第11話 デモ発生
『日本語しか出来なくて何が悪い!』ニュース映像で見た、デモ隊の持ったプラカードにそう書いてあった。
ついに、その時が来てしまった。僕はそう思った。
そして、徐々に嫌な流れになっている様に、誰の目にも見えた。同じデモが各地で発生し、SNSでも参加を呼び掛けるメッセージがひっきりなしに流れてくる。
僕はデモには参加するつもりは無かった。デモの参加者達は『若い時には、英語を覚えろと言い、今になって、中国語を覚えろとは傲慢だ。』と叫び、高校生位の年齢の少年は『語学を習うなんていう、お金は自分の家には有りません。』と訴えている。
大人達への反論としては『やれと言われても英語をやらなかったんでしょう。』であり、高校生達には『中国語教室なんて行かなくても、ネットで始めてみれば?』である。
中国語教室も流行ってはいるし、教材も沢山販売されているが、世の中、お金なんて要らないという人達も大勢いて、映像などもネット上に沢山アップされている。
商卒事務女子の件もあり、うちの会社でも、そういった映像をアップしている。
商卒事務女子は同じビル内で、中国語、英語、韓国語を覚える日本人向けのカリキュラムがあるのは知っていたし、海外勢の為の日本語と中国語のカリキュラムがあるのも知っていた。
自分達でお知らせを社内ネットに載せているのだから当然といえば当然である。
噂があったのか、日本的な気遣いなのか、理由は分からなかったのだが、制服組(一般事務職)はNGだろうと思い込んでいた。
韓課長が東大お嬢を紹介して、やっと出席がかなったという事である。しかし、3人の覚えは早かった。1年で仕事に使う言葉はほとんど覚えてしまった。
本社にも参加を呼び掛けたが、仕事を1時間早く抜けないと来られないので、参加者はいなかった。本社にも外国人は大勢いるが、制服組の一般事務員が中国語や英語の会話の必要に迫られる事はないのである。
会社の外はというと、どの店員も中国語は出来るが、基本的に日本語で対応している。中国系日本人で日本語を話せない人もいない。
日本語しか話せなくとも、問題は無さそうに感じていた。
社内会議の後、体育会系部長が統括部長に昇進したのを祝うと重役が食事に誘ってくれた。リーダーも5人程が一緒に言った。
重役もここに来てからあまり時間は経っていない。皆、大分緊張していたのだが、重役はそんなに怖い顔してるかと言い、笑った。
重役はアジア方面の支社の社長をしていたらしく、色々と話してくれた。まだまだ、貧しい地域が多いのだそうだ。そして、日本の国際化はまだまだこれからだと語った。
李君が、この頃多い、日本人のデモをどう思うのか聞く。
「あれは、単なる政治さ。」
日本は語学教育に徹底的に失敗してしまっている。しかし、それに甘えているのも事実。アジアで観光客相手に商売をしている人達はほとんどが片言の日本語を話せるし、中国語や英語を話す人も多い。
彼らは生きていく為に自力で言葉を覚えた。同じ事を日本人が出来ないはずがない。やろうとしないだけだと・・・。
「しかし、彼らにも言い分はあると思います。」
「それはあるさ。会社はその問題にも取り組んでいる。しかし、限界はあるよ。それは仕方のない事だ。それに、いずれ、あんなデモは無くなる。」
「何故でしょう。」
中国系や韓国系の日本人が増えている。その子供達は、親の母国語と日本語を最初から覚えるだろう。友達にも教える。皆がバイリンガルなら、コミニュケーションを取れる程度の言葉は自然に覚えてしまう。
重役の言う事は、僕にも理解出来る。
「男子はのんびりしてるから、あれだ、中々、やる気になれんだろうが、彼女が出来れば変わるさ、ははっ。」
重役はたまに中国語しか分からないふりをして、道で若い女子に道を聞いてみたりするらしい。ほとんどの女子が片言の中国語で道を教えてくれるそうだ。
「国際化は進んでるよ。外国語だから逃げる女子はいなからねえ・・・。」
