第41話 その男、無双(?)
ノエルとヴァイスは円型闘技場の観客席にいた。選手として出場したカッツェを応援するためだ。
『さぁ~今月も始まりました、当街名物の闘技会!』
『今月は一体どんな熱いバトルが繰り広げられるのでしょうか?!』
「「うぉおおおおおお!! いいぞーーー!!」」
熱狂的な会場のボルテージを司会がさらに盛り上げる。
「うぅ、南部地方の人って熱狂的だね。カッツェ大丈夫かなぁ……」
「あれだけ豪語していたのですから、大丈夫でしょう……たぶん」
ノエルは会場の熱気に気圧されながら不安な声を上げた。静かな田舎だった〈北の村〉出身の彼にとって、このお祭り騒ぎはかなり刺激が強すぎた。
ヴァイスも隣の客に押されながら、いたた、と眼鏡をずり上げている。
『最初のエントリーは……【東の野獣・サンダーボルト選手】 VS 【炎の戦士・カッツェ選手】です!!』
*
「ふふふ……どこからでもかかってこい」
カッツェは自慢の
「ぐぉおおおおお!!」
対戦相手が巨大な棍棒を振り上げ、恐ろしい速さでそれを振り下ろした。繰り出されたその一撃には、重さと遠心力が加わっている。当たれば頭蓋骨ごと簡単に粉砕されてしまいそうな勢いだ。
「ふっ……甘いな!!」
スピードのあるその一撃を、カッツェは回転しながら難なく
「うごぉっ?!」
一瞬で背後を取られた相手が、意表を突かれてバランスを崩した。
その僅かな瞬間を見逃さず、背中から強烈な蹴りをお見舞いして追い打ちをかける。
ずざっ、と地面に突っ伏した相手の上にカッツェが乗り上がった。そのまますばやく相手の喉元を
「どうだ、ん? まだやるか?」
自分より大柄な男を相手に完全にマウントポジションを取ったカッツェは、勝利を確信して相手の耳元で囁いた。
「……っ!!」
息ができずに顔を真っ赤にした対戦相手は、ばんばんと地面を叩いて降参の合図を示した。
*
「「うぉおおおーー、いいぞーー! もっとやれーー!!」」
「「負けた方は何やってんだーー! ひっこめーー!!」」
あっけないほど一瞬の決着に、歓喜と悲鳴が怒号のように飛び交った。
「うわっ。カッツェって結構強いんだね。相手の人、大丈夫かなぁ」
ノエルは今回初めて、カッツェが対人戦で戦うところを目の当たりにしていた。一ヶ月かけて単身で大陸を縦断してきた男なのだから、カッツェの腕は確かなのだろう。当然と言えば当然の結果だった。ゆえにノエルは、カッツェへの称賛よりも相手の身を案じていた。
「あれ、そういえばレイアとカノアは?」
先程から女子二人の姿が見えないことに、ようやくノエルは気付いた。
*
『さぁ、盛り上がって参りました!』
『ここまで圧倒的無敗のカッツェ選手! 見事、一般男性部門を勝ち抜いて参りました!』
『ここからは”総合・無差別級マッチ”!』
『その名の通り各ブロックの優勝者が入り乱れ、より白熱した試合が展開されます! もちろん総合優勝の賞金は、桁違いです!』
「ふふふ……計算通り。このまま総合優勝してやるぜ!」
カッツェはぶんぶんと斧を振り回して、観客席にアピールした。
「カッツェ~、頑張れ~!」
ようやく会場の雰囲気に慣れて来たノエルも、観客席から手を振ってカッツェを応援している。
『さぁ、炎の戦士・カッツェ選手と次に戦うのは……』
『【黒き疾風・レイア選手】!!』
「……えっ?!」
『レイア選手は初参戦ながら、併設会場の一般女性部門を驚異のスピードで勝利して参りました!』
『まさに【黒き疾風】の名の通り!』
『果たしてカッツェ選手は、レイア選手のスピードを止められるのか?!』
「お、おい、嘘だろ……まさか」
相手ゲートから出て来た選手の姿を見て、カッツェの目に動揺が走った。
「……レイア! なんでお前がここに!」
「ちょっと、腕試ししてみたくなった」
