第5話 ベテ女史との交流
この小説を書こうと決めた時、次の話は2030年以降と思ったのだが、ベテ女史との交流について書いておこうと思って、書き足している。
たった半年でいなくなってしまったベテ女史だが、何とか連絡を取れないかと思っていた女子社員が数人いた。しかし、同じ会社の人は携帯の番号も知らなかったし、メルアドも教えては貰えなかった。
会社ごと変わってしまったので駄目だという事だった。
一人の女子社員が小説を書いて投降しているというのを聞いていたので、それらしい小説を探したのだが、何しろ数が多い。タイトルもペンネームも聞いてはいなかったので、探し出す事は出来なかった。そりゃあ当然だろうと僕は思っていたのだが、何かに取りつかれたように彼女はその小説を探していた。
彼女の書いた小説を探していると同じ会社だった社員にすると、手帳から小さく折りたたんだ一枚のチラシを出して来た。ベテ女史は連載を開始した直後、社内会議に現れ、チラシを数人に配ったという事である。
懇親会で内容を聞いたし、読んでみるとその場では言ってはみたのだが、読まずに今に至っている。そのうちに読んでみるかという気持ちだけはあって、チラシは手帳にはさまれたままになっていた。
彼女らが全員、その小説を読んだかどうかまでは知らない。僕にも面白いから読めばと誘ってくれたのだが、時代劇かつ少し暗いというのは好きじゃないのでパス。
その小説の作者がベテ女史と確認が取れたので、小説のサイトからメールをした所、こんなやり取りが行われたらしい。
社員:「登場人物が多くて面白いです。まだまだ続くんですか?」
ベテ女史:「来年まで続くよー。」
社員:「何故こんな小説を書こうと思ったんですか?」
ベテ女史:「韓国語に翻訳するのを引退後の仕事にしようと思って・・・。」
何故に韓国語と僕は思ったのだが、ベテ女史は韓国ドラマ(ほぼ時代劇)が大好きで、家に戻ると毎日、見ているというか聞いているらしい。同じドラマを繰り返し見ているうちに、韓国語が聞き取れるようになったという話である。
そして、韓国っぽい時代劇を書いてみようと思い立ち、超長編小説を書いた。そのパワーってどこから来るんだ?
社員:「時間ってどうやって作ったんですか?」
ベテ女史:「失業してたから。」
リーマンショック後、契約社員だった彼女は失業してしまい、家にいた。遊びに行くお金もないので、無料配信のサイトで韓国時代劇を散々見て、韓国語の勉強を始めたという。
最初はドラマを見て分かった言葉をカタカナでメモしていたのだが、日本語から韓国語に翻訳できなければ、身に付かないと思って、いっその事、小説を書いてそれを翻訳しようと決め、書き始めた。
今は、小説そのものは書き終わっているので、本や電子辞書を買い、少しづつ、翻訳を進めている。辞書のような物を作るのが楽しいとメールに書かれてあったらしい。
社員:「勉強するのって辛くないですか?」
ベテ女史:「ゲームと思えば楽しいわよ。試験を受ける訳じゃないんだし。仕事だってそうじゃない。」
仕事もゲーム扱いかあと僕は思ったのだが、そういえば、最初に詳細設計書をベテ女史から受け取った時にもそんな事を言われた。
「明日から、ダンジョンへ突入よ。」
若い僕らに気を使ってそんな事を言ってくれたのかと思っていたら、他の女子達にもそんな事を言っていたらしい。『ドアの向こうは落とし穴だったー』とか、『このシステムは忍者屋敷』だとか・・・、『スライム発生』とか・・・。
この時点で僕は『忍者屋敷』がどんな物か分からず、女子に聞いて笑われてしまった。
彼女らの認識する忍者屋敷とは、『一見すると、普通に見えるが、中は仕掛けだらけで、どこからどんな敵が現れるか分からず、巻物を奪うとか、そんな目的を持って入ったら、殺されてしまうかもしれない。』だそうである。
だからかあと僕は納得した。
「探さないで下さい。沖縄にいますってメールして、このまま羽田へ行こうかな。」
ってな事を何度も言っていた。
しかし、彼女が仕事をゲームと考えているなら、秋葉系オタク先輩のように、徹夜OK、ファイアーする程燃えるって事は考えなかったんだろうか。それを先輩にこそって聞いてみた。
「若い頃には燃えていたかもしれないさ。お前さ、お母さんが同じだけ仕事出来ると思うか?」
答えは絶対無理である。頑張ってくれてたんだなー。
小説を読んだ女子社員とは、こんなやり取りがあったそうだ。
社員:「拡散を希望しますか?」
ベテ女史:「否。気に入って頂けたのなら、こそっと読んでいて頂ければ、それで十分うれしいです。」
社員:「でも、おもしろいし、もっと沢山の読者がいた方が良くないですか?」
