第7話 事件簿1(2)

 手配をしたのは、今までのファイル削除事件の犯人と思われる中国人女子である。あまりにひどいので、開発からははずし、今は、総務の手配などをやらせている。本当は、すぐにも追い出したい気持ちだったのだが、女子だし、どなる訳にもいかず、我慢に我慢を重ねていたのだろう。

「メモ、ポイジアナッ!」

 えっ、韓国語? 周囲の人はそう思ったのだが、本人は中国語で言ったと思ったらしい。(激怒して言語回線が混戦している模様。)


 きょとんとした、彼女に僕は中国語でメモは見えなかったのと通訳した。

「日本語分からないし・・・。」

 彼女は中国語でそう言い訳した。僕には、申し訳ないというよりは、ざまあみろ的な顔をしているように見えた。


 この言葉に秋葉系リーダーはむっとした顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。韓さんは、まだ涙が止まっていなかった。

「アームド、ムンジェオプソ。バックアップ、イッソ。」

 またしても韓国語、直訳は『何も問題ない。バックアップがある。』である。


 韓さんを仲の良い女子と共に、休憩室にやると、彼女の教育担当の中国人女性リーダーを呼ぶ。厳重注意してくれと言ったのだが、口ごもって何も言わない。


 騒ぎは体育会系部長まで伝わったようで、すぐにやって来た。対策会議と称して、数人のリーダーを集めた。男子がようやく帰国した後である。ほっとしたのもつかの間だなと体育会系部長はため息を吐く。

 今回の事件についても、ドジったと言い訳されてしまっている。大量の仕事を振ってはいないものの、技術力のある彼女には重要な仕事を振っている。

 これ以上の被害は避けたいと部長は言った。しかし、妙案もない。そこへ韓さんの夫がやって来た。彼は昔、韓さんの後輩として入社して社内結婚している。

 彼も技術力はあったのだが、規定では夫婦は他の部署へ異動となっているので、このビルの庶務にいる。事務は効率化されたとはいえ、何しろ外国人が多い開発部である。高卒で入った女子社員は、ほとんど外国語が話せず、相当に苦労していたので、日中韓、それに英語が堪能な彼を歓迎した。課長に昇進している。


「韓課長、様子どう?」

 連絡したのは体育会系部長だった。

「大丈夫です。もうすぐ自席に戻ります。」


 一緒に付き添っていた部下の女子達は彼女は帰国勧告対象者なんだから、規定を適用して欲しいと自分に訴えたと言った。

「どうします?」

 韓課長が体育会系部長に聞く。

「今まで、こんな規定を適用した事はないんだが・・・。」

 リーダー達に意見を聞くが、適用すべきだろうというのが、ほとんどである。秋葉系リーダーにも意見を聞く。彼は激怒モードだった。

「もう、顔も見たくない。追い出してくれ。」

 そう言うのも無理はない。韓さんがのパソコンから重要な資料が消されている。用心していたのでこの所被害は少なかったが、それ以前は何度も至急で復旧作業をしている。メンバー達からもその度に、追い出せと言われている。

 僕にも意見が求められた。自分のチームではないので、実態が分からなかったのだが、やむをえないかと答えた。

「やむを得ない・・・。そうかもしれないな。話し合い解決の域を超えてるよな。」


 人事は彼女を呼ぶと、工場への配置転換を命じた。こんな異動には納得できないと彼女は言い、その場で退職手続きをして、翌日には帰国してしまった。

 しかし、今度は中国のネットに社名入りで事実とは違う事を書きこみ、炎上・・・である。


 気付いたのは中国人の若手女子達である。本土にいる友達から、中国人は韓国人グループのいじめに合っていると社名入りで書きこまれているという。心配してメールを送信して来た。

 日本に来てからは、あまり中国のネット情報を見ていなかった彼女らはひどく驚いた。反論を書きこもうと話し合っていたのだが、ある日本人女子からそれはしないでくれと止められた。


 そのある日本人女子は、重役の娘だった。彼女はすぐに上に相談しようと言い、体育会系部長の部屋に飛び込んだ。

 驚いた彼は、すぐにパソコンから情報を検索したという。

「おいおい、どんどん批判が書きこまれているよ。あー、こういうのってどうしたらいいんだろう。」

 ネットで炎上など初めての事態である。


「口から泡吹いて倒れそうだ。」

「部長、重役に相談しましょう。」

 重役の娘が言う。


 緊急のテレビ会議予定が組まれ、その会議に出席するメンバーが集められた。当事者や今回の現場目撃者などもいて、こちらからの人数は20人、全員がパソコンを持って会議室に集まった。


 いわゆる雲の上の人達と直接話すというので、部長以下、全員がかなり緊張していた。議事進行は『ネット対策室長』と名乗った。

 国際弁護士資格を持っていると説明される。問題解決のプロが何かしてくれるんだー、と僕は少し安心した。


 会議は実際に何が起きたのかの確認と、彼女(我儘姫と呼ぶ事にする)と関係者で別の何かが起きていなかったかの確認だった。

 最初に日本語でゆっくり話してくれというお願いを体育会系部長がする。聞くのは問題無かったが、話をするとなると緊張のあまり日本語が出ない若い女子もいる。

「中国語の筆談ではどうでしょう。」

 テレビ会議のチャット機能を使い、中国語が送信されると、李君や僕が内容を即座に日本語に直訳して送信するが繰り返された。


 その中で浮き彫りになったのは、我儘姫が仕事場だけでなく、住んでいる社員寮でも色々と事件を起こしていたという事だった。

 今回の事件は、ほんの氷山の一角だったという事で、僕は事件の根の深さを再認識した。我儘姫に注意をしなかった中国人女性リーダーは本国にいる家族の事をとても心配していて、そんな事まで考えなきゃならない人だったのかと、思った。


 会社の正式見解を公表すると、マスコミが来たり、ニュースで報道されたりと、色々と困った事があったのだが、本社から専門部署の社員がやって来て対応に当たった。

 炎上はというと、別の火の手が上がると、すっかり沈静化してしまった。男子の部の彼らも我儘姫も小さい頃から、色々とやらかしていたようで、それが次々に明るみに出た。

 李君は政治問題っぽいと判断したが、僕は関心が無かったし、他の開発社員達も同様だった。


 ネット対策室長はこのビルの対策本部にいたから、頻繁に顔を見せては、若手社員達に色々と話を聞いていた。体育会系部長は、厳密な調査を命じられているので協力するようにと全員に知らせた。


 対策室がいつの間にかなくなり、調査ってのは終わったんだと思っていると、来週の金曜日の夜に食事会というメールが対策室長から送信されてきた。出席者を見ると、雲の上の人に、この開発部から数人、それに他社から3人となっている。


 数人の女子には、あれっと思う若手が混じっていて、断りたいと僕に言って来た。

 理由を聞くと、『あの人怖い』だった。


 確かに少し怖い感じだよなあと自分も思った。背も高いし、上から見下ろされると、威圧感を感じる。中国人女子リーダーもいるし、同じような若手の韓国人女子もいると説得を試みたが、その韓国人女子を呼びに行き、彼女もパス出来るならしたいと言いだした。

 数日間は渋っていたのだが、重役の娘(東大お嬢と呼ぶ事にする。東大・数学科卒)が説得を試みてくれ、二人とも出席する事になった。

 彼女らがパスするなら僕もパスしたいという所だが、新たに契約したい技術者も来ると体育会系部長は言い、秋葉系リーダーも絶対パスは駄目という事だった。

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