黴の典災

@kuronekoya

水楓の館にて

 アカツキさんからの念話は唐突だった。


「ミノリか? 悪いがすぐにセララを連れて『水楓の館』に来て欲しい」


「どうしたんですか? アカツキさん!?」


 アカツキさんの背後から怒号と慌ただしい人の動きが感じられる。


「とにかく急ぐんだ! セララと……あと誰でもいいから……いや、誰でもいいわけじゃなく……」


『まず、サブ職業に家政婦を持っている人がいれば、レベルに関わらず連れてきて下さい。

 あと、レベルが高くて、ちょっとのことでは動じないような戦士職タンク――そちらの直継さんみたいな人がいいですね――の人を。

 館を傷つけてはいけませんから、魔法攻撃職の人は不要です。

 回復職の人はレベルよりも、心の強さ優先で選んで下さい。

 『水楓の館』姫のところに野卑な男性はあまり入れたくないのですが、今は緊急時です。男女は問いませんから繰り返しになりますが、”心の強い”心臓に毛が生えている人を出来る限り速やかに大勢連れてきて下さい。

 レイドは私が組みますから、職種のバランスよりも集めるスピード優先でお願いします』


 途中から、D.D.Dの高山さんが割り込んできた。

 うん、いつも思うんだけれど、この人の話し方はちょっときつく聞こえるけれど簡潔でわかりやすい。

 シロエさんギルマス同様、外見の印象で損をしていると思う。


 まずは念話でセララさんを呼び出す。


「『水楓の館』で何か起こってるらしくて、セララさん家政婦の力が必要らしいの。

 他に家政婦のスキルを持っている人がいたら、レベルは低くてもいいから連れてきてって、D.D.Dの高山さんから伝言。

 あと魔法攻撃職以外で、なるべくレベルの高い気持ちの強い心臓に毛が生えている壁役タンクの人と、レベルに関係なく気持ちの強い心臓に毛が生えている回復役ヒーラーの人を連れてできるだけ早く『水楓の館』へ向かって!」


「なんだかわからないけど、わかった!

 ニャン太さんも来るかなぁ?」


 セララさん、ブレないな。

 っていうか、私の伝え方に緊張感が足りなかったのかな?


 続いて直継さんに念話する。


「D.D.Dの高山さんからの伝言です。

 『水楓の館』でトラブルが発生した模様。魔法攻撃職以外でレベルの高い気持ちの強い心臓に毛が生えている人を連れてできるだけ早く『水楓の館』レイネシア姫の所へ向かって下さい。

 なんだか大変らしいので、ログ・ホライズンギルドメンバー以外のお知り合いにも声を掛けていただけますか?」


「了解! 大急行祭りだぜ!」


 直継さんもブレずに頼もしいな。


 カラシンさんにも念のため念話する。


「『水楓の館』で何か起こってるらしくて、サブ職業が家政婦の人がいたらレベルに関わらず手伝ってもらえませんか?」


「これは第八商店街ウチへのクエスト発注ってことでいいのかな?」


「すみません、たぶん報酬はないです。

 事後になりますが、あとからレイネシア姫にダメ元で請求してみて下さい」


「あいよ。とりあえずミタって暗殺者アサシンを派遣するよ」


「ありがとうございます」


 あちこち念話しながら小走りに移動しているうちに水楓の館の前に着いた私は絶句した。

 中世ヨーロッパ風の建築物だったはずの館が、アメリカのジャンク菓子のような極彩色のまだら模様に変容していた。

 色だけではなく、なんだか輪郭がぼやっとしているようにも見える。


 中から喧騒が聞こえるが、誰も出迎えには出てこない。

 仕方がないので無礼を承知で自分でドアを開けようとドアノブに手をかけた瞬間、私は「ヒッ」と悲鳴を上げてしまった。

 ゾワリと背筋を気持ちの悪い感触が駆け上がった。


 カラフルなモフモフに変わったと思ったドアノブは、カビに覆われていたのだった。


 思いっきり握ってしまった右手に浄化の魔法を立て続けにかける。

 何度も、何度も。

 MPが枯渇するかと思うくらい、浄化の魔法をかけた。

 手はキレイになったはずだが、感覚的にはまだナニか残っているような気がする。

 喉の奥から酸っぱいものがこみ上げてきた。


「ミノリっち、大丈夫ですかニャ?」


 持ち前のスピードで直継さんよりも先に到着したらしいニャン太さんが、ウィンクしながらポンっと左手で私の肩を叩き、右手をドアノブにかけようとした。


「触っちゃダメです!」


 私の言葉が足りなかったようだ。


 ニャン太さんは、ビクッと私の肩に置いた左手を引いて右手はそのままドアノブを掴んだ。

 ニャン太さんのモフモフ度がアップして、っていうか別系統のモフモフになって極彩色に変わった。

 ニャン太さんは、白目をむいて仰向けに倒れた。

 口から泡を吹いている人って初めて見た。


 合掌。


 シロエさん、直継さん、てとらさんが追いついてきた。

 セララさんと三日月同盟の皆さんもやってきた。


「どういうこと? 簡潔に説明して?

 アカツキに聞いても、マリ姐に聞いても、さっぱり要領を得ないんだ」


「はい、高山さんからの情報と、今目の前の状況から察するに、たぶん中にいるのは典災ジーニアスで『水楓の館』はダンジョンになっていると思われます。

 そしてその典災ジーニアスはおそらくカビを操るのかと……」


 私はそう言って目線を足元のニャン太さんに向けた。

 つられてニャン太さんを見たシロエさんは、「ウッ」と口に手を当てて


「僕、帰ってもいいかな?」


 と、蚊の鳴くような声で言った。

 ヘンリエッタさんは蔑むような目でシロエさんを一瞥して、何も言わずため息をついた。


「ダメダメ! 突入祭りだぜ!」


 そう叫んで、直継さんは鎧がカビに覆われるのも構わずドアを開けた。

 その姿をマリエールさんは泣き笑いのような複雑な表情で見つめていた。

 いつの間に中から出てきたの!?


