第31話 天使の翼

 巨人オークの谷を救うため、「大鳥ガルーアに乗って大鳥ガルーアを追い払う」というなんとも奇妙奇天烈きてれつな策を編み出した一行。

 実行するには、いくつかの問題を解決する必要があった。


*

 オーク達も交えて、何度も議論を重ねる。結果、最終的にカノアの提案した作戦は実行されることとなった。


 若いオーク達が各地へと走り、カノアの指示通りに薬の材料を集めてくる。

 オークはあまり賢くなく野蛮な一族ではあるが、自分達の利害と一致すれば協力的だった。そもそも谷が枯れて困っているのはオーク達なのだから、彼らにも協力してもらわなければ困るのだ。


 カノアがオークの頭上で指揮し、オーク達が巨大な釜で薬を作る。その間に、ノエル達もできうる限りの準備をした。


*

 谷に住むオーク達を総動員して、およそ一日がかりの準備の結果。ついに全ての準備は整った。


 作戦は、夕闇とともに開始された。


 ガルーアは、毎日夕刻になると西の山脈の巣へと戻っていく。その時にちょうど巨人の谷の上を通るのだ。絶壁に囲まれた谷の中では風が安定しているから、彼らにとって格好の通路のようだった。

 カノアは、そこに目を付けた。


 カッツェが巨人の谷の淵に立ち、ぎりぎりと弓を引き絞った。その狙いは、谷のやや上空を舞うガルーアにぴたりと定められている。

 カッツェが構える矢羽の部分には、レイアがエルフの技で固く編んだつたのロープがくくりつけられていた。ロープのもう一方の先は、カノアの腰にしっかりと巻き付けられている。


「行くぞ!!」


 カッツェが合図を送った。

 すぐ傍らで待機していたノエルとヴァイスは、飛翔と身体強化の魔導術を発動させ、カノアを最大限に保護する。

 レイアは胸の前できつく両手を握りしめ、心配そうに見守っていた。


「――行けっ!!」


 谷の上空を飛ぶ一羽のガルーアに向け、矢を放った。

 矢は綺麗な放物線を描き、寸分の狂い無くガルーアの首元へと到達する。

 わずかにガルーアの首を通り過ぎた矢がちょうどおもりとなり、そのままぐるぐると首にロープが巻き付いた。


 しゅるしゅる、とロープが伸び、ぴん、と張り詰めた瞬間。

 助走をつけたカノアが、しなやかな猫を彷彿とさせる身のこなしで、地面を蹴った。


「ニャーー!」


 遥か眼下に谷底を見下ろしながら、思い切り跳躍する。

 まるで振り子のように、物凄い速度でロープに引っ張られながらカノアが落下していく。

 ガルーアの首から垂れ下がるロープ。そこにカノアはしがみついていた。


*

『ギャ―――ギャギャギャッッ!!!』


 突然首に掛かったロープに、ガルーアが驚いてばさばさと暴れる。

 下にぶら下がったカノアは、ロープごと振り回されていた。


 ノエルのかけた飛翔の術によって、彼女の体重は羽のように軽くなっている。しばらく暴れていたガルーアは、違和感に慣れたのか、やがて落ち着きを取り戻した。そのまま速度を落とさず、西の巣を目指して飛び始める。


 ノエル達は早馬に乗り、カノアとガルーアを地上から追っていた。


*

 ガルーアが落ち着いたのを見て、カノアは動き始めた。

 じり、じりと慎重にロープを登り、ガルーアの首を目指す。


 下を見れば、巨大な谷が口を開けていた。

 ガルーアは谷の裂け目に沿って飛んでいる。谷底からの高さは小高い山ほどの高低差だ。

 もし保護魔導なしに生身で谷底に落ちれば、カノアの小さな体などぺしゃんこになってしまうだろう。


 カノアは震える手でロープを握りしめ、真っすぐガルーアの体だけを見据えた。毒々しいほどに色鮮やかな翼の下に、黒檀色の巨大な爪が見える。あそこまで登れば、ガルーアの体につかまることができる……。


