第4話 8年後 2028年(2)
式が終わるまではここで休憩時間である。その後、持ち込んだ大型テレビやら、スピーカーなどの機材(このホテルでも同じ機材は貸して貰えるのだが、他社製品の為、毎年、自社製品を持ち込んでいる。)の撤収と、今日、集まった社員の交流会(昼食の食べ放題)で終了である。韓さんにさっきの女子の事が気になったので聞いてみると、彼女は風邪を引き、ソウル空港に現れなかった。韓国まで迎えに行っていた彼女は、航空券を3日後に予約しなおして、カウンターに預け、それを彼女のお兄さんに連絡した。
予約はすぐに変更できるから、無理せず治ってからこちらに来れば良いと伝言したのだが、何とか起き上がれるようになった彼女はその飛行機に乗った。
成田へ韓さんが迎えに行ったのだが、相当に具合が悪く、アパートに着く頃にはぐったりしてしまっていた。昨日も様子を見に行った韓さんは、欠席の連絡をしておくので休むよう言ったのだが、彼女は出席したかったらしい。
同じアパート(つまり借り上げの独身寮)の女子達は韓さんと、この会場の下見をし、ホテル近くのカフェに受付を待つ新入社員達が集まる事を韓さんから聞いていた。日本の地下鉄はラッシュですごく混むし、遅れる事もしょっちゅうあると知った彼女らは、朝食をカフェで取る事にして早めに出てしまったという事である。
頑張ったんだーと僕は感心した。
「その女子って韓国人なんだろ。お前、韓国語も話せるの?」
隣にいた同期の男子が言う。
「そりゃ、韓さんに貰ったメモで・・・。」
僕はポケットから取り出した小さなメモを見た。お手伝いしましょうかと声を掛けたかったのだが、それは覚えておらず、メモにあった気がしたのだが、見つからなかった。
よく見ると、折りたたんだ裏にそれが書かれてあった。
「とても助かったって言ってました。場所や駅までは覚えていたけれど、案内状を忘れてしまって、赤い腕章をつけた人を探してみたけど見つからなかったって・・・。」
欠席するとばかり思い込んでいた韓さんは、受付で英語の人は終わったと聞いて、彼女が来るかもしれないと思っていなかったと反省している様子だった。
僕は何か言ってあげたかったが、言葉が見つからなかった。メモにあった『ケンチャナー』と繰り返した。
「お前、すごいな。」
「韓さんに教えて貰ったメモにあるだけだよ。」
僕はそう答えた。
さて、入社式が終わり5F広間の機材撤収作業をしていると、運送屋がやって来た。4Fに作業員がいるが、全員が中国人で日本語が分からないので説明して欲しいと言う。
4Fに行くと、困った顔で、社員と運送会社の制服を着た3人が待っていた。撤収せねばならない機材がどこにあるかと、数を説明すると、運送会社のスタッフは頷き、無言で作業を開始した。
作業が終わり、昼食会の席のくじ引きで引き当てた席は女子が多かった。あまり口をさしはさむ事もないだろうと無言で食べていると、中国語が出来るなんてスゴイですねと言いだした女子がいて、その話になってしまった。
彼女らは事務職なので、基本的に日本語でOKなのだが、中国語名の社員の名前が中々読めず、同じ漢字でも韓国人は読み方が違うので困る時もあるらしい。
慣れるしかないなあと僕は答えた。
「何か事件は起きたりしないんですか?」
「事件ねえ・・・。」
細かい事件は日常茶飯事であるが、そういうのはどこでもある事だろう。中国勢が圧倒的に多いので、その他外国勢は形見の狭い思いをしているらしいが、これは話さない方が良さそうだ。
「ニンニク嫌いおばさんがいます。」
一緒の席にいた中国人若手が片言で言う。
「ニンニク・・・ですか?」
「そう、思いだした。そうだった。」
契約で他社からやって来ている40歳代の女性が急に他の仕事に変わりたいと言いだした。体育会系リーダーが理由を聞いたがはっきりとは言わない。
