第8話 事件簿1(3)

 当日、若手女子達はかなりおしゃれな格好で出社した。他にも数人が同じ様な服装である。

「どこかへ行くの?」

 僕は近くの女子に聞いた。

「今日は、『古道具箱の会』の女子限定、豪華お泊まり会です。」

 彼女は笑って答えた。近くの男子が、よく金持ってるなあなどと言うと、積立が5万円になったと彼女は笑った。この所、ベテ女史が忙しかったのと、こちらの現場が忙しかったので、会は開かれていなかった。

 来年の春には帰国する女子もいるので、忘年会か新年会を豪華にやって、残金は返金しようかと思っていたのだが、豪華ホテルに一度泊りたいという希望が出て、計画が実行される事になった。


 二人部屋に三人で宿泊、豪華夕食。浅草に行ってからスカイツリー。遊覧船で横浜まで行って、中華街で夕食だとか。要するに地元を旅行気分であちこち行くという事のようだ。

 女子ってのは元気だよなあとか男子達は言う。


 夕方が近づくにつれ、僕は何だか心臓がドキドキして来た。秋葉系リーダーにそれをチャットで送信すると、『俺も』という返事である。

 室内を何となく見回していると李君から『緊張するぜ』と送信され、僕は『俺も』と返信した。

 雲の上の人達に何を聞かれるのか、内心ではびくびくしていた。


 体育会系部長と共に店に着くと、2階から女子達の華やかな声が聞こえてくる。少し金を持ってる若いお嬢様達が食事会かあと思ったのだが、話し声の中に聞き覚えのある中国語や韓国語が混じっている。


「もしかして、上は『古道具箱の会』ですか?」

 僕は先に到着していた韓課長に尋ねる。

「そうです。他社ゲストはベテ女史と、その会社の方です。」


 ネット対策室張と雲の上の人達(会長と社長に、僕達の担当重役)が到着すると、2階から関係者が降りて来た。

 オードブル終了までに事実関係の確認、若手女子はここで解放する。

 メインディッシュまでに、ベテ女史との話を終えて、彼女を『古道具箱の会』へ戻す。その後は、男ばかりになる予定。


 そもそも割り込んだのはこちら側だとか・・・、それで若手女子達は、雲の上の人達の夕食を断りたかった訳か。

 ベテ女史も欠席したいという意向だったらしく、東大お嬢が食事をこの店にして、早めに解放してくれるならと、重役に言ったそうだ。日時を合わせるから、場所を合わせてという事である。


 ネット対策室長の事実確認は簡潔だった。男子の部の計画者は何と李君で、これは中国人らしいやり方だと彼は言った。李君は遊びに来ている人を閑職に追いやっても無駄だと思っていて、またやられた時の事を被害者の技術者と一緒に考えていたらしい。

 僕は、その時まで李君がそれ程に怒っているとは思ってもいなかった。


 そして、女子の部は彼にとってとても不可解だったと語る。何かを計画したとしても、これ程にうまくいくはずもない。

 正攻法での異動、ネット炎上で他から実名で他の事件が発覚。これについては、ベテ女史は中国人若手女子に小さい頃から何らかの被害に合っている人が沢山いるかもねと、言っただけで、中国人若手女子は、本国の友達に実名を送信しただけでその他は何もしていない。他かからの発火を期待はしていた事は確かだが、自然発火とネット対策室長は説明した。


「老獪な協力者がいるとしか思えませんでした。」

「老獪?」

 李君が不思議そうな顔で聞く。

 ネット対策室長は悪い意味ではなく、こういう事に慣れた人、プロを意味して言ったと説明した。

「聞き回ったんですが、どなたも口が堅い。」

 しかし、何日もビル内を歩き回っていると老先生という言葉が耳に入って来た。更に聞き回っていると『チ・ヤン先生』という言葉が耳に入った。

 部下に散々調べさせたのだが、ネットでは引っかからない。東大お嬢の父親が、娘が読んでいる中国語のネット小説の作家じゃないかと話が出た。

 中国語の小説サイトを散々調べたが見つからず、日本語の勉強グッズ紹介ブログを見つけて当人にメールしても返事はなし。東大お嬢を父親と一緒に問い詰めてやっとベテ女史に行き着いた。

 事実を確認するってそういう事までするんだ。御苦労さまという感じだった。


 女子は解放とネット対策室長は言い、当事者の韓さんも行ってしまった。東大お嬢だけは父親に引きとめられ、渋々残る。

「他に協力者はいたんですか?」

「秋葉系リーダー君の隣の席の韓国人技術者君達よ、彼らも秋葉系なんですってね。」

 そういってベテ女史はほほ笑んだ。秋葉系リーダーの弟子と呼ばれている彼らから韓課長がぶち切れ寸前だと、小説のサイトにメールが来たんだとか。クールな顔していたが、やはりそうだったかと思った。


