第6話

翌日物置の下を覗くと、野良猫親子はいなくなっていた。


「あら、いなくなってくれたわねー」


沢木さんは目ざとくやって来て、これ見よがしに言った。


「よかった……」


隣のフェンス越しから、こちらを見ていた奥野さんが小声でそう言ったのを、前田は聞き逃していない。


「よかったじゃない?これで安心ね」


奥野さんは大声で言った。


「それどういう意味?」


前田は癇に障って、睨み付けるように言ったが


「嫌いな野良猫親子が居なくなったんだから……ホッとしたでしょ?」


奥野さんは、気がつかない素振りで続けた。


「そうそう……。物置の下に何か詰めて、入り込めないようにしておいた方がいいわよ」


沢木さんが朗らかに言うものだから、何も言えなくなってしまった。



暫くして、野良猫親子の事は忘れかけていた頃……。

その日は暑い日で、家の窓を開け放していると。


「……あの時の顔、本当に殺りそうだったわ」


隣の奥野さんが、小声で玄関先で話しているのが耳に入った。

普段ならいくら窓を開け放しているとはいえ、耳がだいぶ聞こえにくくなっているから、こんな小声を聞き取れるはずはないのに、その日は風向きの為だろうか、不思議とよく聞こえた。


「あの人猫嫌いだもんね」


回覧でも持って来た誰かが、すんなりと言った。

それ程前田の〝猫嫌い〟は近所でも知れ渡っている。


「嫌い……って言っても、度が過ぎるわよ。目が血走ってて、本気で仔猫を叩き殺すつもりだったと思うわ」


「いくら何でも……」


さっきまでの声質とは打って変わって、音も下げている。


「いいえ。間違いないわよ。前の沢木さんも、異常だと思ったって……。一部始終見てたみたいよ」


「あそこからは見えないでしょ?」


「いつかあの人猫を殺っちゃうって、そう思ってたらしいわ……。私もそうだけど……」


「えー厭だ。ちょっと異常じゃない?」


今度はトーンを上げて、聞こえよがしに言っている。


「いくら野良猫でも、殺っちゃったら異常者よ」




いつも顔を合わせれば、笑顔で挨拶をして。

何処かに行けば土産を渡しあって、野良猫の事では意気投合して話しをしていたのに……。

気心が知れていると思い込んでいたが、本心ではこう思っていたのかと愕然とした。

奥野と沢木がやって来たのは、野良猫を前田が殺しはしないかと、様子を見ていたからなのだ。


前田はショックを隠しきれないが、それでも嫌いなものは嫌いだ。

こういう事になれば、余計に嫌いになっていく……。



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