中国語は出来ないが、腕も良いし若手も面倒見て貰えるので、体育会系リーダーは良い人に来て貰えて良かったと思っていた。彼女もプロジェクトの終わりまでいたいと言っていたのだが、ある時を境に急に他に変わりたいと口に出すようになった。
契約更改の時期になり営業に理由を尋ねたのだが、営業も理由をはっきりと言ってはくれない。少し体調が悪いと本人が言っているというのだが、欠勤も遅刻もほとんどない。
何か原因があるのかと体育会系リーダーが面倒を見て貰っている若手中国人男子に聞くと、自分の顔を見ると少し嫌な顔をすると言いだした。彼女に彼が何か気に障る事をしたのかと、彼女にそれとなく聞いてみると、彼は良い技術者になると誉めている。
体育会系リーダーは彼女の本音を聞き出すべく、やんわりと何度か話をしていた所、他の女子から人があまり通らない階段で休んでいる時があるというのを聞きつけた。
その階段は、時たまそういう人がいる場所なのだが、休憩室もあるので休みたい時はそこでという人が多い。不思議に思い、彼女が階段で休んでいる時に、何故こんな場所で休んでいるのか聞くと、『ニンニク臭いのよー』と小さな声で言ったという。
「それで、どうなったんです?」
「嫌な顔をされてたのは、ニンニク大好き男子だったんで、他の仕事をして貰う事になって、席替えした。」
「えー、わざわざ、そんな事を?」
「腕の良い人だからさ。」
はっきり言うと、彼女が担当していた部分は進捗率ぶっちぎりだった。担当を変えたのは、進捗率が最低の社員分で、変わった途端に進捗率が上がったのだから、社員の腕が悪いと言われても仕方ない。
その時、僕はベテ女史の事をふっと思いだした。そういえばあの時も、テスト合格に一番乗りして、製造リーダーは嬉しそうにベテ女史にそれを告げた。
「良かったじゃない。喜ぶ気力も残ってないけど・・・。」
彼女は疲れた顔でそう言った。
「その、おばさんってまだいるんですか?」
「いるいる。ブラックにはブラックだけど家から近いからいいって言ってる。」
その後、体育会系リーダーは口臭が原因だったとニンニク男子に告げ、ニンニク男子は口臭予防の色々な物を使いだした。他の男子も気をつける様になった。
『謝謝』使用禁止メールのリーダーも、席が足りずに、すし詰め状態で仕事をしていて、騒音とも言える人の話し声に大分イラついていたという事が発端だったらしいというのを、随分と時間が経ってから聞いた。
我慢の限界を超えてしまったという事なのだろうが、悪臭を感じると目眩がすると言いつつ、頑張ってくれていたニンニク嫌いおばさんよりは、我慢強くはなかったのかもしれない。彼女がいきなり、中国人は臭いなどと発言していたら、ファイアーしてたかもしれないなあ・・・。
中国人若手が日本語を話せると分かり、女子達が色々と聞き、すごいですねを繰り返す。側にいた若手男子に中国語を覚えるつもりはあるかと女子が聞いた。
「いやー、そんな時間ないですよ。」
よく聞く言葉だった。
中国語検定やオラクル・ブロンズの試験勉強をしていた時の自分も同じように愚痴をこぼしたのだが、その都度、李君に『時間はある、なしじゃなくて、作るもんだよ。』と励まされた。
李君はというと、今ではリーダーをやっていて、プロジェクトでは賞金コレクターと呼ばれている。会社では試験に合格すると、3万円から多くて10万円の賞金をくれるのだが、李君は、取れる資格は全部取ってしまった。総額では100万円を超えている。
李君、君はすごいよ。僕はいつも思っている。『がんばれー日本の男子』と僕は心の中で言い訳君達に言った。
勿論、その中には自分も含まれている。
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