最終決戦

第42話 バベルの塔と言葉たち

 一ヶ月に及ぶ旅の末。ついに一行は〈南の港町〉へと到着した。


 魔物の襲撃が最も頻発している〈南方諸島〉は、小さな島々が集まった国である。西大陸からこの南方諸島へと渡るためには、ここ大陸南端の港町から船に乗る必要があった。


 港町の酒場に赴くと、既に大勢の戦士が集まっていた。カッツェが各地から招集してきた猛者もさたちである。

 彼らはカッツェの戻りを待ちながら、南の海から襲ってくる魔物をこの街で食い止めてくれていたのだ。一部の守りの戦士を残し、先に南方諸島へと渡って魔物と戦っている戦士もいる。


 最後の防衛線として残っていた彼らも、これからカッツェと合流して魔物の巣窟〈竜の巣〉を目指すのだ。これは人類の命運を賭けた最後の作戦と言っても過言ではなかった。


*

 酒場に入ったノエル達は、どよめきとともに迎え入れられた。


「カッツェ! 待ちわびていたぞ!」

「おぉ、ついに北国の術師を連れて来ることができたのだな!」


 戦士達が口々にそう話しながら、カッツェのもとに駆け寄った。

 ノエルは「北国最強の術師」として、期待の目で見られていた。大勢の大人に囲まれて、思わず少し緊張する。


「それと……べっぴんさんまで一緒じゃないか!」

「ん? まさかこっちの子供も、連れて行くのか?」


 そう言われ、カッツェは少し困った目でちらりとカノアを振り返った。

 「べっぴんさん」と言われたのはレイアのことで、「子供」と言われたのはカノアのことだ。……実際は、ノエルも子供なのだが。


 大人達は、まさかカノアのような子供が付いてくるとは思っていなかったのだろう。迷子の子供を引き連れていたと思ったのか、口々に心配の声をあげている。


「……もちろんニャ! ここまで来たら、ボクも一緒に行くニャン!」


 いつのもカッツェを真似しているつもりなのか、どん、と胸を叩いてカノアが背筋を伸ばした。ここに一人で残るつもりはないらしい。

 ヴァイスが長身を少しかがめて、小柄なカノアの背中に触れた。


「この子は……意外としっかりしているんです。私と一緒に、病人や怪我人の手当てもできますし」


 ヴァイスの言う通り、カノアはこの旅でなかなかに役立っていた。戦闘にはほとんど混ざれないものの、補助サポート役として治療薬アイテムの作成や治療でその力を発揮している。もうすっかりパーティーの一員であり、今更置いていく気には誰もなれなかった。


「それに、みんなボクのことを子供子供って言うけど。獣人猫族はニンゲンの半分くらいの寿命しかない代わりに、成長も早いニャ。ボクは人間で言うと、14~16歳くらいニャン」

「えっ?! カノアって、僕より年上だったの?」

「人間で言うとそれくらい、って事ニャ。ノエルよりもずっと早く大人になるニャン♪」


 カノアの言葉を聞いて、彼女が最年少だと思い込んでいたノエルはショックを受けた。


 実際、彼女の実年齢は7歳程度だ。だが獣人族の寿命はヒト族の半分程度であり、その分成長スピードも早い。およそ10歳前後で成人してしまう。だから今のカノアの年齢は、人間でいうと14~16歳程度となるらしい。


 カノアが年少にも関わらず意外としっかりしたところも持っているのは、そういう理由か、とノエルは納得したのだった。


「……ところで。南方諸島の様子はどうだ?」


 故郷の地を案じるカッツェが、はやる気持ちを抑えて戦士達に訊ねた。


「魔物族からの防衛に手一杯で、〈竜の巣〉に近付くことすらできぬらしい。しかし、先に渡った戦士たちが魔物を食い止めてくれていなければ、今頃この港町も魔物に壊滅させられていただろう。お前が動いた判断は、正しかった」


 大人達は難しい顔をして、情報交換と作戦会議を始めていた。


*

 一夜明け――。


 港には、カッツェが各地で呼び掛け集めた戦士達が勢揃いしていた。先に南方諸国に渡った戦士達とも合流すれば、その数は30~40名ほどになる。人数が多すぎても船に乗り切れないからと、精鋭を集めた結果だった。


