第6話 事件簿1(1)

 日本の人口は確実に減っていた。5年前には、大量の定年退職者が出た。それ以前からこれに対応しようと各社とも動いていたのだが、どうにもならなかった会社もあり、この頃は毎日のように解散の話題がニュースなっている。


 どの会社も人口減少に合わせて事業を拡小しているが、皆が思う程には景気は悪くはない。いわゆる老人ビジネスが拡張を続けている。


 大会社は国内事業を拡小する代わりに、引退社員向けに老人ビジネスを開始。自社と関連会社の引退社員には優遇措置を行って、収益を上げていた。

 収入が無くなって財布の紐が固い老人たちの生活費を収益につなげる作戦である。いかに消費者を囲い込むか、企業は必死になってそれを考えているようだ。


 システム開発のブラックにも徐々に手を入れている。まだまだ、解消とまではいかないが、少なくとも、僕が入った頃のような現場はない。

 しかし、何もかもがうまくいっているとは言い難い。ブラックな業界と知っていて入って来ていた外国人達は、覚悟を決めてやって来る人達が多かった。

 技術力向上が職場改善の早道だという先輩達の教えに従って、数年は文句など言わず、黙々と仕事に打ち込んだ。仕事がそこそこ出来るようになると、自分達の為に職場改善の提案を積極的に行った。

 僕らが入った頃に外国人を積極的に受け入れると決めた重役は、彼らが日本の悪い所を埋めてくれたと評価し、自ら先頭に立って戦ってくれたのである。


 結果、いわゆる独身寮が大幅に改善され、海外からスーツケース一つに着替えを詰めてやって来れば、何も心配いらなくなった。

 この改善策は、働いている者らにとっては、ラッキーだったのだが、これから入社しようという社員には、別目的の人間が混じってしまった。今では、これが仕事がブラックになってしまう以上の脅威となってしまっている。

 割と裕福な家の我儘な坊っちゃん、お嬢様達が、素敵な安い社員寮に住めるというので、大勢やって来てしまった。


 外国人大量採用初期の頃から、こちらにやって来て、リーダークラスとなった中国人技術者達も頭を抱えた。

 ネットでは中国人営業部員による賄賂要求などがファイアーする時もある。この業界でもそれが発生し、地道に仕事をしている大勢の技術者には大きなイメージダウンである。


 そんな悪い人間はこの会社にはいない。彼らはそう信じていたし、悪口や多少のハラスメント程度なら、我慢するしかないのを学んでいる。

 しかし、事件が発生した。ターゲットとなってしまったのは優秀な社員だった。能力が高いから自分のローカルに資料を沢山作って持っている。

 そういう技術者のパソコンからファイルが消されるという事件が発生すると、我慢の限界である。リーダー達は体育会系部長に異動してくれと申し出たのである。


 体育会系部長(前の話ではリーダー)は、信じられないという顔をしたのだが、すぐに彼らの担当を変更。要するに、窓際へ押しやった。

 日本人ならそれで辞めてしまうのだろうが、そもそも、遊び目的の彼らは辞めたりはせず、またしても、同じ事を繰り返した。


 明日のプレゼンテーションで使う会議資料が全部消された。激怒した中国人リーダーは犯人とおぼしき彼らに掴みかかり、李君と、僕は慌てて止めに入った。

 被害にあってしまった中国人技術者はというと、椅子に静かに座っていた。呆然としているのかと思ったのだが、顔をみるとそうでは無かった。激昂してしまった中国人リーダーより更に怒りを感じる表情である。

 明日のプレゼンは重役に開発中の設計内容を説明する会議である。当然の事ながら、日程変更は不可。


 バックアップはあるが、かなり古い。初版の印刷は残っているが、相当に変更している。体育会系部長が対策会議をしようと言い、会議室へ集まった。そして、彼は自分で解決するから、その三人にファイルの復旧を命じてくれと言った。

 その晩、徹夜で作業し、プレゼンは問題なく終了した。


 人がほとんど帰ったオフィスで、何があったかは誰も知らないのだが、翌日、プレゼンが終わった後に、若い女子社員達が『真面目で、おとなしい人を怒らせると怖い。』というような事を言っていた。

 少しづつ耳に入った情報では、プレゼンで使われた資料は徹夜して作成した物ではなく、どこかにバックアップあったらしいというのと、これからもドジったら何度でも同じ様に徹夜させるという事である。

 要するに彼らが何かしても対策はあって、自分の配下に置こうなどと思うなと脅したという事のようである。僕はそれを聞くまで、何故、彼らが設計書のファイルを消すなどという子供じみた事をするのか意味が分からなかったのだが、ようやく意味が理解出来た。


 その後、彼らは大勢いる中国人技術者から完全に無視されてしまった。


 他でも被害はあったのだが、彼らはまとまって帰国したいと言い出し、男子の事件は解決した。そのうちの一人は、何か言い訳をして謝ったようなのだが、体育会系部長は一緒に帰国するよう促した。


 男子の部は、これで終わったが、女子の部は、そう簡単にはいかなかった。ターゲットになってしまったのは韓さんである。彼女は結婚後、子供を産むと、子育てに専念したいと育児休暇を取得。その後は、子供が小学生の間はパートタイマーとして復帰していた。


 どんな事件だったかを説明しよう。少しパソコンの調子が悪かった韓さんは、秋葉系リーダーに見て貰う事にして帰宅したのだそうだ。

 秋葉系リーダーは、すぐに彼女のパソコンの様子を見て、ディスクがどうかしているらしいと思い、翌日、韓さんが来てから交換に出す事にした。

 韓さんの隣の席の中国人女子技術者に伝言を頼んだ。彼女は大きな付箋紙に日本語でメモを貼り、自分が席にいないと困るので、周囲の数人に韓さんが来てから交換手続きを秋葉系リーダーと相談すると話した。


 しかし、韓さんが朝来ると、パソコンは交換の為に持って行かれた後で、彼女はショックで泣きだした。大分前からパソコンの調子が悪く、ローカルに保存していたファイルが大量にあったという。

 これはもう駄目かもと思い、バックアップをし始めた途端にネットワークにうまく接続できなくなったのだそうだ。


 韓国人の女子が僕を呼びに来た。中国人のリーダーは日本語は分かるのだが、韓国語を話せる人は少ない。席の近くで何があったのかを周囲の社員から聞く。

 机に貼られていた、日本語のメモを見て、僕は秋葉系リーダーの席に行った。秋葉系リーダーは女子同士の騒ぎと判断して、無視していたのだが、彼女のパソコンを本人の許可を取らずに交換に出したと聞くと、激怒した。

 秋葉系リーダーが激怒するのを初めて見た。

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