The First Story
第02話『俺は何を忘れているのだろう』
「――と、まぁ……ざっくり話すとこんな感じだな。お前らはどう思うよ?」
翌日。俺は昨日の十堂との出会いを朝の話題として友達に話した。
まだ朝のホームルームまで時間がかなりあり、教室にはちらほらと人影があるだけだった。
窓から入り込んできた朝の日差しは群青の黒板に反射して長方形の光の空間を作り上げていた。
黒板には誰が描いたのか、白い猫が二匹描かれており、反射して出来上がった光の空間に影絵のように現れ、まるで寄り添っているように見える。
「……んで、なぜ黙る? 俺は何か変なことを言ったか? 別に何もおかしいことは言ってないはずなんだが?」
反応が無のため、俺は猫から無反応な友達たちへと視線を移した。
こういう話は乗ってきてくれると思っていたのだが見当違いだったのだろうか。
「……おい、隼人。一言いいか?」
怒気を含んだ声色で俺の肩をガシッと掴むコイツは一年の頃に知り合って以来仲良くやっている悪友の
「おお、やっと反応してくれたか。んで、なんだ?」
「なぜ俺を混ぜてくれなかったんだ」
「……」
長い沈黙が俺に訪れた。
窓の外から見える広葉樹に止まってさえずっていた小鳥たちも反町の一言に呆れ果てたのか、空へ飛び立っていってしまった。
「……無いわ」
やっと出てきた言葉は何の捻りもないそんな言葉だけだった。
反町は顔はイケメンなのだが、中身は一言で言ってしまえば変態。
この部分が無ければすごく良い奴なのだが、本人にも自覚はあるらしく言わばキャラ作りみたいなものとのこと。
それなら別に口を挟むようなことでもないし、友達として付き合っていく分には何も問題はない。
というか今更真面目な性格をされてもこっちとしてはやりづらい。
「とりあえず変態はスルーするとして……その子ってこの学校の子なの?」
「ああ。一年生だ」
「ふーん? 桜の下で出会った不思議な後輩ね。でも出会ったというよりは再会した。なんでしょ? 話聞く限り」
「出会った。で、いいんだよ。少なくとも今はな。向こうだって気にしてない様子だったし」
「そういう問題じゃないとは思うけど……。まぁ浅川がそういうなら私からは何も言えない。とりあえず今度会ってみたい」
「いいんじゃないか? あとで聞いといてやるよ、覚えていたらな」
「いいの? ありがと」
覚えておいたら。と言った俺の言葉を軽くスルーして少女は長い髪をシャランとかきあげた。
「おい隼人。俺にも紹介してくれ」
「出会い厨は黙ってお家帰ってくれない?」
「おいこら」
流れるように反町を罵倒したこの少女は
初雪のように白くきめ細かい髪は誰もが立ち止まって見とれてしまうほど美しく、パッチリとしたエメラルド色の瞳は小顔の彼女によく似合っている。
雪原は俺たちのリーダー的存在でかなり頼りになる。
言葉遣いは反町と話しているのを聞いて分かると思うが少しキツめである。
「なに? なんか文句あるの反町」
「俺が出会い厨ならつもりちゃんだって出会い厨ってことだろ。先に会ってみたいって言ったのはそっちだ」
「私は女子だから問題ない。羨ましいでしょ」
「え、なにそれ理不尽」
「反町、この世界は理不尽の塊だからね」
「おいやめろ。哀れむような目で肩をポンってするな。虚しくなるだろうが」
パシッ――と、肩に乗せられた手を反町は払い除ける。
「ふふ、冗談よ」
雪原はニヤニヤと笑う。
払い除けられた手に関しては何も気にしていない様子だった。
いつも通りの光景。
雪原と反町は中学の頃からの知り合いらしい。
俺たちの中じゃ一番付き合いが長いということだ。
だからお互いの距離感をキチンと理解している。
「遥香はどう? 会ってみたいと思う?」
先ほどからずっと手元の本に視線を落としている少女に雪原は話しかける。
遥香と呼ばれた少女はパタンと本を閉じると小さく頷いた。
「……うん。会って、みたい」
言葉を選ぶように、単語で区切るように喋るこの少女は
俺たちのイツメンの一人だ。
透き通った海のようなスカイブルーの髪に妖しく光るアメジスト色の瞳。