形の良い唇をにこっと上げ、レイアがすっと姿勢を低くした。――戦闘開始の合図だ。両の手に握られた短刀が、きらりと鋭く光った。
「さぁ、行くぞっ……!」
「ちょ、待て待て、タイムーーー!!」
*
「あ~ぁ、負けちゃった」
「あれだけ勝てる勝てると豪語しておきながら……」
空の布袋を持って、ノエルは声に残念さを滲ませていた。ヴァイスは眼鏡を持ち上げながら、カッツェに冷たい視線を送っている。
結局、総合部門の第一戦目でレイアと当たったカッツェは、あっさりと彼女に降参してしまったのだ。女性に手は挙げられない……とは、彼の言い訳の弁だったが。
「いやいや……なんでレイアが出てるんだよ! 聞いてないぞ!」
レイアの峰打ちでやられた打撲を冷やしながら、カッツェが不服を申し立てている。それから手に持った薄っぺらな封筒を眺めて、がっくりとため息をついた。
「どうすんだよ、俺の一般部門優勝金だけじゃ、何の足しにもならんぞ……」
「あ、それなら大丈夫です」
それを見越していたかのようなヴァイスは、軽い口調で応じた。
*
「ただいまニャ~~♪」
機嫌の良い声を上げながら、カノアが控室に戻ってきた。その後ろにレイアも付いてきている。
「レイアの配当金、こんなに出たニャン♪」
「これ、優勝金だ」
カノアは、じゃん、と金貨のたくさん詰まった布袋を嬉しそうに掲げている。
レイアが差し出したのは、カッツェの持つそれより相当分厚い紙袋だった。
「あ、そうか。レイアが優勝すれば問題ない……って、あれ??」
「はい。あなたとレイアに、半分ずつ賭けておきました」
ヴァイスがあっさりとした口調で事実を告げた。
*
「理想は、カッツェとレイアが総合優勝と準優勝をすることだったのですが……。総合第一戦目で二人が当たってしまったのは残念でした」
「……」
「でもまぁ、必ず二人のどちらかが優勝すると踏んでいましたので。計算通りです」
「お、お前らなぁ。もっと俺を信用して……」
種明かしをするヴィアスに、カッツェが不満を申し立てる。が、
「カッツェ。あなた自分の賞金倍率、わかってますか?」
「へっ?」
「あなた、一ヶ月ほど前にここで優勝したでしょう。歴代チャンピオン一覧に名前が載っていましたよ」
「そ、そうだが……」
「そのおかげで、今回のあなたの賞金倍率は1.1倍。つまりあなたが優勝しても掛金はほとんど増えません。対して、レイアは初参戦なので倍率25.0倍。いわゆる大穴です」
「なにっ?!」
「……それって、初めからレイア一人に出てもらって、全額レイアに賭ければよかったんじゃない?」
「そうです。カッツェが先に登録して、控室に行ってしまうから……」
「うっ……そうか、しまった。前回はこの方法で大儲けできたが、倍率とは盲点だったぜ……」
「まったく。単に自分の強さを見せびらかしたかっただけでしょう」
ショックを受けるカッツェに、ヴァイスが呆れた声で溜息をつく。
「でもでも、これでお金が増えて良かったね!」
「そうニャン♪ お金持ちニャン♪」
大人達のやりとりをよそに、無邪気な最年少二人組は金貨でいっぱいになった袋を掲げ、小躍りして喜ぶのだった。
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◆冒険図鑑 No.41: 南の闘技場
この街では、毎月一回、闘技大会が催されている。バックには資産家がスポンサーとしてついており、優勝賞金はかなりの額になる。
街の名物として観光客からも人気が高く、闘技大会目当てに街を訪れる旅行客も多い。
ちなみにカッツェは、北部地方へ旅立つ前に、この街の闘技大会を利用して旅の資金を確保した。脳筋かつ
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