 もともと獣人猫族ケットシーは、木登りが得意だ。だからロープを登ること自体は苦ではなかった。……ただし、そのロープが強風で大きく揺れているとなれば、話は別だ。


 何度も強風に煽られながら、ついにガルーアの体に触れられそうな位置まで近付いた。

 目の前に、ガルーアの節くれだった黄色い二本の鳥脚と、黒曜石でできたような鋭い鉤爪が見える。ガルーアの体からは、卵が腐ったような強烈な匂いが漂ってきていた。ガルーアの方が風上にいるので、カノアの存在には気付いていないようだ。


*

 さて、一番の問題はここからだ――。

 カノアはロープに掴まったまま、動きを止めた。


 どうやってガルーアの背に飛び乗ろうか?

 脚にしがみ付いてから背中によじ登ろうかとも思ったが、途中でガルーアが気付いて暴れる危険がある。

 もしも振り落とされてしまったら――ノエルとヴァイスの魔導術でカノアの体を支えきれるかどうかは、五分五分の賭けだった。


 ガルーアの巣に着くまで、このまま大人しくロープに掴まって待った方がいいのだろうか――?

 カノアは空中でガルーアの巨体を見据えつつ、じっと考えていた。


 ふと下を振り返れば、馬に乗って谷の淵を駆けるノエル達の姿が見えた。地上から、カノアの乗るガルーアを追っているのだ。


 飛翔の魔導術のおかげで、今のカノアはほとんど体重を感じないほどの軽さになっている。

 ふわふわと綿毛が空に浮かぶように、このままロープに掴まっていることは難しくない。だがその術もいつまで持つかはわからなかった。


 ノエルは、術者との距離が離れるほど呪文の効果が薄れてしまうと言っていた。距離が離れると、術の焦点を正確に対象に絞ることが難しくなるらしい。

 いつ効果が切れても大丈夫なように、早めにガルーアの背に飛び乗っておきたい――。


*

 そのとき、ふいにガルーアが下降を始めた。

 羽ばたきを止め、斜め前方に向かって宙を滑空し始める。

 気が付けば、西の山に近付いていた。ガルーアの巣はすぐそばだ。


 ガルーアが下向きに態勢を変えたその瞬間。

 ふわりとロープがたわんで、カノアの位置がガルーアよりも高くなった。


 その一瞬を、彼女は逃さなかった。

 ぐんっ、と思い切りロープを引っ張り、同時に身体を空中で前方に半回転する。


 ガルーがはまだ下降を続けている。

 その背中は真っすぐに伸ばされ、毒々しい色の翼も左右に大きく拡げられている。――チャンスは今しかない。


 くるん、と空中で体を回転させ……そのまま、すとん、とガルーアの背中に降り立った。


*

「……やった!!」


 ノエルが額の汗を拳で拭いながら、喜びの声を上げた。彼はずっと地上から風の精霊の加護を唱えていた。


 誰もが案じていた「ガルーアに乗る」という危険な大技を、カノアは見事にやってのけた。

 だがまだ安心はできない。ノエルの隣を馬で駆けるヴァイスは、万一に備えて白魔導の障壁を唱え続けていた。


 これから一番の大仕事を、カノアは遂行しなければならない――



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◆冒険図鑑 No.31: 七大元素

 精霊には、大きく七つの属性がある。【火・水・雷・風・土・光・闇】――いわゆる七大属性と呼ばれるものだ。


 火と水は、互いに弱点(火⇔水)

 光と闇も、互いに弱点(光⇔闇)

 雷・風・土は、三つ巴の関係である(雷⇒風⇒土⇒雷…、雷は風に強く、風は土に強い、土は雷に強い)。

 

 この基本属性の他にも、植物に宿る木の精霊や、鉱石好きな金の精霊、時や空間を操る精霊――など、この世界には様々な種類の精霊が存在している。

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