第37話 踊る妖精

 川の上流での調査を終えたノエル達は、昼過ぎ頃に村に戻った。


 宿にいた女将をヴァイスが見つけて、呼び止めている。何やら真剣な表情で、何事かを女将に依頼しているようだ。


「女将殿、少しお話が――」

「えっ、あれを――?」

「はい、やってみてもらえませんか」


 話を聞いた女将は驚いた顔をするが、ヴァイスはさらに念を押して頼んだ。


「なんだなんだ?」

「何ニャ?」

「まぁ、見てて」


 少し離れたところで見ていたカッツェとカノアは、しきりと不思議がっている。

 ノエルは、ヴァイスならば大丈夫、と信頼して任せていた。

 精霊の言葉や思念イメージを聴き取るのは、ノエルよりもヴァイスの方がずっと得意だ。ヴァイスが精霊から何かのヒントをもらったのならば、それに委ねるのが一番なのだ、ということを彼は心得ていた。


*

 夕刻。村の広場には女性達が集まっていた。

 女将も村の民族衣装を着て、その中に混ざっている。

 若い娘たちがひらひらと風になびく美しい布を身にまとって、広場の中央に円を描いてひざまずいた。


 鉱山での仕事を終えた村の男たちも、何が始まるのだ、と広場の周りに集まって来る。


 西の山々に緋色ひいろの太陽が沈みかけ、東の藍紫あいむらさき色の空で星が瞬き始めたとき。ヴァイスが女将に合図を出した。


「……お願いします」


 それまで静かにひざまずいて娘たちが、ふわっと布をなびかせて舞い始める。

 その後ろに立つ妙齢の女性たちが、山々に響き渡る美しい声で歌い始めた。


「……おぉ」

「この村の、伝統的な歌と踊りだそうです」


 よく揃った女達の声が宙に拡がり、美しいハーモニーを奏で上げる。

 流れてくるその旋律に、カッツェが思わず称賛の声を上げた。

 ヴァイスも目を細め、音色に耳を委ねている。


 歌の余韻が村から山へと響き拡がるにつれ。村の外、流れる用水路、街中の気配が、変わっていく。


「……あ、精霊たちが」

「えぇ、戻って来てくれたようですね」


 精霊達が、町に戻ってきたくれたのだ。それを感じ取って、ヴァイスもほっと安堵の表情を見せた。


 やがて、歌が明るい調子に転じた。

 笛や鳴り物が入り、輪舞曲ロンドへと転調する。

 男達にも笑顔が戻り、輪に交ざって踊り始めた。


「楽しそう! 僕達も行こうよ!」

「ニャっ♪」


 楽しそうな様子にノエルもうずうずとして、カノアを誘って輪に混ざった。


 運動音痴のノエルは、上手く周りの踊りに合わせられずギクシャクとしたヘンテコな動きになっている。それでも十分楽しんでいた。

 カノアは運動神経は良いものの、リズム感が無いようだ。ノエルの周りをぴょこぴょこと跳ねまわっているだけだが、その様子は猫がじゃれているようで微笑ましい。


「ははっ」


 その様子を見ていた大人達からも、思わず笑みが零れた。


*

 村人たちの素晴らしい歌と踊りから一夜明け。

 カッツェが昨日の不思議についてヴァイスに尋ねていた。


「……なるほど。あのうたで精霊を呼び戻したってことか?」

「えぇ、そういうことです」


 ヴァイスは、精霊から伝えられたイメージを話してくれた。


――もともと、この村と山を守る精霊達は、歌と踊りが大好きだった。

 この村では昔から、娘達が毎朝元気に歌いながら川で洗濯をするのが日常だった。

 しかし、数年前に男達が鉱山で忙しく働き始めるようになってから、この村の伝統的な歌と踊りの機会がめっきり減ってしまった――


 そのことに精霊達はねてこの村を去り、村に病人が増え出した。

 悲しみに暮れた村の女達は、さらに歌を自粛するようになってしまった。

 そして精霊がどんどんとこの村から離れ、ついにはあのような状態に……


「女性が病気にかからなかったのは、また歌を唄ってほしかったからかもね」

「それは言ってもらわなきゃ、わからんだろう……」

「精霊も自分達の声を何とかして伝えようと、頑張ってるんだよ。人間も精霊も、悪気があった訳じゃないんだよね」


 事の顛末てんまつを聞いたカッツェは、村人に同情的だ。村人もカッツェと同じく精霊の声が聴こえないから、気持ちがわかるのだろう。


 だが精霊の気持ちもわかるノエルは、肩をすくめながら考える。

 ノエル達魔導師は、精霊の姿を「視て」、声を「聴く」ことができる。だがそれは、例えば風の音を聴いて明日の天気を予想したり、波の動きを見て嵐の到来を予想するように、ひどく曖昧で言葉や五感では表しずらいものなのだ。人と精霊は、はっきりとした意思疎通の手段を持たない。


 そのもどかしさは精霊達にとっても同じことだった。精霊はノエル達のような「視える者」に対してイメージを送って来てくれることがあるが、魔導特性のない「視えない者」は精霊の言葉を受け取ることができない。

 だから精霊が「こうしてほしい」と願っても、人間達には伝わらないのだ。そしてときどき、今回のような悲しいすれ違いが生まれてしまう。


 精霊は本来、悪意を持って人や自然に悪さをするようなものではない。だが、たった一つのボタンの掛け違いからこんなにも悲しい病を引き起こしてしまった。

 たまたまヴァイスが気付いて原因を解明しなかったら、もっと悲惨なことになっていただろう。思いがけずこの小さな村に通りかかったことで、失わなくても良いいくつもの命を救えたことに、ノエルはほっとしていた。


「何はともあれ……。原因がわかって良かったです。もう少しこの村に留まって病床の方を治療したら、先に進みましょう」


 すっかり名医(?)として村人から崇め奉られるようになったヴァイスは、カノアとともに村人の診療に廻りに向かうのだった。



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◆冒険図鑑 No.37: 精霊と病気

 ふるくから、エルフ族の間では精霊の力と病気には密接な関係があると信じられてきた。実際、それは間違いではない。

 精霊とはエネルギーそのものである。そしてその精霊は意思をもっていて、時々気まぐれにどこかに飛んで行ってしまう。そうして精霊のエネルギーが減った土地では、人々が体内に魔素を補充できなくなり、体が弱ってしまうのだ。

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