第44話 船上でのバトル!

 夢を、見ていた。


 夢の中で、船の甲板に立つ戦士達は、暗い海を油断なく見張っていた。


「……ニャっ!」

「……っ!」


 甲板にいたカノアとレイアが突然何かに気付いて、はっと周囲に目を向けた。


「……来る!」


 レイアが一瞬のうちに戦闘態勢をとった。その言葉と同時に、未だ見えぬ敵の気配をカッツェも察知した。


なかの戦士を呼べ! 敵だ!」


 手練てだれの猛者もさたちも素早く各々の武器を取る。一瞬で船上が緊迫した空気に包まれた。

 船内に向かって戦士の一人が走り出した瞬間。

 ざんっ!と音がして、海中から、そして闇に紛れて空からも、魔物モンスターが襲いかかってきた。


*

「……はっ!」

 恐ろしく速いスピードでレイアが敵に切りかかった。

 しゅんしゅんっ、と風を切る音とともに、ぬめぬめとした魔物の水掻き状の腕が切り飛ばされる。


「うおらっ!」

 炎を纏った矢で、カッツェが空中の敵を射貫く。


「……これでどうニャっ!」

 海上から船体をよじ登ってきた魔物に目がけ、カノアが不思議な黒い粉を振りかけた。

 しゅうう、と音がして、魔物の体から水分が蒸発していく。魔物は見る間に干上がって、ミイラのような残骸がぽろりと船から落ちて行った。


「カノア、危ない! 下がって!」

 ヴァイスがカノアをかばって魔物から遠ざける。

 短い詠唱とともに、船上の味方全員に身体強化と障壁バリアを掛けた。


*

「……ぐっ!」


 どんっ、という衝撃とともに、レイアが吹っ飛ばされてきた。

 ヴァイスとカノアが慌ててレイアに駆け寄る。


「こんのおぉぉおお!!」

 カッツェが怒りを露わにし、黒い魔物に戦斧を振り向けた。


『炎の精霊よ 我が武器を纏え 赤き炎で 敵を散らせ!』


 魔物の攻撃をかわしつつ、ノエルとヴァイスに教えてもらったばかりの呪文を唱える。

 ごうっ、とカッツェの戦斧が炎に包まれた。

 ぶんっ、と回転しながら戦斧を振り回し、空中の魔物を三体同時に倒す。


 次の敵の攻撃を、がぎん、と音を立てて斧で受け止めながら、カッツェが後方に呼び掛けた。


「レイア、大丈夫か!」

「……カッツェ、後ろだ!」


 言葉と同時に跳躍したレイアが、空中の敵に回転しながら鋭い一撃を叩き込んだ。

 カッツェの背後に忍び寄っていた敵の腕が、その一撃で切り落とされて吹っ飛んでいく。


 ざっ、と音を立て、カッツェとレイアが互いの死角を補うように船の中央に立った。背中合わせに立つ彼らの目は、周囲を囲む敵を鋭く睨んでいる。


「……はぁ、はぁ」


 戦士達が荒い息を吐いた。――敵の数が、多すぎる。

 海の底から魔物が次から次へと湧いてくる。あっという間に船上は魔物達に取り囲まれてしまっていた。


*

 はっ、とノエルは目を覚ました。甲板の方から、戦士達が激しく戦う音が聞こえていた。

 これは夢ではない! 睡眠の術のおかげで深く眠りに落ち過ぎて、肝心な時に目を覚ますことができなかったのだ。

 ノエルは慌ててベッドから飛び起きた。


 甲板では戦士達が魔物に激しく応戦していた。ノエルの目には、戦士達が若干押され気味に見えた。

 暗闇の中では戦士達の動きが鈍くなり、魔物側に利がある。一分いちぶの隙も無く連携した戦士ですら、魔物の強さとその数に、苦戦していた。


 ノエルは広範囲に作用できる呪文を選んで詠唱を始めた。ここは海の上だ、ということは、ここには「あれ」がたくさんある……


 ノエルの呪文に反応して、ごごごご、という海鳴りが聴こえてきた。


 海面が揺れ、水滴が無数の水の塊となって空中に浮かぶ。

 ぴたり、とその水滴が空中で静止した。


『・・・氷凍ブリザド!!』


 響き渡る声とともに、水滴が鋭い氷の矢となって船上に放たれた。

 四方八方から襲い掛かる氷の矢が、戦士達の頭上を掠めて魔物だけを貫いていく。

 いちおう味方に当たらないようにはしているのだが、屈強な戦士達は驚いて思わず身を屈めていた。



 ぼとり、ぼとり、と魔物の死骸が甲板に落ちる。

 やがて黒い灰に変わったそれは、さぁああっ、と風に散っていった。


「……っみんな、大丈夫?!」


 ノエルは寝巻ねまき姿のままカッツェ達の元に駆け寄った。


*

「今の、お前の魔導術か。敵の攻撃かと思ったぞ」

「ごめん、僕だけ出遅れちゃった」

「いえ、ノエル様がいなければ危ないところでした……」


 ようやく落ち着きを取り戻した船上で、ヴァイスが治癒魔法にとりかかっている。


「……もう、敵は襲って来ないかな?」


 ほっとすると同時に、再び強烈な眠気が襲ってきていた。ヴァイスに掛けてもらった白魔導術はまだ効いているようだ。


 魔導術の発動には高い集中力が必要だが、しっかり睡眠を取らないとその焦点がぼやけてしまう。もともと狙いを合わせるのが苦手なノエルにとって、毎日の睡眠は意外と重要だった。

 それを理解しているからこそ、ヴァイスはノエルにしっかり睡眠を取るよう念を押していた。


 眠そうに目をしばたいているノエルを見て、カッツェが頷いた。


「おう、助かった。しっかり寝るんだぞ。」


 ぽてぽてと船内に戻るノエルの背後では、薄桜色に染まる東の空が明るみはじめていた。

 長い長い船上の夜が、明けようとしていた――。



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◆登場人物コンビ紹介:ヴァイスとレイア…白黒エルフコンビ

 ホワイトエルフのヴァイスとダークエルフのレイア。白魔導師と戦士。見た目も特徴も、正反対の二人である。

 だが同じエルフ族同士、言葉を交わさずとも通じ合えるものがあるようだ。他のメンバーからは時々「カップルか」と茶化されている。ただしそう見えるだけで、残念ながら今のところ二人の間に恋愛感情はないようだ。


 〈巨人の谷〉で魔力の封印を解いて以降、レイアは土属性の魔導術が使えるようになった。魔導師の先輩として、ヴァイスがレイアに術の使い方を教えているようである。

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