第25話 アデルの初恋

この世界の住人は全て魔法が使える、其の為基礎となる魔法の詠唱に付いては誰もが知っていた。

それは黒色魔法が使えない人間でも相手が使う魔法を理解する為に基礎として学ぶからである。


「黒の魔法 火の力よ我が手より全てを照らす火の奇跡を…」

(この詠唱・・・私焼かれるのか・・・)


アデルは七志の詠唱を聞きながら目を閉じる。

脳裏に走馬灯の様に記憶が流れ迫る死を受け止めたアデルは再び目を開く。


(普通にこの子に優しくしていれば良かった…)


アデルは七志の顔を見詰めながらそう考える・・・

少なくとも七志を奴隷屋に売り払って小銭を稼ごうとした自分が悪いのだ。

アデルは目をそらさない、七志を恨むのではなく自分を買い取って楽にしてくれようとしている七志を優しく見詰める・・・


(どうか君は幸せな人生を送ってね・・・)


安らかな微笑であった。

それをボブは見詰める・・・

そして、呪文が唱えられた。


「ファイア!」


七志の手から炎が出現しそれがアデルの全身を包み込む。

生きたまま焼かれると言うと地獄の苦しみを味わうのを想像するがアデルにはもう痛みを感じる感覚もなくなっていた。

ただただ苦しいだけの状態でこのまま安らかに逝けると気を楽にした。

自身を焼く揺らめく炎から見る七志は真剣そのものであった。


(そっか、まだ魔法覚えたばかりだったのね・・・)


アデルは七志の眼差しでそう感じゆっくりと目を閉じる・・・

それを見ていたボブも七志がまだファイアしか使えないのを知っているので何も言わなかった。

もしかしたらアデルと七志の間には何かあるのかもしれないと口を出しはしなかったのだ。


(ナナシ・・・今度は俺がお前を助けてやる、人を殺したと言う罪悪感は一生無くならないからな)


ボブもまたそう考えて見詰める。

そして、七志は魔力が尽きてその場に倒れこむ。

慌てて七志を楽な姿勢にして焼かれるアデルから少し離す。

ボブはアデルをもう見ていなかった。

もうどう考えても手遅れでこのまま楽にしてやるしか無いと言うのを理解しているから視界に入れないようにしていたのだ。

だから気付かなかった。

燃える炎の中でまるでフェニックスの様にその体が修復され全裸のアデルが仰向けに寝ているなんて・・・


「あ・・・れ・・・ここは天国?」


目を開いたアデルがそう口にして目を開く、建物の間から見える空は青く澄んでいた。

ゆっくりと自分の手を顔の前に持ってきて見る・・・


「ははっ天国に来たら指も舌も治るんだ・・・」


力ないアデルの呟きだがその身を包んでいた炎が消失し突然寒気を感じて体を起こす。

そして、目の前に意識を失った七志を介抱するボブの姿が在り自分の横にボブが買って来たシーツが置かれているのが目に入った。


「えっ・・・私・・・生きてる?」


アデルは自分の体を見る、切り裂き中身を取り出された腹部の傷も無く手足の指は全て揃っている。

なにより元から在る顔の傷以外が全て元通りに治っていたのだ!

それも下を向いた時に垂れ落ちた自身の長い銀髪すらも元通りになっていた。


「な・・・なんなのこれ・・・ありえないよ・・・」


そう、白色魔法の代表魔法『ヒール』系の回復魔法は基本的に本人の回復力を強化して傷を癒すものである、その為に生えてこない部分に関しては傷口を塞ぐ事は出来てもこんな風に復元は出来ないのが常識なのである。

そして、アデルの声に反応してこっちを振り向いたボブは見てしまった。

その視線の先には全裸のアデル。

まるで漫画のように突然鼻血を噴出すボブ。

それを見て自身の裸が見られたと気付き横に在るシーツを手に取り自身の体に慌てて巻きつけるアデル。

ほんの一瞬ボブに裸を見られた事で叫びそうになったが、そのボブの横で意識を失って倒れている七志が視界に入りアデルはボブの事なんかどうでもよくなっていた。


「な・・・なんで意識失ってるの・・・?」

「多分、魔法を使ったせいで魔力欠乏症になったのだと思う・・・」


その言葉だけで全て理解したアデル。

あんな魔法みたいな魔法を使ったのだ、その対価は想像を絶する物なのだろうと・・・

だが倒れている七志の胸が上下して自立呼吸を行なっているのを見て安堵するアデル。

七志の寝顔を見ているだけで胸の奥で何かが主張する・・・

アデルの脳内は気付けば七志の事で一杯になっていた。


「どいて、私が看るわ」


裸にシーツを1枚巻いただけのアデルだがそんな事は気にもならず意識の無い七志の元へ近寄り上体を起こして後ろから抱き締める。

狩人で在るアデルは青色魔法の使い手であった。

この時使用していた青魔法は『いやしの風』

無詠唱で使用している為、その効果は非常に弱いが今の七志にはそれが最適だとアデルは判断していたのだ。

意識を失っている状態でいきなり体の怪我が急速に治ると脳が混乱するのを防ぐ為である。

七志を後ろから抱くアデルの魔法の効果かそれとも七志の背中に当たる豊満な二つの膨らみの効果か・・・

七志はゆっくりと目を開いてアデルを見る・・・


「やぁ、体は大丈夫ですか?」

「それはこっちの台詞よ・・・馬鹿っ」


目を覚ました七志を見ているだけで鼓動はドンドン強くなり会話を交わせば喉が一気に渇く・・・

アデルは七志が目を覚ました事で驚くほど自分が歓喜しているのに気付き自身の気持ちに気付いた。


(そうか・・・私、この子に恋しちゃったんだ・・・)


アデル19歳、初恋の相手は七志13歳であった。

決して彼女はショタではない・・・筈である。

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