淡々とした喋り方で機嫌が悪いのかと思ってしまうかもしれないがこれが彼女のデフォルトだ。
古宮は根暗、コミュ障など、クラスの中で浮いていると言われているが、それは古宮という人間を理解していないから言える世迷い言。
俺たち以外の人の前で自分の感情をあまり出さないからそう思われるだけで、面白いことがあったら笑うし、悲しいことがあったら落ち込んだりもする。
古宮は高校に入学して初めて出来た友達だ。
友達になった理由に特別なものはなく、何となしに目が合ったから声を掛けたという感じなのだが、俺はあの時古宮に声を掛けて良かったと思っている。
そして次に出来た友達が雪原。んで、雪原のおまけという感じで反町と知り合った。
俺の、普通に生活して、普通に送るはずだった日常は、唐突に日常に入り込んできた雪原と反町の二人のせいで絶賛狂ってしまったというわけだ。
けど二人のおかげで気づけたことが多々ある。
それに関しては感謝しなければならない。
二人のおかげで退屈だった人生が変わったのだから。
「……恋歌って、可愛い名前、だよね」
「それ私も思った。珍しい名前でしかも可愛いのって良いよね」
「……ハルカは、つもりって名前も、珍しいし、可愛いと……思うよ? ハルカの名前、ありきたりで、面白みが……無いもん」
古宮はつまらなそうにため息をつく。
机に置いたままの文庫本をカバンの中にしまって古宮は立ち上がる。
「どこか行くのか?」
「……自販機。ホームルームまで、まだまだ、時間ある」
時計が差す時刻には確かに余裕があった。
俺はカバンから財布を取り出す。
「んじゃ俺もついていくわ」
「……反町くんと、つもりちゃんは、どうする? なんかあるなら、代わりに……買ってくるよ?」
「私もついてく。反町と二人っきりは勘弁。貞操の危機」
「んなこと友達相手にしねーよ。俺をどんな目で見てるんだお前は。遥香ちゃん、俺もついていくぜ」
「……なら、みんなで、買いに行こう」
結局全員で行くことになり、俺たちはぞろぞろと教室から出た。
天高くから射し込む陽射しが窓枠を照らして廊下に四角い影を作っていた。その影はまるで絵画の額縁のようで、四角の中に描かれる光の下絵に時折、空に舞い上がった桜の影がひらひらと映っていた。
廊下に俺たち以外の人の姿はほとんどなく、広がって歩いていても文句を言われることは無い。
「俺もさ、自分の名前は結構ありきたりだなぁって思うんだよな。あと優誠って名前カッコ良くない」
「え、その話まだ続けるの」
「いやまぁ……他に話題無いから続けようかなと。唐突かもしれないが俺はつもりちゃんの名前結構好きなんだよ」
そう反町が言うと雪原は苦笑する。
雪原だけではない。俺も古宮もあまりにも唐突すぎて耐えきれず噴き出していた。
「唐突すぎ。けど、ありがと。でも褒めても何も出ないから期待しないで」
「思ったことを素直に言っただけだから別に何かを期待していたわけじゃないっての」
いつも貶したり、からかっている相手だとしても、褒められたりすれば素直に笑顔を浮かべる。それはきっと心の底から喜んでいるからだ。
反町はそんな雪原の一面を知っているから、こうして友達でい続けているのだろう。
「浅川の名前は至って普通よね。反町も同じくらい普通だと思う。けど――実際、名前がカッコイイとかカッコよくないとか、正直それがどうしかしたの? って話だと思わない?」
「というと?」
「可愛いとか、カッコイイとか――そんな評価はどうだっていいの。親がいろんな気持ちを込めて付けてくれた名前なんだからそういう評価はいらない。とは言っても褒められたりしたら嬉しいものっての変わりないけど」
「……つもりちゃん、いいこと、言うね。ハルカ、胸に……グッと、きた」
目をキラキラさせながら古宮は雪原の言葉に何度も頷いていた。
「流石はつもりちゃんだな。さっき自分の名前がカッコよくないとか言ったのが恥ずかしいわ。そうだよな……親がきっと――何時間も、何日も考えてくれて今の名前があるんだ。ちゃんと感謝しないといけない気がしてきた。隼人もそう思うよな?」
「……そうだな」
