第40話 闘技場

 さて。大陸をはるばる縦断してきたノエル達は、カッツェが集めた戦士の待つ〈南の港町〉まで、あと一歩という地点まで来ていた。

 正確には、今いるのはその一つ手前の街である。


 ここは、南部サウス地方の中でも比較的栄えた街だった。

 石畳が敷かれた街並みの中に、沢山の荷物を乗せた馬車や荷車が盛んに行き交っている。東西南北から集まった冒険者や旅行者達が、買い物や情報収集に精を出していた。

 街の外では魔物が増えてきているが、この街の中ではそういった心配も忘れらるほど、賑やかだった。


*

「さて……。今日は皆に大事な話がある」


 ここは宿屋の一室。五人が集まり、テーブルを囲んでいた。


 カッツェが皆の顔を見渡しながら重々しく口を開く。

 ごくり、と固唾かたずをのんでノエル達は次の言葉を待った。


 どんっ、と重い音をさせて、カッツェが何かの袋を机の上に置いた。

 一体何事かと、四人の視線が注がれる。

 じゃららっ、と音を立てて、カッツェが袋の中身を出した。


「……?」


 四人が見つめた先には、銅貨の小さな山があった。


「見ての通り。かねが……ない!」

「!!!」


 四人は思わず目をぱちくりさせて、カッツェの顔を見た。

 カッツェの目は、真剣そのものだ。


*

「まずノエル!」

「えっ僕?!」

「お前は毎回毎回、炭酸ソーダ買い込み過ぎだ! あとお菓子も!」

「だ、だってソーダで割らないと、魔力回復薬ソーサリーポーション飲めないんだもん!」


 いきなりカッツェに名指しで指摘され、ノエルは魔導師として精一杯の異議を唱えた。ノエルにとって炭酸は、必需品なのだ。


「少しは大人になれ! あと、お菓子は要らんだろ!」

「は、はい……」


 しゅん、とノエルは反省した。

 確かにお菓子はただの嗜好品だ。バレないと思ってこっそり買いだめしていたのが、バレてしまったようだ。


「それからカノア!」

「ニャニャッ?!」

「お前は単純に食い過ぎ! いくら食費がかかってると思ってるんだ!」

「ニャ、ニャァ……」


 しょぼんと耳を垂らすカノア。

 慌てて、ヴァイスが二人を擁護する。


「ま、まぁ二人とも育ち盛りですし。そこは大目に見てあげて……」

 

 だがカッツェは、ヴァイスのこともキッと睨みつけた。


「ヴァイス、お前。この間こっそり高い魔導書を買っただろう! 俺の目は誤魔化せんぞ」

「うっ……南の地の珍しい魔術が載っていたので、つい……」


 珍しく、ヴァイスまでもがカッツェに叱られてしまった。


「それからレイアは……」

「?」

 レイアは真っすぐな目でカッツェを見つめている。

「……特に、無いな」

 無駄遣いとは無縁の彼女は、こくり、と無言で頷いた。


*

 カッツェが皆を見渡しながら話を続けた。


「さて、金が無いので稼がねばならん。このままでは、港町についても船を出せんからな」

「カッツェだって、毎晩酒場で飲んでるくせに……」

「なにっ? あれは立派な情報取集だぞ」

「まぁまぁ……。それで、どうしましょう? また私とカノアが治療をして、お礼を貰ってきましょうか?」


 今にも始まりそうないさかいを収めながら、ヴァイスが建設的な意見を述べた。ヴァイスやカノアがその気になれば、先日の村でしたように、病人や怪我人を治療してお礼に診療費を貰ってくることもできる。必要なら、カノアが薬を作って売ってみてもいい。もしくは、カッツェとレイアが獣を狩って、その素材を売りさばくか……。


 いずれにせよ、まとまったお金を準備するにはいささか時間が掛かりそうだった。


「ふむ。そこで、俺に考えがある」


 待ってましたとばかりに、カッツェがニヤリと不敵な笑みを見せた。


*

――翌日。


「……闘技場?」


 頑丈そうな石造りの大きな建物を見上げながら、ノエルは看板の文字を読み上げた。


「そうだ。今からこれを、お前らに託す」


 カッツェが、全所持金の入った袋をノエルに手渡した。彼は朝から入念に武器の手入れをしていた。


「そして……全額、俺に賭けろ!」

「えぇっ?!」


 驚くノエル達に、カッツェが説明を始めた。


「いいか? この闘技場で俺が優勝すれば、俺の優勝金と、お前らが俺に賭けた掛金、二重取りでがっぽがっぽだ!」

「がっぽがっぽニャ?!」


 ぴょん、と両手を上げてカノアが喜ぶ。彼女はいつだって無邪気だ。

 だがヴァイスが、慌てて口を挟んだ。賭け事などしたことのない彼は、カッツェの無謀な計画を心配している。


「ちょ、ちょっと。それはリスクが高すぎませんか? もしもあなたが途中で負けでもしたら、両方ともパーですよ」

「なにっ? お前は俺の強さを見くびっているのか? まぁ、任せておけ」


 どん、と拳で胸を叩くと、カッツェは自信満々で選手受付エントリーへと向かってしまった。


「ど、どうしよう、ヴァイス……」

「うーん、困りましたね……」


 取り残されて不安なノエルは、隣のヴァイスを見上げる。

 だがヴァイスも心配そうな面持で、カッツェの背中を見送っている。


「……」

「ニャ?」


 何かに気付いた様子のレイアは、一人、無言で壁の看板を見つめていた。



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◆登場人物コンビ紹介:カッツェとヴァイス…大人の男は辛いよコンビ・保護者コンビ。

 パーティーを引っ張る成人男性二人のコンビ。今後の予定や旅の行程などは、主にこの二人が計画を立てて決めている。何かあれば未成年組の保護者にもならなければならない、責任ある立場である。


 ちなみに戦闘面で言うと、前衛のカッツェと後方支援のヴァイスで、悪くはない組み合わせである。ただし二人とも、男二人だけでパーティーを組むつもりはさらさらないようだ。

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