第3話 8年後 2028年(1)
入社した時は人生って長いと感じていたのだが、仕事をしだすと、学校へ行くのとは時間の流れが全く違うらしい。気が付いたら30歳、若い子からオヤジと呼ばれる年齢である。
まだ、結婚はしていない。
仕事はというと、相変わらずである。設計が遅れれば、製造でブラックになるの繰り返し。しかし、同じシステムの続きをやっているせいか、ブラック度は入社した頃が一番ひどかったように思う。
顔ぶれは大分変わった。会社はシステム開発メンバーに大きくメスを入れ、三十代から四十代の社員は、かなりの人数が営業に異動になってしまった。
若手も欲しいという事だったようだが、これはケースバイケースとの事で、希望を聞くという方法が取られたのだが、人事部から呼ばれてしまうと、営業へ異動というパターンが多い。
システムエンジニア三十歳定年説というのは、こういう所から来ているのかもしれない。
僕も二年前にその人事面接のメンバーに入ってしまったのが、体育会系リーダーや秋葉系の先輩のアドバイスにより、何とか技術者として生き残っている。
それは人事部からのメールから始まった。
面接をしたいので予定を何日か指定してくれというメールである。人事査定で部長面接はあるのだが、それが終わったばかりである。
これが営業への招集状というヤツかあと、僕はひどく落ち込んだ。昼食の時に秋葉系先輩に話すと、言い訳が通ればOKだと教えてくれた。
翌日、オフィスから少し離れた場所にあるハンバーガーショップへ昼食時間に行き、対策を聞く事にした。秋葉系先輩だけかと思っていたら、体育会系リーダーと部長も一緒である。
僕はひどく緊張した。
「全く、人事も何を考えているんだか・・・。」
部長がため息交じりに言う。部長は人事から僕を異動したいと打診されたのだが、それを断っていたらしい。
「だから、何でもいいから試験に受かれと言ったろう。」
体育会系リーダーが言う。人事部は現場の事を知らないので、資格試験の受験回数や取得数が少ない社員を出来ない技術者と決めつけ、営業への異動を打診しているという話である。
そういう事なら、もっと早く言ってくれよと思ったのだが、言われたのを忘れてしまったのかもしれない。
秋葉系先輩はゲーマーかつ、開発をゲームと考えている人なので、やはり試験には興味は無かったのだが、ハイレベルの試験に一回合格してしまえば、問題ないと知り、同じ面接でオラクル・ゴールドを取得する為に勉強していると言い訳をした。
三年かけてそれを取得したので、人事は秋葉系先輩を営業異動のグレーゾーンからはずしたという。同じ面接でそういう言い訳を出来なかった同期の社員や面接なしで営業異動となってしまった社員もいるから、必死に頑張ったという事である。
技術力が高いかどうかは、目に見えないんだという言葉は彼にとっての真実なのだろう。
僕はというと、試験というのがそもそも苦手で、TOEICは未だに李君に負けっぱなし、中国語検定も何度か受けはしたのだが、2級に受からず。なので、会社にとってはダメ社員にカテゴリされやすいのかもしれない。
技術力が高い秋葉先輩から色々と教わってはいるのだが、それでも中位という程度からは抜け出せない。
今回の面接は三級だけど中国語はバイリンガルだから、試験なんで無駄さと言い切り、来年までにオラクル・ブロンズを取得する為に勉強中という事にしろという話になった。
中国語の新聞記事を持参する事にして、それを朗読して見せたらどうだという体育会系リーダーの意見に従い、周囲にいる中国人技術者から発音を教わった。
そういう言い訳をする社員も多いのか、人事部長は新聞記事を自分のスマホで検索して、それを読んでみろと言われた時には冷や汗が出たのだが、しどろもどろながら、怪しい発音で朗読する事が出来た。
部長からどんな記事なのと聞かれたので日本語で話すと、納得してくれたようである。中国語検定2級に受かれば、営業へ異動のメンバー検索に引っかからないと教えて貰い、苦手ながらも2級を取得した。