投げかけられた言葉を受け流すかのように俺は素っ気ない言葉を返した。
そのまま何気なく窓の外に視線を移して少し考えてみた。
親が考えてくれた名前……か。俺の親は何を思い、何を考えて隼人という名前を俺につけてくれたのだろうか。
「……」
正直……分からないし、分かりたくもなかった。
つまらないことを考えるのはやめだ。
俺は仲間たちの会話に戻ることにした。
「……つもりちゃんの、名前には……どんな意味が、込められているの?」
「偉そうに色々語っておいてあれだけど、自分の名前の由来とか意味とか全く分からない」
「あまり聞く機会ってないよな。どんなタイミングで振ればいいか分かりにくい話題でもあるし」
「……反町くんは、一人暮らしだから……尚更、機会無いよね。ハルカと、つもりちゃんは、聞こうと思えば……いつでも、聞けるし。今度、聞いてみようかな」
「私は……別にいいかな」
雪原は頭の中で整理しながら言葉を綴っていく。
「なんて言うんだろ……。ほら、いろんな想いを込めてつけてくれた名前なら、聞かないほうがその込められた想いのまま生きれそうな気がしない? もし聞いちゃったら親の込めてくれた想いを叶えるために無理して、自然体じゃいられなくなるような気がする。願い事とかって他人に言っちゃうと叶わなくなるって言うじゃん。あれと同じ様な感じ」
「一理あるような気もするが……流石にそれは考えすぎだろ。もっと軽く考えてもいいと俺は思うな」
「……ハルカも、そう思う」
反町の言葉に古宮はコクコクと頷いていた。
ほんの少し場の空気が冷めた。
聞いているだけでいるつもりでいたが、少し口を出させてもらおう。
「んまぁ……思うことなんて人それぞれだから深く考えなくていいんじゃないか? 名前くらいでそんな深刻に考えるようなことじゃないだろ?」
「そうね。浅川の言う通り」
雪原も場の空気を入れ替えたかったのか、俺の言葉にすぐに便乗してきた。
そうだそうだと話しているうちに中庭にある自販機の前に着いた。
ここは昼休みになると昼ご飯を食べに来る生徒で溢れる。校舎に囲まれたところに位置する為、朝のうちはあまり陽が当たらないのだが、昼になると天高く昇った太陽が中庭を煌々と照らしてくれる。
中庭には大きめの花壇があり、栽培委員が心を込めて育てている綺麗な花が中庭に来る人たちを明るく出迎えてくれるのだ。
「あ、そういえばここの自販機ってレモンティー無いんだっけ」
柑橘系のものが大好きな雪原は、柑橘系のかの字もない自販機のラインナップを見ながらうーんと唸った。
「……つもりちゃん、ほんと……好きだよね、柑橘系」
「大好き。私の貴重なエネルギー源。一日一回は口にしないと死んじゃう」
「柑橘系の重大さ」
雪原は自分でも言っているとおり柑橘系の飲み物や食べ物が好物。常日頃、柑橘系のお菓子を持ち歩いているし、スマホに付いている輪切りにした檸檬のストラップは、雪原がスマホをいじる度に収穫前の檸檬のようにゆらゆらと揺れている。
「まだ時間あるし、購買の方にある自販機行くか?」
「今はここでいい。休み時間か昼休み買いに行けばいい事だし」
「りょーかい。んじゃ俺は何飲もうかね。……これでいいか」
買うものを決めた反町はサイフから取り出した野口さんを自販機に飲ませていく。
恨めしそうにジジジッという音と共に機械に吸い込まれていった飲み込まれた野口さんのおかげで全てのボタンが丸くて赤い光を灯した。
「ありがとう、反町。私はリプドンのストレートティーにする」
「ちょ」
返事を待つことなくストレートティーのボタンを押す雪原。
ガタンと落ちてきた500mlのペットボトルは自販機のポケットから取り出し、流れのまま蓋を開けて中身をコクコクと煽っていた。
中身を四分の一くらい飲み終えたところで息継ぎをするためにペットボトルから口を離した。
「誰かの奢りで飲む飲み物は美味しいわ」
飲み物でうるっと潤んだ唇を動かし、悪気など一切無いですというように微笑みながら雪原は反町にグッと親指を立てた。
反町はというと、怒りで肩を震わせながらも、無邪気に笑う雪原にぶつける言葉が思いつかないようで何も言い返せないでいた。