 今朝の海は波も穏やかで天候も悪くない。雲一つない青空に太陽が明るく輝いていた。ただし、遥か南の空には不気味な暗雲が立ち込めている。


 終結した戦士一行を乗せた大きな船は、魔物に襲われることもなく快調に滑り出した。そのまま南方諸島へと一路突き進む。


*

「……ニャニャっ?!」


 船のデッキに上がってぼんやりと遠くを眺めていたカノアが、何かを見つけて大声を出した。


「あっちに、すごく大きな建物が見えるニャ!」

「あれって……」

「〈ジッグ・ラート〉……別名〈バベルの塔〉ですね」

「バベルの塔、とは何だ?」


 カノアの指さす先には、遠く涅色にびいろの雲の下にそびえ立つ巨大な塔があった。レイアの問いかけに応じて、エルフ族に伝わる伝承をヴァイスが語る。


*

「太古の昔。創世主がお創りになった種族達は、ヒトから動物、精霊に至るまで、姿形は違えど、一つの同じ言語ことばを話していたそうです」


 ヴァイスの説明は続く。


――しかしある時、知恵を持ったヒト族が自らの力を試そうと考えた。彼らは他の種族も伴って天にも届く巨大な塔を造り、神に挑戦しようとした。


 統治者である創世主は、天より降りてその様子をご覧になると、

「塔の出来は、天晴あっぱれである。しかし”神を超えたい”というその考えは、おごりである」

 と仰い、生き物達の言葉と住処をバラバラにしてしまった。


 意思疎通ができなくなった種族達の間では、たちまち争いが起こり、塔を完成できなくなってしまった。


 そして塔は完成されることなく、あの姿のまま何千年も残っているのだという。

 地上に生きる生き物への、戒めめの証として――


*

「ちなみに今、私たちが呪文スペルを詠唱するときに使っている言葉は、古代から伝わるふるいエルフ語なのですが……。唯一、精霊が聴きとれる『響き』に近いのだと言われています」


 確かに、呪文スペルを唱えるときに使う言葉は、日常の言葉とは異なる。人間が獣の言葉を理解できないように、精霊には精霊の言葉で語り掛けなければ伝わらないのだ。


 同じように、昔は種族ごとに異なる言語を用いていた。人族とエルフ族、人族と獣人族など、種族が違えば、身振り手振りでしか意思疎通ができなかったのである。


 もっとも現在は、各地に散らばったヒト族によって、再び世界共通言語が制定されている。今ではエルフ族や獣人族の中でも、種族本来の言葉を使っている者はほとんどいないのだった。


「ニャっ! そういえば、ボクも動物と話すとき自然と獣族の言葉を使っていたニャ。ニンゲン達がどうしても獣達の言葉を聴きとれないのは、昔、言葉を分けられたのニャね。ずっと不思議だったニャ」

「呪文を唱えるときの言葉って、古代エルフ語だったのか。意味も知らずに丸暗記してたぜ……。どうりで発音しずらいと思った」

「そっかぁ、昔は精霊も僕達と同じ言葉を話していたなんて、なんだか不思議だなぁ……」

 

 ヴァイスの話を聞いて、各自がそれぞれに感想の述べる。驚いているカノアとカッツェ。そしてノエルは一人、感慨深く精霊の言葉に想いを馳せるのだった。

 口々に喋っている四人を横に見ながら、ヴァイスが声を掛けた。


「さぁ、もう南方諸島の島々が見えてきましたよ。たくさん島がありますが、どの島に降りるんですか?」

「うむ、このまま南方諸島の戦士達と合流したら、一気に最南端の島まで進もうと思う。あのバベルの塔の手前だ。……先の情報では、その塔の向こうに、ぽっかりと空いた巨大な空洞あな――〈竜の巣〉があるはずだ。そこから魔物達が次々と生まれ出ていると」

「あの、黒い雲が立ち込めているところ? ……うぅ、なんか怖いな」


 普段は滅多に臆することのないノエルだが、恐ろしい予感に身震いがした。

 重く広がる黒い雲からは禍々しいオーラが感じられ、とてつもなく嫌な予感がしていた。


「あそこに行くために、はるばる旅して来たんだ。今さら怯えても、戻れんぞ」

「わかってるよ! ……大丈夫。どんな強い魔物が出てきたって、絶対に倒してみせるよ」


 ノエルは決意を新たにして呟いた。

 その言葉は、自分自身を奮い立たせる意味も込められていた。


「おう、頼もしいな。……安心しろ。お前のことは、俺たちが守る」


 カッツェが、どん、と励ますようにノエルの背中を叩いた。

 一行を乗せた船は遥か南を目指し、蒼く透き通る海の上を進んで行くのだった。



========================

◆冒険図鑑 No.42: バベルの塔

 南の海に佇む、打ち捨てられた巨大な塔。かつて人間が神に挑戦し、神の裁きを受けたという歴史の遺産である。

 神の制裁により言葉を分けられて以降、人間は精霊の声を理解することができなくなった。それ以前は、人も精霊も等しく「真実の言葉」を使っていた。

 真実の言葉を失った人々の間には、「嘘」と「争い」が生まれた。魔物が生まれるようになったのも、この頃からであると言われている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る