第48話 辿り着いた、竜の巣

 ノエルが力を爆発させてから、魔物達は恐れをなしたのか影を潜めていた。

 不気味なほど静まり返ったバベルの塔を、ぐるりと廻り込むように一行は移動する。巨大な塔の裏側で、ついにその視界が開けた。


*

「あれが……竜の巣」


 島の先端から細く長く続くみちが竜の背のように伸びていた。その先端は、海の上に現れた巨大な洞穴あな、としか形状のしがたいものに向かって続いている。


 ぽっかりと海に空いた深淵に向かって、周囲の海流が轟音を立てながら流れ込んでいる。水流が激しくぶつかり合い、漏斗ろうとのような先すぼみの形となって海の底へと吸い込まれていく。渦を巻く濁流は、まさに蜷局とぐろを巻く竜のようだった。


 深い深い穴の底は闇に包まれ、地上から覗き見ることはできない。

 南方諸島に住んでいたカッツェでさえも、実際に〈竜の巣〉をその目で見るのは初めてだった。


 なぜ、この巨大な〈竜の巣〉の全貌が謎に包まれていたのか。それは、この地に近付いて無事に帰って来れた者が誰一人としていないからだった。

 世界の終焉おわりを思わせるかのようなその光景に、誰もが恐怖の思いを飲み込んだ。


「――行こう」


 全員の意志は、既に固まっていた。


*

 「竜の背」と呼ばれるみちを、列をなして慎重に進む。


 ノエルの前を守るようにして、カッツェが歩いている。彼の背中の傷は白魔導でもう癒えたが、鎧に穿うがたれた穴は塞がらない。それを見るたびにノエルの胸は痛んだが、この傷は名誉の勲章だと、いつものようにカッツェは豪快に笑ってみせた。


 ノエルはカッツェの背中に捕まりながら、必死に遅れまいと歩いていた。


 道の両側から激しい波飛沫なみしぶきが襲い掛かる。足元は水に濡れ、少しでも気を抜けばすぐにでも波にさらわれてしまいそうだ。


 冷たい雨が降りだし、一行を襲った。南の地だと言うのに、凍えそうなほどの冷気に体力を奪われる。吐く息は白く、水に濡れた体はどんどんと熱を失っていく。

 意識も朦朧としだすなか、一行はただ前へ前へと進んでいた。あまりに過酷な状況に、誰もが一言も発せないまま、自然の脅威と戦っていた。


*

「うわぁあーー……!!」


 突然、後ろの方で叫び声が上がった。

 振り返ると、後方の戦士が波に攫われようとしていた。


「掴まれ!!」


 別の者が必死に手を差し出して助けようとする。

 誰もが思わずそちらに気を取られた、その瞬間――


「――!!」


 ざざぁっ、という大きな音とともに、身長を遥かに超える大波が目前に迫っていた。


(――しまった……!)


*

(苦しい! 息が……できない!)


 ごぼっ、と口から泡が吐き出された。

 水の中では呪文を唱えることもできない。


 冷たい濁流がノエルの体を絡めとり、深海へと押し流す。上下すらもわからない暗い水に呑み込まれ、光も届かぬ深淵に向かって引きずり込まれる。必死にもがきながらも、ノエルは次第に意識を失っていった――。


*

(ここは……どこ?)


 ノエルが目を覚ますと、そこはまばゆい光に包まれる神殿だった。

 明るすぎて何も見えない。感覚すらもない。

 あるのはただ、意識だけ――。


(誰か、いる――)


 気が付けば、明るく光り輝く何者かが玉座に座しているようだった。


(……神様――?)


 ノエルの発した言葉は、周りの空間ではなく、自分の頭の中に響いていた。



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◆冒険図鑑 No.48: 竜の巣

 南の海に突如現れた、巨大な洞穴あな。なぜ出現したのか、いつから出現したのか、それを知る者はいない。

 流れ込む水流が蜷局とぐろを巻いた竜のように見えるため、その名がつけられた。


 なお――この世界では、「龍」は二つの意味を持つ。神聖な神としての存在は「龍」、邪悪な力としての存在は「竜」と呼ぶ。例えば天の使者は「神」、凶暴なモンスターは「火吹竜ドラゴン」など。

 誰がいつこのような呼称の区別を始めたのかは、定かではない。

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