これはね、豆腐のハンバーグだよ!柔らかくてヘルシーなの」
なるほど。豆腐を使っているから肉だけのハンバーグより色が薄いのか。備えてある大根おろしを乗せて食べるのは想像しただけでもよだれが垂れそうになる。
「出来立てが一番美味しいんだけどね。お弁当だから時間経っちゃうのは仕方ないことだけど」
少し残念そうに豆腐のハンバーグを咀嚼する榊先輩を横目で見ながら俺も買ってきた弁当を開けた。
「夜乃会長って毎日お弁当ですよね。毎朝作るの大変じゃないですか?」
「うーん、まぁ確かにちょっと大変だけど、自分の好きなおかずとか入れたりできるから楽しいよ?」
「それなら私はコンビニで好きなもの買っちゃいます」
「コンビニのご飯だと栄養バランス偏っちゃうから健康的じゃないよ」
「夜ご飯はちゃんと自炊して食べてるから大丈夫ですよ」
「……ハルカは、朝と、夜は…まとも。たまには…お弁当も、作るけど」
「一週間に一回はお弁当だね。恋歌は?」
いきなり話を振られた恋歌はツナのサンドイッチを食べる手を止めて顔を上げる。
「わたしはたまに買い弁もしますけど、大体はお弁当を作ります。一応このサンドイッチも朝作ってきたものなんですよ」
「めっちゃ美味そうだなって見てたんだが……まさか手作りとは」
反町は自分の買ってきたコンビニのサンドイッチと十堂のサンドイッチを見比べてため息を吐いた。
見た目からして十堂の作ったサンドイッチの方が何倍も美味しそうに見える。
「こう見えてわたし料理は得意なんです」
そう言いながら一口サイズ残っていたサンドイッチをパクッと食べる。
「料理だけじゃなくて家事全般出来ますけどね。一人暮らしだと色々な能力が身につきます」
「……恋歌ちゃん、一人暮らし…だったんだ」
少し驚いたような表情を見せる古宮。
親元で暮らしているイメージがあったのだが人は見かけによらないようだ。
「ねぇ恋歌。今日の放課後――というより夜暇?」
「暇ですけど……何でですか?」
「恋歌が良ければだけど、今日私の家でご飯食べない? 親共働きで帰ってくるの遅いから寂しいんだよね」
「そうなんですか。わたしで良ければお付き合いしますよ。一人で食べるご飯の寂しさは分かりますし」
「よしっ。じゃあ今日の夜ご飯は三人で食べられね」
「三人?あっ……隼人先輩もですか?」
「ご明察」
パチンと雪原は指を鳴らす。
「本来なら今日は私がご飯を作る日だけど、恋歌にお任せしてもいい?」
「いいですよ?」
突拍子もない提案だったが十堂は間髪入れずに頷いた。
自分で料理が得意と言っているあたりかなりの自信があるのだろう。即答したのがその印象を強くさせる。
けど、表情はいつも通り無表情のせいでその真意を読み取ることはできなかった。
「材料とかはどうするんですか?」
「帰りに買う。駅方面って言えば分かるよね」
「了解です」
駅方面で食材を買うと言ったら御桜ショッピングモールのことだろう。
かなりの大きさのショッピングモールで、大抵のものはここで揃えることが出来る。地下一階から七階まであり、最上階にはレストラン街が広がっている。
その一つ下の階に『甘狐処』という和菓子専門の喫茶店があるのだが、ここの白玉ぜんざいがまた絶品で、学校帰りの生徒達の密かな楽しみになっていたりする。俺は家の方向が逆だから買い物に行く時くらいしか甘狐処には行けない。だが、たまに無性に食べたくなることがあり休日などについつい足を運んでしまう。
「メニューはわたしが決めていいってことですよね?」
「もちろん。恋歌の作りたい料理を作ってよ」
「わかりました。午後の授業中にでもメニューを考えておきます」
話が一段落つき、再び食事が再開される。
昼休みが終わるまでまだ時間はあるから焦る必要はない。
「お前ら羨ましいなー。俺もみんなで夕飯食いたい」
すっかり忘れていたが反町も一人暮らしをしていた。
「じゃあ私達も今日一緒に食べる?」
「マジですか」
そんな榊先輩の提案に反町はコンマ一秒で食いついた。
「私はいいよ? 遥香ちゃんもどう?」
「……親に、メッセージ…送っておきます」
言うが早いか、古宮はスマホを取り出して操作していた。
「はい決定!場所は優誠くんの家でいいよね?」
「全然オッケーですよ。ちょうど昨日掃除したんで綺麗ですし」
「……お母さんの、許可、取ったよ」
「完璧だね!」
ここまで来ると、みんなで食べた方が楽しいんじゃないかと思った。
「……」
だが、結局そのことを口にすることはなかった。
「――そろそろ時間ですね」
スマホを眺めていた十堂はお弁当箱を片付けて立ち上がる。
「次移動教室なのでお先に失礼します」
ペコッと頭を下げてそのまま踵を返した。
歩いていく十堂の背中に俺は声を掛ける。
「放課後迎えに行くから教室にいろよ!」
声が聞こえたのか聞こえていないのか、十堂は歩みを止めることなく校舎の中に入っていった。
「さて……俺たちも戻るか」
「……だね」
ゴミをまとめながらふと思う。
「今日はちゃんと迎えに行ってあげないとな」
十堂が消えていった方向を見つめながら俺はそう呟いた。
to be continued
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