第9話 事件簿1 後日談

 事件も終わり、これは後日の話である。聞いた所によると、その晩はホテルの一室、豪華リビングでベテ女史が書いた小説の内容の話になったらしい。


 今回の事件と似た箇所は何か所かあるので、ここが似ているとかここが似ていないとか、そんな話になり、大いに盛り上がった。

 そして、体育会系部長が今まで、何故、それをしなかったのかという話をしたんだという。東大お嬢から聞いた話なので、彼女らは体育会系部長を以下の様に感じていたらしい。

・我慢してでも、自分の地位を守りたい人。

・優柔不断な人。


 あまり良い評価はしていなかったようである。しかし、この彼女らの思いに対してベテ女史はこれを容認すべしと答えたという。


 体育会系部長は自分の同期や色々教わった先輩達が、どんどん他部署に異動になって行くのを横目で見ながら、技術者として生き残った。

 彼にとっては幸運だったかもしれないけれど、同期入社の社員や先輩がもっと技術職としてここにいたらと考える時もあるだろう。自分達の様になって欲しくはないから、皆にも優しいし、チームワークが大事なんだよと、繰り返し言う。

 自分が地位を失ってしまってこの状態が続くのか否か、それが心配なので、自分の地位を守りたい。

 今回の事件も時間が掛っても友情が育って欲しいと願っていたのかもしれない。なので、決断が遅くなってしまった。

 分かりやすい説明だと僕は思った。確かに言われてみればそういう所あるよなあ。


 東大お嬢は、ベテ女史が韓さんの引きぬき目的で今回の事をアドバイスしたのかと、皆の前で率直に尋ねてみたらしい。

 ベテ女史は物事を分かりやすくしないとねと言い、ベストだったかどうかはこれからの事だけど、色々な人達が経験を積んだから、次からはもう少し皆がうまく対処できるはずだとも・・・。


 今回の事件で本当にターゲットになったのは、秋葉系リーダーだった。彼が激怒すれば、体育会系部長は決断するというのがベテ女史の読みである。

 女子の部については男子の部程の被害はなかったというのが、僕の認識である。韓さんへの被害を最小限の留めながら、秋葉系先輩を激怒させる機会をじっと伺っていたのだろう。

 今回の事件については、運良くというか運悪くというか・・・、韓さんのパソコンの調子が悪いのに乗じて、我儘姫が何かしやすい状況を作り出したという事らしい。

 感が働いたという事なのだろうが、こういう所は女子っていうのは鋭いよなあ。


 東大お嬢は、もう少しパパとも会話をしないとねと言っていたが、何か感じる所があったようである。


 東大お嬢にそんな話を聞いたのは、ベテ女史が単なる人助けではなくビジネス目的と言った事にある。『古道具箱の会』の彼女ら程ではないが、右も左も分からない新人の頃、仕事のやり方を一から教えてくれた彼女は、何かをするにしても取引でという人には思えなかったし、それは今でも同じである。

 ターゲットとなってしまった秋葉系リーダーにその事を聞いてみる事にした。


 秋葉系リーダーは仕方ねえなあと言いながら、俺の考えを聞かせてやるから執事喫茶を予約しろと僕に言う。そんな物へは行った事もない。今回の関係者の男子と女子を誘い、ネットから予約。東大お嬢も誘った。

 蝶ネクタイをした若い男子から『旦那様、おかえりなさいませ』と言われ、秋葉系リーダーはとても気分が良さそうだった。

「ベテ女史が、ただの人助けです。韓さんは良い人だからと言ったら、雲の上の人達はなんて思う?」

 秋葉系リーダーが僕らに聞いた。礼位は言うだろうと、皆が答える。

「その後は?」

 その後に何が起きるかなんて考えた事もない。一緒にいた全員も何が起きるかなど考えてもいなかったようだ。


「ベテ女史怒られるかなあ・・・。」

 東大お嬢が、暫く考えた後に言う。

「正解。やっぱ頭良い。」

 秋葉系リーダーは、これは明らかな内政干渉。他社の社員の意向に従って人事を動かすなど、経営者として許してはおけない。

「まあ、助かった事は確かだし、怒鳴ったりはしないだろうけどな、今後は社員とあまり関わらないでくれ位は言ってもおかしくない。」

 高度に政治的な話だったんですねと東大お嬢が言う。


「そう、だから、ベテ女史は引きぬき目的と言い切った。じゃ、その後は?」

 ベテ女史の会社から、社員が大型プロジェクトに出向してくる事になった。

「小型の案件を紹介して、こっちから向こうに人も出す。」

 そんな話が進んでるんだあと僕は思った。

「今後、こういう事をされないようにベテ女史を見張らないと・・・。」

 ええ、そういう事なのか? 皆が顔を見合わせた。

「冗談だよ。冗談・・・。伸びてきそうな会社とはパイプをつなげておきたいだけなんだ。」

 契約については、今回の件とは全く別件で話しが進んでおり、互いの会社の利害が一致しただけだと秋葉系リーダーは言った。


「彼女の本音を想像するとこんな感じだな。」

 本当は、時間稼ぎをして自分達で解決して欲しかった。しかし、相談したいとかメールが来るなどして、これはもう時間切れと判断した。人助けをするのは良いが、内政干渉である事は確かなのも事実。誰かに文句を言われる筋合いもない。引きぬき目的と言えば、ビジネスマンなら誰でも納得する。


