第30話 砂漠に雨を降らせよ
ノエルとヴァイスは静かに目を瞑り、巨人の谷に棲む大地の精霊の声を聴き始めた。
――西の山に、
それが、彼らの得た答えだった。この地に棲む精霊達もまた、荒れ果ててしまった大地の姿を嘆いていた。
谷底から見た、ガルーアの姿を思い出す。
確かに、ガルーアは西の山に向かって飛んでいた。ガルーアの異常繁殖が、まさかこんなところにまで影響しているとは……。
ノエルは考える。
彼とヴァイス、二人の魔導師が協力して、水・風・大地の精霊の力を集めれば、一時的に谷に雨を降らせることはできるだろう。
しかし、この乾いた大地で雨を降らせても、すぐに蒸発してしまう。一時
「困ったな……」
最強術師の名を誇るノエルだが、今回ばかりは魔導術だけでは限界がありそうだ。腕を組んで困り果てる。この問題は、思ったより厄介だ。
『この谷に水を引くことができないのなら、お前たちを通すことはできぬ』
『その女を生贄として、置いていけ』
「そんなことしても意味ないってば! 分からず屋だなぁ!!」
「……おい、あまりオークを怒らせるな。奴らは短気なんだぞ」
オークの言葉に憤慨したノエルが怒鳴り返す。カッツェが隣から心配そうに小声で耳打ちした。
◆
「僕たちが西の山までガルーアを退治しに行く? ガルーアは火に弱いから、炎魔導で燃やせば、何とかなるかも」
「どれぐらいで倒せるんだ?」
「山一つの規模ですから……。一日から数日は、かかるかもしれません」
「……待て。安易に山に火を放てば、森にまで燃え広がる危険があるのではないか?」
「それは大変ニャ!
五人は固まって、あぁでもないこうでもないと話し合う。
痺れを切らしたのか、オークの長老の貧乏揺すりが地震のように大きくなってきた。
ついにレイアが、覚悟を決めたように口を開いた。
「オークの言う通り、私を置いてお前達が先に行け。私一人なら、隙を見て逃げ出せると思う。もし逃げられなかったとしても……その時は、その時だ」
「絶対ダメ!!」「ニャ!」「です」「うむ」
全員が一斉に反対した。
彼女の言葉は、自分自身の死を覚悟しているという意味に他ならない。こんな場所で、オークのためなどに、軽々しく彼女の命を賭けさせる訳にはいかない。その点において、全員の意見は一致していた。
「お前が無事に逃げ出せたとしても、怒ったオークが追って来たらどうする。オークは、かかされた恥は一生忘れずに復讐すると言うぞ」
カッツェがレイアを諭す。本当か嘘かはわからないが、レイアを押し留めるための言葉だ。
そのとき、それまで考え込んでいたカノアが、突然ぽんと両手を叩いた。どうやら名案が浮かんだようだ。
「……ひらめいたニャ!」
「カノア、どうしたの?」
「師匠に教えてもらった、ガルーアの嫌いな匂いの秘薬があるニャ!」
「秘薬……?」
「それを大量に作って空から
「そ、空から撒くってどういうこと?」
ノエルは驚いたが、カノアは完璧な作戦とばかりに自身満々で胸を張っている。
獣や魔物除けの御香があるのだから、ガルーア除けの薬というのも存在するのだろう。だが、それを撒くというのは、どういうことだろうか。
少なくとも、ガルーアの巣より高くまで薬を運ばなければいけないような気がするが……。
「ボクが行くニャ!」
「カノアが?」
「ボク達ケットシーは、動物を乗りこなすのが得意なのニャ。ガルーアに乗って撒いてくるニャ!」
「ガルーアに乗る?! そんなの危ないよ!」
「そうです。もしガルーアに襲われたり、落ちたりでもしたら……」
「大丈夫ニャ。獣に言うことを聞かせる薬もあるニャ。それをボクが全身に被っておけば、襲われることはまずないニャ」
「で、でも……」
「平和的に解決するには、これしか方法はないニャ!」
見た目とは裏腹に、カノアは意外と知的な様子で熱弁している。彼女はノエルより幼いにも関わらず、感心するほど様々な知識を持っている。それに、言ったことを実行するだけの勇気もあった。
「ただ……。問題は、どうやって最初のガルーアに乗るかだニャ」
……どうやら自信満々のカノアの提案にも、まだ大きな問題が立ちはだかっているようだ。
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◆冒険図鑑 No.30: 巨人の谷
〈巨人の谷〉はかつて緑にあふれ、川には豊かな水が流れていた。100年かけてやっと2cmという、人間の寿命からではおよびもつかないような圧倒的なスケールの時間をかけて、少しずつ川底が削られていき、現在の姿になったと言われている。
それから幾万年もの時を経て。産業の発達と同時に、資源を求めた人類の手によって、谷は少しずつ荒れていった。今では資源も採りつくされ、巨人族が縄張りを主張して闊歩しているだけの、寂れた地帯となってしまっている。
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