やっと受かりはしたのだが、いつもは日本の漢字を使っているからなあというのが素直な感想である。
なんとか営業部への異動を免れたのだが、僕がこんな事をしている間にも、会社は大きく変わっていった。(この話は僕の想像上の話なので、詳しく書きたいが、思いつかない。トホホ・・・)
簡単に言うと、会社の統廃合を進めて、事務を効率化、余剰人員を日本人が必要な部署へ異動。足りない部門は外国から人材を求めた。
ソフトウェア部門への新規採用は広く東南アジアからも人材を求め、日本人2割、他8割が外国人という結果になった。日本語がほとんど出来ない人も社員として受け入れたのである。
そして、今日は、入社式。
僕のプロジェクトから数人は、日本語が出来ない人の案内係として駆り出された。ホテルで行われた入社式で、ソフトウェア部門は5F広間、他全部の部署は4F大広間と広間3か所に部門ごとに場所が分かれている。
日本人は、ほとんどが自分のスマホに送信された案内状を見て、自分が行く会場を探しているので、日本人向けの案内係はそんなに難しくない。
問題はソフトウェア部門で、日本語がほとんど分からず、諸事情により入国が遅れてしまい、会場の場所を下見していなかった海外勢である。
案内状をなくしてしまったとか、地下鉄を乗り間違えたとか、ギリギリになる理由は色々である。共通しているのは、焦って頭が真っ白になっている事だろう。
式開始15分前、この辺りからがギリギリ君達の到着である。受付に電話すると、まだ10人程が受付していない。電話している間に集団がやって来て、ブルーのペーパー(中国語の案内状)を見ながらエレベーターに乗った。人数は8人。残りは2人である。
早く来ないかと何気なく見渡していると、いかにも新入社員といった服装で、手に何も持っていない女子がロビーをうろうろしているのが目に入った。今にも泣きだしそうな顔をして何かを必死に探している。
周囲を見回すと、英語・韓国語の出来る案内係がいないのに気付いた。さっき、1人案内してから戻っていない。僕は、どうしようかひどく迷ったのだが、新入社員なら、5Fまで案内すればいいんだと自分に何度も言い聞かせながら、近づいた。
その女子が中国語が分かる人なら問題ない。しかし、見かけで判断するのは禁物である。中国語の分かるスタッフがブルーの腕章をしているのは案内状に書いてある。しかし、自分達には声を掛けて来ない。
僕は英語で話しかけ、どひゃーと早口の英語をしゃべられたらどうしようかと、内心ドキドキしていた。しかし、独り言で「オットケー」という言葉が聞こえ、少し安心した。
韓国人は流暢な英語をしゃべる人が多いが、頭が真っ白になると韓国語しか頭に浮かばない事があると聞き、今年は案内するに必要なだけの韓国語のメモを貰った。
社員なのを確かめると、韓国語なのか英語なのか、よく分からない言葉で彼女と一緒にエレベーターで5Fまで行き、受付まで案内する。
下にいるはずの韓さんは、上で色々と案内していて、下に降りられなかったらしい。彼女にサポートを頼むと、僕は受付で英語・韓国語の案内人が下に必要かを確認した。
残りは1人は中国語でOKなので、下にいる案内人に連絡をしようとした所、男子が1人現れ、これで5F受付は完了である。
受付の女子が完了連絡をすると、僕は下にいる案内人に連絡をして控室に行った。まだ、誰もいない所を見ると、4Fの受付はまだ終わっていないらしい。
チコク君が今年もいるのだろう。5F受付や案内係も全員集まり、コンビニで買って来た弁当やら握り飯を食っていると、ようやく4Fの連中が現れた。
自分の顔を見るなり、また負けかよとがっかりした顔で言う。彼は僕と同期で入社の営業部員で、昨年も同じ事を言われた。
日本人は時間にきっちりしているというが、全員ではないって事だ。
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