ベテ女史:「ありがたいお言葉だけど、才能がないというのは自覚しているし、誤字脱字も修正したけどまだあるの。知り合いは誰も読んでないし・・・。」
ベテ女史が作ったチラシを見て読んでいる読者(つまり前の会社の社員)はいないらしい。僕も読んでないので、彼らの事を何か言う資格はない。
その後も、少人数の女子社員は小説を読みながら、メールをやりとりしていたのだが、小説サイトのメールにログオンするのは面倒なので、ラインはどうかと聞いたが、答えは否。
SNSにグループを作ってはどうかと聞くと、まあ、いいかもという事で『ベテ女史を囲む会』という名前を提案したのだが、政治家っぽくて嫌だと返事が来た。
女子達は何度かグループ名を提案したが、ベテ女史どれも気に入らず、『べておばさんの古道具箱の会』という名前が提案されたんだとか・・・。
色々なやり取りがあったらしいのだが、僕は、たまに見る程度だったので詳しくは覚えていない。飲み会をやろうと誘ったが、今はブラックなのでパス。そのうちにねという事だった。
やんわり断られてるんだろうと思っていたのだが、今はホワイトという返事が1年後に来て、飲み会が開かれた。
つまりベテ女史は次の仕事に移ってから1年間、ブラック状態に絶えていたという事である。
飲み会には僕と李君も何故か誘われた。しかし、女子だけの飲み会に2人というのも怖い。僕らにも後輩が出来ていたので、彼らも無理やり引っ張って行った。
女子の多い飲み会だし、主役はベテ女史なので、僕らはあまり女子達の話に口を差し挟まず、聞きながら飲み食いをしていたが、ベテ女史は僕らの事は気にかかっていたらしく、その後どうなったかを聞かれた。
ベテ女史が作ったプログラムは李君が引き継ぎ、品質査定で1位にランクされたと話すと、ベテ女史は良かったねと言ってはくれたのだが、さほど嬉しそうではない。
理由を聞くと、『いつもそうなの』とだけクールに答えた。
「何故、そんな事が出来るんでしょう。」
この会を主催した、先輩女子社員が聞く。
「君達には教えたよね。」
ベテ女史は僕と李君に言った。僕はそんな重要な事を教わったっけと頭の中で必死に考えた。
「覚えてないんだー。ははっ。」
やっぱりねーという顔で笑われてしまった。女子達に白い目で見られながらも、僕と李君は必死に考えていたのだが、先輩にベテ女史は、仕事の優先度をつけられるようになったかと聞く。
「はい、大丈夫です。この頃、安心して仕事を頼めると言って貰えるようになりました。」
「偉いなー、頑張ったねー。」
ベテ女史が他の話題を白い目で見ている女子に振ってくれた間も僕は考えたが、プログラムの製造方法を丸ごと教わったので、どれもが重要に思えている。
「色々教わったので・・・。」
僕は小さな声で言った。そして、李君が何かを思いついたようにこう言った。
「テストに手を抜いてはいけない。今回の答えはそれですか?」
「当たり―。」
「あのー、たったそれだけでしょうか?」
あまりにも簡単な答えだったせいか、他の女子社員が聞く。
「当たり前だと思うでしょ。でも、当たり前ってやろうと思わないと中々できないのよー。」
何でもそうじゃないとベテ女史は言った。考えてみるとそうなのかもしれない。
その後、女子達はベテ女史がどんなキャリアだったのかを詳しく聞いたのだが、不況になる度に失業し、何とか戻って来たと話す。
「波乱万丈ですね。」
李君が言うと、ベテ女史は笑った。
「そんなに大げさな物じゃないわ。紆余曲折なだけよ。」
『波乱万丈と紆余曲折ってどう違うんだよー。』と僕は心の中で叫んだ。
この場でのベテ女史からの僕らへの提言は、『知識とお金は腐らない』だった。その言葉に感銘したのかどうかは分からないのだが、女子達は資格試験の受験勉強を始めた。
この時点では、僕はまだ『言い訳君』だった。女子達は皆、熱心だったのだが、それ以上に熱心だったのが李君である。資格を取得すると一時金が貰えるのは理解していたのだが、全部取得すると100万円にもなると、計算した事がなかったのである。
「僕は100万円目指します。」
なんて事を、仕事場でも口にするようになった。出来なかったら笑われるぞなんて言う、同期の社員もいたが、そんな事を気にはしなかった。
上司達にはその姿勢が仕事熱心だと映ったらしい。僕は何回か、君はのんびりしてるからと上司から言われたのだが、その意味が分からなかった。
営業部異動を免れる為、必死に勉強をしている時に『人は痛い目をみないと分からない』とその飲み会でベテ女史が言った言葉を実感した。
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