第12話 事件簿2(1)

 人が足りないと言われる様になってから各社で人材確保に必死になったものの、数は頭打ちである。人口が減っているのだから、それも仕方ないといえば仕方ない。

 IT業界の一番の問題は、仕事がある時には、あちこちから引き合いがあると、ベンダー各社は人を集めに入る。参入さえ出来れば、そこそこの給料が取れるというので入って来る人数はいるのだが、景気が悪くなると期間契約で仕事をしている技術者達は仕事にあぶれてしまい、他の職へ転職してしまう。


 今までは、海外から若い人材を求め、ベテランは彼らに指導をし、老人にも働いて貰ってという事で何とか乗り切っては来たが、その老人達も引退してしまった。


 数が少ないなら、少ない人数で何とかするしかないと、業界は産業界や政府に対して、開発予約制度の申し入れをした。要するに総量制限を行いたいという事である。

 反発する声もあるにはあったのだが、自治体はこれまで開発を担当している会社に予約を始めた。金融機関や大会社はこんな事をしたって、自分達のシステムを改変する時になれば、人は集められると思っていたようなのだが、銀行のオンラインが止まる可能性があるとニュースが報じると、一気に流れが変わった。


 大企業は自衛策を考え始め、金融機関は政府系の予約が多すぎるのが問題と騒ぎ立てた。自分達だってシステムは必要だと地方自治体も反論したのだが、逆に良いシステムを導入できるなら、どこかの地方自治体と同じシステムでも良いと訴える県知事も現れた。

 福祉予算が削られ、それがシステム開発に行ってしまうのはおかしいとネットで炎上すると、ようやく政府は行政システム一本化構想を考え始めた。

 その時になって、この業界は既得権益の恩恵を受けていたのだと、やっと僕は気付いた。


 世間の騒ぎはごもっともという所で僕が口出しする所ではない。業界ではパイが小さくなってしまうなあというため息も聞こえては来るが、それは国内ビジネスであって、機械制御などは人出不足で苦しんでいるし、ビジネスも海外部門のパイは小さくなる様子はない。


 そんな訳で、大きな組織変更があり、秋葉系リーダーは弟子数人と共に制御系へ、ビジネスは海外部門が独立して東大お嬢が課長に昇進、国内ビジネスは韓課長が現場復帰、李君と僕は地方自治体システム共通化チームという小さなチームに配属となった。リーダーは李君である。一応、李君も僕も課長に昇進したのだが、部長の下に李君と僕、それにメンバーが5人ずつというとても小さな部著である。国内ビジネスの片隅に1列、これで全員だった。

 今まではずっと金融だったのだが、初めて地方自治体のシステムをやる事になり、覚える事も多い。部長と彼が指名して連れて来たメンバーは今まで地方自治体システムばかりをやっていた人達なので、若い彼らに教わっている。

 こういう業界は年齢より、経験なんだなあと感じるこの頃である。


 定年までこの仕事かもしれないなと考えていたのだが、そんな僕の予想は大きく覆されてしまった。

 2040年、組織変更があったその年、大手商社が新たにビジネスを展開しようにも対応出来ないと、システム改変の予約制度に異議を訴えた。

 そして、新たなビジネスを展開する為にと、ベンダーを買収、通販システムの構築に乗り出した。アメリカからプロを招聘したので、開発工数は7割に減る。予約などせずとも問題ないと訴えた。


 メディアに派手に登場したのだが、通販が新たなビジネスというのにも疑問だったし、何だか胡散臭いというのが僕の素直な感想である。

 メディアに登場しなくなると途端に忘れ去られてしまった。


 親会社の商社はうちの会社がハードを入れているので、声は掛ったようだが、予約で一杯だからと断ってしまっている。ソフト部門をこれ以上大きくする必要はないという見解だった。


 東大お嬢が提案した『エネルギー0エコキャンピングカー(宇宙への第一歩)』を実現すべく、色々と開発が進んでいる為、大きくしたくとも人を集められないという状況である。

 その分、長く働いて貰う努力を続けている。


 『エネルギー0エコキャンピングカー(宇宙への第一歩)』がどんな理由から始まったのかを説明しておこう。

 ベテ女史との会食で雲の上の人達は彼女が思い描くSFの世界の話を聞いた。会長はその話にひどく感銘を受け、開発部に全ての家電に発電機をつけろと言い出したのだが、当時の社員達は、話は分かったと言いながらも全く動かなかった。

 そんな物が売れるはずがないという理由である。


 会長がそんな事を言いだしたのは、日本だけが太陽光発電が進まず、世界から取り残されてしまうのではないかという懸念からだった。

 原子力発電には限界がある。しかし、代わりのエネルギーといえば、原油しかない。これが紛争の火種になっている事も十分承知していた。

 若い頃から海外で仕事をしていて、北米の社長経験もある会長は、外から見る日本の姿に大きな懸念を抱いていたらしい。


 電気の買い取り価格が下がってしまったから、太陽光発電システムが売れない。そんな状況下で、ベテ女史が言った『電気を売る必要なんてないじゃない』というのは、一理あると感じる一言だったらしい。