お釣りを吐き出さなかった自販機はどんどん買ってよ。というようにボタンを赤く点滅させており、何を思ったのか古宮は自販機の前に立つとおもむろに急かすボタンに手を伸ばした。
「……じゃあ、ハルカは……この、コーヒーで」
半ば予想は出来ていたことだが……ドンマイ反町。そういう日もあるさ。
心の中で合掌していると何もかも諦めきった表情で反町が俺を見た。
「……隼人。お前も飲みたいやついいぞ。だが俺はお前ならば――」
「マジか。んじゃ遠慮しないわ」
ピッとボタンを押した。
「最後まで聞けよ!! しかもそれこの自販機で一番高いやつじゃねーか!!」
「悪い悪い。で、お前ならば――なんだって?」
「お前ならば一番安い水にしてくれるよな!って言おうとしただけだよバーカ!!」
「それはありえない。そんなことより早いところ教室に戻っておこうぜ」
「そうね。んじゃ戻ろ」
「……教室へ、ゴー」
「おい待てお前ら!! 俺はまだ買ってない!! 買わせるだけ買わしておいて待ってくれないなんて酷くないか!?」
「早くしないと置いてくよー」
「そう言うなら止まってくれよ!! 最初っから待つ気ないだろ!?」
慌てたように自分の飲み物を買った反町は先に校舎に入っていた俺たちに駆け寄ってきた。
「たく……お前らってやつは……」
呆れ半分、諦め半分のハーフ&ハーフのため息を吐いた反町はジト目で俺たちを見た。
「ふふっ。飲み物ありがとね、反町」
「……ありがとう、反町くん」
「サンキュー反町」
合わせたように三人同時にお礼を口にする。
そんな偶然のような必然のようなハモリに苦笑いした。
「はいはい……。まったく……お前らにはかなわないわ」
「褒め言葉として受け取っていいわけ?」
「勝手にしろ。俺はもう知らん」
フンっと反町はそっぽ向いた。
「――ねぇ、反町」
その様子がまるで気に入らないエサを出された猫のようで、雪原はもう一度こっちを見てもらうために反町の名を呼んだ。
「……なんだ?」
「ありがとう」
「……ふん」
再びそっぽ向いた反町だったが、浮かべているその表情はさっきまでのものとは明暗が異なっていた。
「……あれ?」
特に会話もなくクラスに戻ると、ホームルームまでまだ少し時間があるというのに担任の姿があった。
「お。やっと来たかお前ら。ホームルーム始めるから席付け」
「やっと来たって……まだ予鈴鳴ってませんよね」
「全員いるならいつやろうと変わらないさ。それに早めに終わらせた方がお前らだって一限目までのんびりできる。違うか?」
「違わないけど、なんか違う……。一限目までは確かにのんびりできるようになるけど、逆にホームルーム前の朝の時間が消える」
「細かいことは気にしない。ほらさっさと席つくだけついて。終わらせられないから」
俺たちは担任に言われるがままに席についた。
古宮は缶コーヒーを片手に読書を、雪原と反町は机に突っ伏して早くも寝の体勢に入っていた。俺はというとスマホで最近リリースされた新作のゲームを起動させつつ窓の外の景色を見ていた。
「んじゃ出席取るぞー。っても空いてる席無いのは見て分かるからホームルーム終わり。解散!」
五秒と掛からずホームルームは終了。
相変わらずこの担任の適当さ加減は教師としていいのか疑問に思ってしまう。
「……」
教室の窓からは御桜丘が見え、遠目からでも桜の花びらがひらひらと舞っているのが分かる。
御桜丘を見ると思い出されるのはやはり昨日のことだけだった。
『――あの日の約束、覚えてますか?』
身に覚えのない約束。一晩考えたが思い出すことはできなかった。
彼女のいう『あの日』とは一体いつの事なのか――。
それを思い出すことが出来れば、約束の内容も数珠つなぎのように思い出すことが出来るような気がする。
「俺は……何を忘れているんだろう」
記憶のどこかに針で刺したような小さな穴が空いている――そんな気がしてならなかった。
to be continued
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