第5話

初老の女性は暗い夜道を早足で歩いた。


気持ちが急かされる……。

何に急かされるのだろう……。

分からないけど、気持ちがはやる……。


何故あそこに居たのだろう?

誰に誘われた?

誰と一緒に?

誰に連れて行かれた?


「…………」


女性は足を止めて考える。


あの話はなんだろう……。




女性には孫がいる。

嫁にやった娘に二人。

何年か前に同居した息子に二人。


……同居した時は一人だった……


三歳になったばかりの可愛い盛りで、それは可愛がった。



ずっと住み慣れた家には、野良猫が闊歩している。

猫は嫌いだ。

いや、猫だけではない。

犬も嫌いだ。

鳥も蜥蜴も虫も……。

生き物は嫌いだ。

大事にしている庭を汚す。

塀や側溝に糞やオシッコをして行く。

水で洗っても匂いが落ちないから、洗剤で洗い落とす。

落としても落としても、またやられる。

薬品を使って消毒して匂いを消すが、暫く来なくなってもまた来る。

どんどんどんどん、薬品が強くなり、薄めていた薬品を原液で使う様になった。

虫が死に、猫が肌荒れを起こし、散歩に通る犬も肌荒れを起こした。

時には飼い主に苦情を言われ、近所の住民にも〝臭い〟と言われても


「野良猫や散歩の犬が、オシッコや糞をして、困っているのはこっちよ。第一飼い主が側にいるのに糞を片付けていかないって、どういう事だと思う?」


反対にキレた態度をとって言い返した。



大事にしている庭を闊歩する野良猫に腹がたつ。

植木に穴を掘り糞やオシッコをすると、少しづつ植木は弱っていき枯れてしまう。

腹がたつからほうきや棒で追い払ったが、平気な顔でやって来るから、こっちもどんどんエスカレートしていき、ほうきの柄で殴ったり棒で殴ったり、大きな音を立てたり、猫避けを家の周りに張り巡らせると、あっと言う間に〝猫嫌い〟の家と言われる様になった。


「お宅猫が相当嫌いなのね〜」


と、わざと世間話の中に言う人間もいれば


「野良猫は厭よねー」


と、わざと同情する者もいる。


だが全て他人事だ。

そして蔭では


「相当酷い事しているみたいよ」


「嫌いでもあそこまでしなくても……」


と、面白半分に言っている事位知っている。



ある日、野良猫が物置の下で子供を産んだ。

のこのこやって来るのも腹がたつのに、勝手にうちの庭を通り道にするだけでも腹が立つのに……。

逆上してほうきの柄で叩き出そうとすると、親猫は威嚇して来た。

それが余計に怒りを増幅させて、仔猫に的をしぼった時


「なにやってんの前田さん……」


お隣の奥野さんに声をかけられた。


「ああ……。野良猫が子供を産んじゃって……」


「それは大変ね、猫嫌いなのに……」


奥野さんも野良猫の糞害などでは、困っていると同調して、うち程ではないにしろ猫避けをしているくせに、わざと〝猫嫌い〟を強調して言った。

そしてわざわざやって来て、物置の下を覗いた。


「本当だ……」


「どうしたの?」


すると物見高い、前の家の沢木さんまでやって来て覗いた。


「仔猫が大きくなったら出て行くから、少し待ってあげた方がいいわ」


「でも気の毒よ、この人……」


奥野さんは意味ありげに言う。

この人はいつもこういう感じでものを言う。

言いたい事があれば、はっきり言えばいいものを……。


「仔猫が歩けるようになったら、出て行くから……ね?」


沢木さんは、この辺りでも人当たりがよく、穏やかで評判のいい人だ。

ちょっと物見高くて、お喋りなのが玉に瑕だが……。



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