 大きな船の初動が遅い様に、大きな会社も動きが遅い。物が売れないのに、開発費を出す訳にはいかないのは自分にも分かっている。

 家電に発電機がついて、大幅な電気節約になれば、ヒットする可能性はある。会長はこれに社運を掛けたと東大お嬢に言ったのだそうだ。

 この大幅なっていう所は、僕も興味がある所である。家電はデザインや機能重視で選ぶのが普通で、センスが悪ければ売れないって所はあるだろうが、電気代はほぼ横並びである。

 エアコンなら、これはもう電気代がお得な方を僕だって選ぶ。そういう消費者は確実にいるに違いない。


 そこで、会長は東大お嬢に社員を動かす、術はないかと尋ねてみた。東大お嬢は少し考えると言い、『エネルギー0エコキャンピングカー(宇宙への第一歩)』コンテストを提案した。

 『エネルギー0エコキャンピングカー(宇宙への第一歩)』が出来あがったら、赤道を地球1周すると提案書に書いたのだとか・・・。

 発電機、または節電タイプの家電で、このキャンピングカーに搭載可能な品物である。ハードの開発部員はグループか個人で全員が出品。他の部署でも出品可能。文書と簡単なイラストだけで応募できる。審査員は社員全員で、実現したら買いたい物にコメントをつけて投票する事になった。


 開発部員は全員必須だが、無難で実現可能と思われる物と、これは無理だろうと思われる物に2極分化している。

 それを実際に開発したいという人は実現可能な物を出品、そうでない開発部員は奇想天外でこれは無理という物を提案して、開発から逃れようとしているらしい。奇想天外な物は、もう、誰が見ても『いらねーよ』という物ばかりである。

 日本的といえば日本的だよなあと僕は思った。一般社員からの出品はほとんと無かったのだが、秋葉系リーダーが参戦した。

 『秋葉式重力発電機・どこでもコンセント無限君』である。想定価格6万円、一体この価格はどこから来たんだとか、どうやって発電するんだとか、色々疑問があり、昼食時間に食堂で聞いてみた。


 秋葉系リーダーは以下の事を、とても熱く語った。

「電気っていうを起こすのはそんなに難しくはないんだ。効率が悪くても良ければさ。自転車のライトには電池が入って無いのがあるだろう。あれは自己発電してるからなんだぜ。自転車の車輪の回転でさ。」

 確かにそうなのだろうが、ならば自転車をこぐ必要がある訳で・・・と僕は思った。

「坂道ならどうよ。自転車は勝手に転がって、こぐ必要はない。」

 錘を落下させて自転車の車輪と同じ事をさせる訳かあと、僕は納得した。秋葉系リーダーは重力はなくならないと力説する。何故そこまで重力に拘っているのかが不思議なのだが、秋葉系リーダーいわく、確かに太陽エネルギーは無限に存在するのだが、地上には雲がある以上、天気が悪い時もあるし、太陽光が強くないと太陽電池は動作しない。風力もあるが、あれも風が吹いていないと駄目。水力発電所はあるが、これは徐々に底に汚泥が溜まって発電能力が落ちてしまう。

 では、重力はというと、『天候や場所に関わらず、地上のどこにでも等しく存在する。人に平等に与えられた究極のエネルギー』なのだとか・・・。秋葉オタクらしい発言である。

 6万円という価格については、トランク式の太陽電池パネルと同額だそうだ。買おうかと思った事もあるが、色々と気に入らず、コスパも悪いので止めてしまった。

 災害用というカテゴリで販売されてはいるが、夜に地震が起きて持ち出した所で、充電されていなければ、結局、朝までは電気なしで過ごさねばならない。確かに、その通り。


 本当に実現可能かと聞いてみたが、答えは分からないである。自分で作るんじゃないしなー。そりゃそうか。他にもこの手の奇想天外系の出品は沢山ある。


 投票するヤツはあまりいないんじゃねえのと秋葉系リーダーは思っていたのだが、どんどん得票数が伸びて行く。何が起きたのかと周囲は不思議に思っていたのだが、一緒に話を聞いていた東大お嬢が食いつき、体育会系部長に地方の社員に投票呼びかけメールを発信してもらった。

 その後、発電機に関しては、全社員に出品しましたメールが何度か流れたのだが、エネルギー0かつ半永久的に発電などという代物はなく、得票は伸びなかった。

 結局、秋葉系リーダーが発電部門グランプリに輝き、ハード部門は必死で開発中・・・である。


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