男子はというと、逃げる人が半分、答えてくれる人が半分という事だ。大学生に英語で道を尋ねても同じだという。
「商卒事務女子は惜しい事をしたよな。あの研修生制度をあと1年早く始めていたら、彼女はうちで技術者になっていたろうに・・・。」
重役に就任した時に、ベテ女史の会社を訪問して社長に挨拶した時に、彼女を呼んでくれたのだそうだ。少し話をしたが、とてもパワフルだと思ったらしい。
「東大お嬢と二人なら、女子活用と大宣伝が出来たのにな。」
韓課長は日本の女性の社会進出が進んでいない理由を重役に聞いた。
「我々が追い出してしまったんだよ。」
口では女性の社会進出をと言いながら、不景気になると老人と女を会社から追い出す。
「女は霞を食べて生きて生きていけると思い込んでいる。そう言われて社長はショックを受けたそうだ。」
それを誰が社長に言ったのか、重役は何も言わなかったが、そんな事を社長に言える人は一人しか思い浮かばなかった。
「まあ、しかし、わが社の女子技術者は頑張ってるよな。」
「男子は、どうです?」
体育会系部長が聞く。
「悪くはないさ。地味に頑張ってる。」
「地味じゃ駄目ですか?」
僕は怒られてしまうかと思ったが、そう聞いた。
「駄目じゃないさ。」
女子と男子は時間の流れ方が違う。女子は植物の様に、そのままの姿で成長するが、男子はさなぎの時期がある。脱皮するまでは、じっと我慢なのだそうだ。
僕は一生脱皮せずに、さなぎのままかもしれないと感じた。
同じ様なデモは繰り返し起きるようになり、企業が日本語しか分からない社員を雇いたがらないと何度も報道される。そんな事はないと企業は反論すしているのだが、インタビューをしているのは、一文字の姓を持ち、流暢な中国語が分かる女性達ばかりだった。
中国系や韓国系日本人の社員はボランティアにとても熱心だった。僕はそういうのがとても苦手で、年に1回か多くて2回位、東大お嬢が所属しているワーキングプア家庭の為の炊き出しを手伝いに行くが、それで勘弁してくれという所である。
貧しい人はどこにでもいる。母国にも沢山いるだろう。なのに、何故、日本のワーキングプア問題のボランティアに熱心なのか聞いてみた。
複雑な思いはあって色々と考えた上での事のようだが、最終的には人道的立場からという事のようだ。
李君と韓課長は東大お嬢の活動とは別に、中国語を中学生や高校生に教え始めた。参加者のほとんどは女子だそうで、『オヤジ、教えろよ』とか言われてしまうのだとか・・・。
彼女らは李君や韓課長を先生などと呼ぶつもりもないらしい。彼女達は中国語を習いたいと東大お嬢に言ったので、自分が教えると言ってみたが、『おばさんは、日本人じゃん』と断られてしまったとか・・・。
東大お嬢をおばさんと呼ぶなど、会社では考えられない事だが、中学生や高校生にとっては大学を卒業したら全員がおじさんかおばさんなのだろう。
確かに、自分も高校生の頃は30歳を過ぎた人をそう呼んでいた。
数年すると『日本語しか出来なくて何が悪い!』というデモは見かけなくなった。
一般事務員でも中国語が話せる女子が多くなったと聞いたのは、その頃だった。
街中でも中国語の看板が目につき、ネットでも最初の表示が中国語が多くなって来たと誰もが言う様になっていた。
ソフトウェア部への入社式の手伝いは、いつの間にか依頼が来なくなった。一般事務員と営業部だけで間に合うという話しである。若手社員は、ホテルでの食べ放題にありつけなくなったと残念がっていた。
体育会系統括曰く、次に女子を追い出そうとすれば、彼女らは海外へ行っちまうかもしれんなあ・・・。
スーツケース一つで、中国や韓国からやって来た女子技術者のように、日本の女子がスーツケースを持って、大量に日本脱出をする日が来る。良い事なのか悪いことなのか、僕にはよく分からなかった。
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