「彼女がそういう行動に出る人だと理解した雲の上の人達は、次の手も打たざるを得ない。彼女の真の目的はそれだったかもしれないぜ。」

 真の目的とは何だと、全員が次の言葉を待った。

「水際作戦。」

 おーと全員が納得する。確かに、そういう手合いが入って来ないならそれに越した事はない。

「でも、何をするんでしょう。」

 それは雲の上の人達が考える事だから、気にする必要はないと秋葉系リーダーは言った。秋葉系リーダーも最初に追い出せという声が上がるのは反対で、話しい解決と、人材として育つのじっくり待つというやり方に賛成している。

 この所、韓さんに被害は無かったので、男子が追い出されたのを見て、我儘姫も反省しているのかもしれないと勘違いをしてしまっていたと謝った。

「皆が協力して、追い出すって形で片付けて、ほっとしたけど、後味は良くねえよな。」

 確かにその通りだと僕は思った。


 自分の話はこれで終わりだと言い、女子達にベテ女史の話を聞く。

「本当はね。私達の世代がもっと彼らを厳しく育てるべきだったのね。」

「ベテさんは、そうしようとしなかったんですか?」

「私のような一時雇いの契約社員の言葉なんて、誰も聞く訳ないじゃない。諦めちゃった。」

 東大お嬢とこんな会話をしたのだそうだ。出来ない人程、文句を言うからなあと実感したのだが、自分が努力をしなかった事は棚上げにしても、会社の言う通りやって来たというのが彼らの言い分なのだろうと思った。


「諦めたかあ・・・、まあ、それも分かる気もするよなあ。」

 僕が新人の頃、自分が作るプログラムの設計に大きな問題があり、秋葉系リーダーの隣の席にいたサブリーダーに、設計変更をしても構わないかと聞きに来た。

 秋葉系先輩はその問い合わせの内容を聞いていた。サブリーダーは『それでお願いします。』と答えると予想したのだが、それは大きく裏切られ、彼は『何で?』と彼女に聞き返した。

 秋葉系リーダーは、恥ずかしさで顔に血が上るのが分かった。ベテ女史は素人にでも分かるよう、丹念に説明してくれたのだが、サブリーダーはイラついた顔で『組織変更になったのを知らないんですか?』と少し怒った声で言い、担当者の後輩女子社員の所へ連れて行き、彼女に聞くように言ったのだそうだ。

 彼女も担当になったばかりで、4年生とはいえまだまだ技術力はない。ベテ女史はここでも丹念に説明したが、内容が正しいかどうかの判断が付かず、答えを保留にしてしまった。

 大急ぎで製造せねばならず、答えを待っていては間に合わない。ベテ女史は製造のリーダーに話をした。無論、やって来たのはサブリーダーがいない時である。製造リーダーは『えー、そんな事になってんのー。』と驚いた顔で言い、『お任せします。すみませんねえ。』と言った。

 それが当たり前だよなあと、秋葉系リーダーはそう思ったのだそうだ。


 秋葉系リーダーはその後、ベテ女史の事が少し気になり、仕事ぶりを観察していたらしい。そんなある日、秋葉系リーダーは、暖房が切れてしまう時間になると、いつもの様にお気に入りのピンクの『ウサ耳パーカー』を着た。

 フードを被るとウサギの耳が立ち、遠くからでも秋葉系リーダーが席にいるのが分かる。僕はそれを初めて見た時に、うーん、オフィスでああいう物を着る男子がいるんだーと、かなり驚いた。


 ベテ女史はもう帰る所だったのだが、秋葉系リーダーに『あら、可愛いのを着てるのね。』と言い、おかしいかと聞いた秋葉系リーダーに『おじさんになったら着られないから、いいんじゃないの。写真残しておかないと。』と笑顔で答えたのだそうで、皆が帰ってから、自分撮りしたのだとか・・・。

 女子達が写真を見たいというのでスマホの写真を見せて貰った。

「おお、秋葉系リーダー、キュートだったんですねえ。」

 女子達が言う。確かにそうだが、当時、そんな事を言ってくれたのはベテ女史だけだったんだそうだ。

「変人扱いしなかった・・・中年というか・・・そういう人はいなかったんだよな。」

 その時、秋葉系リーダーはベテ女史に自分と同じ匂いがするのを確信したのだそうだ。変人というのはちょっと違ったが、確かに普通ではなかった。それは、僕も同感である。


 ベテ女史が諦めてしまった技術者は今もこの業界にいるのだろうかと東大お嬢は考えた。

 本当は東大お嬢はこの会社には就職したく無かった。何しろ、技術力がないと評判が悪い。しかし、父親は、大ナタを振るったから大分違うし、風通しも良い。技術力が無いかどうか自分の目で確かめろと彼女に言ったそうだ。

 気に入らなければすぐに辞めてしまうつもりだったのだが、随分と国際化が進んでいると実感した。


 同業他社へ就職した同級生達と会話しても、他も大して変わらないなと思って、暫くはいる事にした。今回の事件で重役の娘である事は、皆にばれてしまったのだが、皆の態度はそんなに変わらない。

 自分に出来る事は、下の声を雲の上まで届ける事だと感じ始めている。その後は・・・まだ考えられない。


 東大お嬢の父親である重役は、ファイルが消される事件が発生している事は知っていたのだが、現場で解決せねばならない事なので、黙って様子を見ていた。

 娘の口から、『チ・ヤン先生』なる言葉や『古道具箱の会』という言葉が、たまに出る事はあったが、ネット対策室長が尋ねて来るまで、それが日本人女性で『古道具箱の会』が正式には『ベテおばさんの古道具箱の会』という名前だという事も全く気付かなかった。

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