第07話『まったりとした時間を』

「――ただいま」


誰もいない部屋に向かって俺はそう声を掛ける。

一人暮らしをしているから返事がないのは当たり前なのだが、こうして帰りの挨拶をすることが習慣化しつつあった。

家に帰ったらただいま。学校に行く時や買い物に行く時は行ってきます。当たりの前の挨拶を当たりの前のようにすることが大切だと俺は思う。

とは言っても返事がないのは少し寂しいものがあるのだが。


「夕飯……どうするかな」


冷蔵庫を開けてみるがろくな食材が入っていなかった。

ここのところずっと雪原と夕飯を食べていたせいで買い出しとか全くしていなかったのが主な原因だ。

仕方が無いから予備でストックしておいたカップラーメンを棚から取り出してお湯を沸かし始める。


「……」


暇つぶしにグループメッセージ――通称グルメを開くと同時に通知が一件入った。


つも『家着いたー?』


このグルメというのは簡単に言えばチャットみたいなものだ。個人ではなく大勢で会話をしたいときなどに使うことが出来る便利な機能。会話の左横にあるのはその人の名前で、『つも』は雪原のことだ。

テスト前以外は基本暇人な俺たち。だから毎晩グルメを使ってやりとりをしている。


「……そういえば十堂のことグループに入れてないな」


ふとそんなことを思い出す。

十堂なら勝手に入れても文句は言われないだろうが一応グループを作ってくれた雪原に許可はとっておくことにしよう。


隼人『着いた。このグルに十堂入れていいか?』


つも『いいよ』


ちゃんと許可を頂いたからグループ招待から十堂の名前を探して招待メッセージを送信する。これであとは十堂が参加を押せばグループに入れるという仕組みだ。


「って、参加早いなおい」


招待メッセージを送った五秒以内に十堂はグループに参加していた。俺と同じでずっとスマホを弄っていたのだろうか。


恋『よろしくお願いします』


隼人『よろしく』


ちゃんと身内にも挨拶するあたり礼儀正しい子だと思う。


つも『暇人のグループにようこそ』


恋『皆さん暇人なんですか』


恋『まあグループ名からして暇人なんだと思ってましたけどね』


恋『暇人の集いとかストレートすぎですよ』


十堂は文字を打つスピード早いようだ。今の文を全て送るのに五秒と掛かっていない。

沸騰したお湯をカップ麺に注いで蓋を閉じ、液体スープをその上に置いてキッチンタイマーをセットする。


つも『だって実際に暇人の集いなんだもん。仕方ない』


恋『というより』


恋『このグループに入れられたってことはわたしも暇人って思われてるってことですよね』


隼人『実際身内の集まりだから気にすんな』


恋『了解です』


ゆう『家着いたぜー』


この『ゆう』という人物は反町だ。優誠の優からとっているのだろう。ちなみに古宮は『ハル』、榊先輩は『よるの』となっている。


恋『おかえりなさい』


つも『おかえり』


隼人『おかえり』


ピッと、挨拶をし終えたタイミングで鳴り始めたキッチンタイマーを止めた。

蓋を開けて液体スープを入れると味噌のいい香りが部屋に広がった。スープを混ぜてずずーっと麺をすする。

たまにはこういうご飯もいいのだが、普段雪原のご飯を食べていたせいでどうも味気なく感じてしまう。


ゆう『おかあり。恋歌ちゃんもグループに入ったのか』


恋『はい。よろしくお願いします』


ゆう『よろしくな。んじゃ俺は飯食ってくる』


隼人『飯と言えば、雪原飯どうしたんだ?』


あの時間に帰って親がいたのならもうご飯を食べていてもおかしくない気がするのだがどうかしたのだろうか。


つも『食べてるなう』


隼人『怒られないのか?』


つも『平気』


そういえば雪原の家は放任主義だと前に話していたのを思い出す。それにしては緩すぎるような気もするのだが、ほかの家庭のことに口出しする権利など俺にはないから踏み込むつもりはない。


