第39話 精霊を継承せし者

 酒場の片隅で偶然出会った中年の魔導師と、ノエルは言葉を交わしていた。


「老師様は、お元気ですかな?」

「お爺ちゃん? 元気だよ! 最近は、腰が痛いって嘆いてた!」


 屈託なく笑いながら、ノエルはそう答えた。

 「老師様」というのは、北の村でノエルを育ててくれた老人のことだ。ノエルは親しみを込めて「お爺ちゃん」と呼んでいるが、血のつながった祖父ではない。老師はノエルの住んでいた〈北の村〉の長老であり、ノエルとその両親の魔導師匠でもあった。


*

 ノエルの両親は、ノエルが二歳の時に亡くなっていた。

 その年に、北の地で巨人オーク族とヒト族との大きな争いが起こり、北の村がオーク族に襲撃されたのだ。

 ノエルの両親は村と老師を守るために、まだ幼かったノエルを老師に預け、たった二人でオーク族に立ち向かったのだと聞いている。


 二人は、強力な力をもつ魔導師だった。

 オークとの闘いで命を落とし、帰らぬ人となってしまったが、亡くなる寸前に自分達のもつ精霊の力を全てノエルへと託していた。

 だから、いまノエルが契約している精霊達は全て両親から引き継いだ精霊なのだ。――実は、ノエルの魔力の強さの秘密はそこにあった。


 通常、魔導師は幼少期に自分の精霊を選んで契約を結び、その精霊とともに成長していく。術者が魔力を消費すると、それが精霊の糧となって精霊はより強く大きく成長するのだ。


 だがノエルの場合、最初から両親の成長しきった精霊を受け継いだ。それも、二人分の精霊を一人で受け継いでいる。つまりノエルが本来持っている魔力のキャパシティを超えて、強い精霊が契約してくれているのだ。


 ノエルの精霊達は、ノエルの両親とその息子ノエルのことを認識していて、他の精霊よりも従順に協力してくれている。だが、やはりうっかりするとノエルの魔力量を超えて、エネルギーを吸い取られてしまうこともあった。ノエルが強力な魔導術を使える反面、魔力の制御を苦手としているのは、そういった理由があった。


 ノエルはそれらの事情を、幸とも不幸とも捉えず、あるがままに受け止めていた。

 彼は人よりも強力な魔法が使える、だが両親はいない。その逆も然り。ノエルには両親がいない、だが人より強い魔法が使える。どちらを良い・悪いと捉えるかは、ただの考え方次第だ。


 ノエルはいずれ、両親から受け継いだ自分の精霊を完璧に使役できるようになるつもりでいる。そして両親が残してくれた精霊に感謝もしていた。


 精霊達は、時々ノエルに映像ビジョンを届けてくれることがあった。それは精霊がノエルの両親と一緒にいた時の記憶だ。

 記憶はおぼろげで、形も色も音も、はっきりとはわからない。だがその映像を感じながら、ノエルはいつもそばに両親の気配を感じることができていた。


(記憶はなくても、お父さんとお母さんは僕と一緒にいてくれる。僕の精霊を通して――)


 それがわかっているから、ノエルが不安になることはない。

 精霊達が。その向こう側にいる父と母の残した愛情が、ノエルを守ってくれていると、信じているからだ。


*

 ぼんやりと色々なことを考えながら、中年魔導師と北の村の思い出話をしていると、カッツェが声を掛けてきた。


「お~い、子供はもう寝る時間だぞ。部屋うえに上がれ」

「おぉ。これは失礼いたしました。ノエル様、それではわたくしは、ここで失礼いたします……」


 中年魔導師が恐縮して謝った。

 どうやら、お喋りはここでお開きにしなければならないようだ。


「ちぇ~。カッツェはまだ飲むんでしょ、ずるい!」

「なに? と言え!」

「おじさん、楽しかったよ! またね!」


 ノエルは魔導師に手を振って、先に部屋へと戻るのだった。



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◆冒険図鑑 No.39: 巨人オーク戦争

 およそ10年前に繰り広げられた、巨人族オークヒト族との熾烈な争いを巨人戦争と呼ぶ。

 きっかけは些細なことだったと言われているが、その戦争で命を落とした者は数えきれない。結局、双方ともに痛み分けとなり、以降は北部地方の住民が〈巨人の谷〉に近付くことも滅多になくなった。

 ノエルの両親の物語は、いずれ別の機会に語られる……かもしれない。

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