「さあさあ! 突入祭りだぜ!」


 トウヤも後に続く。


「ボクの魔法、館の外からでも届くかなぁ?」


 てとらさんは腰が引けている。


「ル、ルディと私は、ここで外周を警戒するわ」


 五十鈴さんも明らかに逃げ腰だった。


 セララさんは呆然としている。


 怖気づいた人たちは放っておいて、私たちは中に入った。

 この世(今いるここは異世界だけど)に生まれて14年、生まれて初めて「阿鼻叫喚」とか「地獄絵図」の意味を知ったと思った。

 昔観たアニメ映画『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』を知っているだろうか?

 あたるの担任教師の温泉マークのアパート、まさにそんな感じ。

 え? どうしてそんな古いアニメを知っているのかって?


 それはさておき、中に入った私たちに高山さんが気づいた。


「早かったわね。

 よく来てくれたわ。

 あそこにいるのがカビ典災ジーニアス『モヤシモンLev.65』よ」


 著作権とかいろいろあるので姿形の詳しい描写は控えることにして、ゆるキャラっぽいというか幼児が描いた頭から直接手足が生えている人の絵みたいな姿はちっとも恐ろしくは見えなかったが、その手足を振り回すたびにモワッと禍々しい煙のような微粉のようなものが舞い上がる。


 アカツキさんが微粉を避けて攻撃しているが、どうしても接近しきれず致命傷クリティカルヒットは与えられていないようだ。


 その舞い飛ぶ微粉が付着したところはあっという間にカラフルなモフモフになった。

 小学生の頃、夏休み前の終業式の日、ズボラな男子の机の奥から出てきたいつから入っていたのかわからない食パン、全身そんな感じ……今のアカツキさん。


 窓枠や柱や梁からはキノコっぽいものも生えてきているようだ。


「アレ、食べられるのかなぁ?」


 トウヤがこんなに図太いとは知らなかった。


「さあさあ! パーティを組みますよ。

 壁役タンクふたりで家政婦ひとりを防御。

 通常の編成の武器攻撃職の代わりを家政婦が務めます。

 その後ろに回復職ヒーラーを3人。

 ただし、うちふたりは通常の魔法攻撃職の代わりに浄化の魔法でモヤシモンを攻撃します。

 最後のひとりが通常の回復職を務めます」


 高山さんがサクサク話を進める。


「武器攻撃職の人は私とミノリちゃん、そしてレイネシア姫の護衛を。

 家具調度を傷つけると保障が大変なことになりますから、魔法攻撃は厳禁です。

 私は後方から各パーティの連携を指示します。

 ミノリちゃんはMPの管理をお願いします、今回は腹ぐろ眼鏡シロエさんは使い物にならなそうですから」


 高山さんは、ヤバい食パンのような模様になったコートに包まれてガクガク震えているシロエさんに氷点下の一瞥をくれるとそう言い切った。


「さあ! 状況開始です!!」


 高山さんの号令一下、私たちは動き出した。


 壁役タンクが極彩色の雪だるまのようになるのも構わずラッセルして行く。

 パーティの後方から浄化の魔法が「モヤシモンLev.65」に降りかかる。

 最接近したところで、家政婦がホウキやハタキで物理攻撃。


 意外に活躍したのが、暗殺者兼家政婦のミタさんだった。

 逆に予想通り役に立たなかったのが、ロデ研が持ち込んだ掃除機。

 あっという間にフィルターが目詰りして、キノコが生えてきた。


 戦況は私たちに不利だった。

 全力管制戦闘フルコントロールエンカウントの甲斐もない。


「目に見えないパラメータ『SAN値』が著しく下がっているようですね」


 リーゼさんが冷静に分析する。


「はい、でもそれを回復させる魔法はありませんから、みんなの心の強さ無神経さに頼るしかありません」


 既にセララさんはいっぱいいっぱいな感じだ。

 戦線はミタさんのパーティでなんとか持ちこたえているようなもの。

 決壊するのは時間の問題と思えたその時……。


「ねぇねぇ、聞いてよ。酷いんだよ〜。

 やっと納豆の作成に成功してさ、さっそくミナミでKRケイアールとカズ彦と納豆ご飯食べてたらさぁ、『そんな腐れ豆食うな! どアホウ!!』って追い出されちゃったんだよぉ。

 それでKRと一緒にガーたんに乗って逃げてきたんだよ!

 ねっ! KR!!」


 突然現れたカナミさんが振り向くと、そこには両手にいつもの杖ではなく藁苞わらづとを持ったKRさんがいろいろと諦めたような表情で力なく笑っていた。


 そのニオイは確かに懐かしい日本の朝食のものだった。

 そして、そのニオイとともに周囲のカビはあっという間に駆逐されていった。

 この世界セルデシアの納豆菌は地球世界のものより強力なのか、カナミさん由来の効果なのかは判らないけれど、KRさんが放り投げた藁苞が当たった「黴の典災ジーニアス『モヤシモンLev.65』」はサラサラと灰のようになり、その場にはドロップアイテム「天然酵母」が残された。


fin


※注 現実世界の納豆には青カビが生えたりするそうです

   幸い私はまだ見たことはありませんが





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