ハル『ハルカそろそろ寝るね』


つも『早。まだ20時だよ?てか遥香いたの』


ハル『ずっと前から眺めてたよ』


恋『既読が一つ多かったのは遥香先輩が見ていたからなんですね。夜乃先輩か遥香先輩どっちだろうって結構悩んでましたよ』


冷蔵庫から作り置きしている麦茶を取り出してコップに注いでいく。


よるの『呼ばれて参上!』


つも『別に呼んでませんから』


よるの『つもりちゃん酷い!?』


ハル『夜乃先輩来たから寝るね、おやすみなさい』


つも『おやすみー』


よるの『遥香ちゃん!?』


隼人『おやすみ』


よるの『うー…おやすみ』


スマホを閉じて俺は食べ終えたカップ麺のゴミを片付けていく。

一人暮らしをしているせいか、小さなことでもしっかりとやっておかないと気が済まなくなっていた。親元にいた時はわりとだらけた性格をしていたが、人間というのは生活環境が変われば変化する生き物らしい。

麦茶を一気に飲みほして使ったコップを洗う。それが終わると今度は風呂を沸かし始め、その間に部屋を掃除機を使って掃除していく。

平日は夜くらいにしか掃除をすることができない。まだ時間的に遅くはないが掃除機の強さは弱にして音をなるべく抑えることにした。掃除機をかけながら散らかっていた物も片付けていくと10分程度で部屋は綺麗に片付いた。お風呂もタイミングよく沸き、俺は入浴の準備を整える。


隼人『風呂行ってくる』


恋『行ってらっしゃい』


つも『ほかてら』


寝巻きとバスタオルを用意してそのままお風呂に入った。


「……ふう」


バスタブに体を沈める。

少し熱めに沸かしたお湯が冷えた体を芯から温めてくれるのが心地よかった。

ある程度体が温まったところで髪の毛と体を洗うために浴槽から出る。


「……寒」


シャワーがお湯になってるのを確認してから洗い始める。

グルメが気になるし早いところ洗ってしまおう。

五分程度で洗い終え、再び浴槽で温まってから俺は風呂から上がった。スマホを手に取ってグルメを開くと通知が結構な数溜まっていた。

風呂上がりに飲む用のミネラルウォーターをコップに注いで床に座る。


隼人『盛り上がってるな』


恋『おかえりなさい隼人先輩』


よるの『おかえりー』


つも『ほかえり』


隼人『反町はまだ戻ってきてないのか』


よるの『寝てるんじゃないかな?』


隼人『あいつもか。早いな』


つも『まぁ寝るのには早いし、ゲームでもしてるんじゃない?』


ああ。前に俺が貸したゲームでも進めているのだろう。生徒会室で続きが気になるから早くやりたい的なことを言っていたのを思い出した。


隼人『多分俺が貸したゲームやってる』


つも『あれね、納得』


恋『何のゲームですか?』


反町に貸したゲームはいわゆるエロゲと呼ばれるもので十堂に言うのが少し躊躇われる。


つも『Life -刻の吹く丘にて-ってやつ。まぁ恋歌には分からないと思うけど』


言ってしまうのか雪原。

こんな純粋そうな子に。


恋『あ、それ面白いですよね』


「ぶっ!げほげほ!!」


思わず飲んでいたミネラルウォーターを吹き出してしまった。十堂よ、お前もそっち系のゲームやるのか。


つも『へ、へぇ…恋歌もエロゲやるんだ』


恋『結構やりますよ』


よるの『恋歌ちゃんは仲間だと思っていたのに…!』


隼人『先輩もやればいいじゃないですか』


よるの『嫌だよ恥ずかしいもん!!』


榊先輩はこういう系の話は苦手らしい。

生徒会室で俺らが話していると顔を紅くして俯いていたり、あからさまに耳を塞いでいたりする。

そのせいで雪原に弄られているからもう自業自得としか言えない。


よるの『もう!私寝るね!!』


つも『と言いつつベッドの中でエロゲを。分かります』


よるの『やらないよ!バカ!!』


榊先輩は怒ってしまったのかそれ以降グルメに既読がつくことはなかった。

俺、雪原、十堂でそれから少し話して解散ということになった。


「……寝るか」


明日の学校の支度を済ませ、俺は電気を消して布団に入った。



to be continued

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