第3話
「……私は我を忘れて飛び出して、我が子を咥えてその場を逃げました。
奴らが腹立たしくて腹立たしくて……。
これが断腸の思いというものか……と思い、泣きながら咥えて逃げて、誰も来れない所に我が子の遺体を横たえました。
舐めても舐めても、我が子は動きません。泣いても泣いても、目を覚まして返事をしてはくれません……」
「……………」
おばさん達は点での解釈をやめて、目頭を押さえた。
おばさん達のみならず、バイトの飯盛君や森君、常連さん達も目頭を押さえたり鼻をすすったり……店内は静まりかえっていた。
「……どの位の時間を横たわる我が子といたでしょう。
私はボロボロと涙を零しながら、小さな我が子に言って聞かせました。
十カ月後に産まれて来る彼処の子供に、生まれ変わっておいで。
そしてお前が猫として生きて、寿命となるその時に、奴らに私達と同じ思いをさせておやり……と……。
あそこの嫁は、二人目の子を腹に宿していたんです。
まだ気づいていませんでしたが、じきに気づいて医者に行き、そして妊娠している事を知ったのです。
非情な人間は、自分達の愚かさに気づく事はありません。
子を宿したばかりなのに、あんな残虐な事を平気で見ていられ、罪悪感に苛まれる事はなく、腹の中の子に悪影響を与えはしまいか?などという懺悔の気持ちなども持ち合わさないのです……
私は思わず……それからどうなったんだ?と聞きました。すると
……私は残念な事に、そろそろ逝かないといけないので、奴らの顛末が見れなくて、残念でなりません……
と言うのです。余りに気の毒なので
どうしてやったらいいのかね?
と私は再び聞きました。すると
……これから起こるはずのこの事を、誰かに話して聞かせてくれ……
と言いましたー。
誰って誰だい?
私はしつこく聞きました。すると
……いろんな人に、あなたの知りうる人達に……
と言うのです。ですから私はこうして、このイベントで皆さんにお話しようと此処に来たのです」
男はそう言うと一瞬言葉を止めた。
「それで、何かあったんですか?」
飯盛君が聞いた。
側に居る倫子ちゃんは、怖くなったのか飯盛君の手を握っている。
ここで働いている飯盛君と付き合っているから、倫子ちゃんもイベントに参加していたのだ。
「ええ……。ご存知ありませんか?十五歳の少女が母親と祖母を殺した事件……」
「えっ?あの事件?この辺だったの?」
店内は騒ついた。
「ええ……まだ一月も経っていません」
「まじか……」
飯盛君はそう言うと、耳を塞いで怖がる倫子ちゃんの肩を摩った。
「わ……私帰るわ……」
急に初老の女性が立ち上がって、慌てる様に出て行ってしまった。
「ちょっと鳥肌立っちゃった……帰りたくなるのもあたり前よ……」
「……っていうか、今の人初めて見る人だったわねー』
「そういえば、お店に来た事あったかしら?」
「そうそう……このイベントって、常連さんしか知らないイベントなのにね……」
「……っていうか、話してた人も常連さんじゃないっすよね?」
森君がパートさん達の会話に入って言った。
「それにあの事件って、確か関西の事件っすよね?」
「ええ?……じゃ、嘘?……えっ?」
店の中に居た者は皆んな、固唾を飲んで息を殺していたが、一瞬にして凍りついたような空気が違うものとなった。
「やだ……」
さっきから怖がっていた倫子ちゃんが悲鳴をあげ、点でに店内の中から悲鳴が聞こえた。
和やかな雰囲気を醸し出し始めていたのに、再び店内は凍りついた。
さっきまで物静かに語っていた、小太りの男性の姿が消えていたのだ。
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