 雲の上の人達はベテ女史に正攻法を示して貰えた事に礼を言った。スカウト目的とは気付かなかったとも・・・。

「本当にそれが目的だったんですか?」

 東大お嬢が聞く。

「それだけが目的じゃないわ。でも、体育会系部長が決断してくれなかったら、そうなっていたかもね。作戦失敗。」


 体育会系部長は、それまでももう少し我慢していれば辞めるさと、皆に言ってまわっていたのだが、秋葉系リーダーが激怒したのと、韓課長が冷静にどうしますかと聞いたのに、このままでは、大勢が退職してしまうかもしれないと感じて決断したと言った。

「我慢は美徳というけれど、それだけではビジネスは成り立たないわ。」

「分かりました。」

 体育会系部長は頭を下げた。


 日本の国際化という面においてはよくやっていると部長を褒めた。しかし、これからはもっと大変だと思うとも言う。

 今回の若手男子、女子の行動は子供じみていて、対応するのはさほど難しくはない。しかし、彼らが財力や政治力を背景に、今と同じような事を大規模で行い、結果、日本人がはじき出されてしまうかもしれないと考えると、目の前が暗くなりそうだと語る。


「そんなに大変な事になりますか?」

「最悪の結果はそうかもしれないわね。少数の上流階級は日本人と外国人が半数。中流階級は帰化した人も含めほとんどが外国人。その下に日本人。」

 雲の上の人達はうなった。


「しかし、物も売れないですし、対策を取るといっても限りがあります。」

 どうやら、雲の上の人達は、日本人技術者がもっと必要という結論に達しているらしい。今回ベテ女史の会社の会社からの受け入れ技術者は全員日本人だという。


「私の理想とするSF世界の話をしてもいいかしら。」

 ベテ女史はそう言った。


 雲の上の人達は、ぜひ聞きたいとベテ女史に言い、ほほ笑んだ。


 建物全部に太陽電池パネルを設置、自然エネルギーで現在の使用量の7割をまかなう。電気は化石エネルギー0。エアコンや冷蔵庫など、モーターがついている物は全部に発電装置をつけて、全体として3割を節電する。

 太陽光発電する塗料を開発して、道路全部でも発電を行い、ビルや家庭の屋根の発電の足りない部分をまかなうだそうだ。

 再生産業を発展させて、人が使う物の99%をリサイクルするである。


「夢の様な話ですね。」

 東大お嬢が言う。

「そう、夢ね。でも、やろうと思えば出来るかもしれない。」

「電力会社は必要なくなってしまいますな。」

「ガス会社と合併してはどうかしら? 人手不足の産業に回せるじゃない。」

 雲の上の人達は、また唸った。


「AIが発達したら人の仕事が減ると思いますか?」

 李君が聞く。

「特定の仕事はなくなるかもしれないけれど、AIが出した答えが正しいかを判断する産業は必要になるかもしれないし、ロボットを活用するようになれば、それを作る人もメンテナンスする人も必要になると思うけど・・・。」

 AIは創造力を手に入れる事は出来ない。創造力というと芸術にばかり目が行くが、科学技術こそ、創造力の塊。人が何かを作って使おうとする限り、単純作業から頭脳労働にシフトするだけで、人の仕事はなくならないというのがベテ女史の持論の様である。


「それに・・・氷河期が来て地球には住めなくなってしまうかもしれないじゃない。だから、宇宙移住計画をするんでしょ。それには沢山の人達が色々な物を開発しなきゃ出来ないじゃない。」

 氷河期だって? 僕は内心で真面目な顔をしてそんな事を言わないでくれーと叫んでいた。本当にそうなる様に思える。

「そんな顔をしなくて大丈夫よ。その頃には日本なんていう国はないから・・・。」

 これに雲の上の人達が食いついた。

「そうねえ・・・。アジア合衆国経済特区日本県ってそんな感じ。本当は国境なんていらないんだけど、最低限の枠組みは必要かもしれないわね。」

「中国ではない?」

 自分の認識では中国が統一されていた期間は3000年の歴史の中でほんの一時期だけとベテ女史は言った。その辺りは李君の方が詳しいので彼から聞いてと締めくくり、女子達が待っている2階へ行ってしまった。


「参りましたね。会長。」

 社長はそう言って笑った。会長は奇想天外かつ常識的、捉えどころがないと彼女を評した。

「未来から転生して来たのかも・・・。」

 秋葉系リーダーが言うと、皆笑った。

 僕らはその後はビジネスの話になった。ベテ女史の会社の技術者グループと長期で契約するつもりという事である。ベテ女史の会社の社長とリーダーとしてやってくる技術者が一緒なのはその為だった。


 雲の上の人達とゲストを送り出し、僕らは駅に向かって歩き出した。途中のコンビニで女子グループが色々と買いこんでいる。きっとホテルの部屋で遅くまで楽しいおしゃべりっていうのをやるんだろう。

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