第28話 通行許可証

 カノアをパーティーに加え、獣人村を出たノエル達。

 〈暗き森〉に詳しいカノアとレイアの二人が道案内をしてくれたおかげで、それから二日とかからずに森を抜けることができた。


 暗き森を抜ければ、そこからはしばらく平野が続く。このまま歩いて行けば、馬車が通るような整備された道にも出られるだろう。森の中と違って、魔物や野生の獣に襲われる心配も少なそうだ。

  ◆


 ひらけた道沿いに歩いて行くと、小さな関所に行き当たった。

 舗装された道の両隣に、黒い熊毛帽を被った憲兵が立っているのだ。


 どうやら〈暗き森〉から時々出てくる密猟者などを取り締まっているようだ。

 道行く人々は、何やら紙のようなものを見せるだけで、ほとんどチェックも受けずに通り抜けていく。それほど厳しい関所ではないようだった。


 当然、ノエル達もそのまま通り過ぎようとした。

 ……が、憲兵に呼び止められてしまった。


「おい、そこのお前、止まれ」

「お前たちどこから来た者だ? 通行許可証は持っているのか?」


 いかつい顔をした憲兵が、腕組みをして先頭にいたカッツェをじろじろと眺めている。


「おっと……しまった。見つかったか」

「もしかして……持ってないの? 通行許可証」


 小声で呟くカッツェに、ノエルは驚いた。

 カッツェは南部サウス地方から北部ノース地方まで旅をしてきたと言っていた。当然、この関所も通ったはずだから、通行許可証も持っているものだと思っていたのだ。


 もしかして、許可証なしに越境してきたのだろうか? とすると、今のノエル達は、かなり不審な一団になってしまう。なにしろ、成人男性・少年・ホワイトエルフ・ダークエルフ・獣人猫族の少女……という異例のパーティーだ。


 不安な面持ちでカッツェを見上げていると、

「まぁ、任せておけ」

 と彼は自信ありげな顏をノエルに向けた。


「俺はカッツェという者だ。すまんが重要な案件で先を急いでいる。近衛兵団の××という者はいるか? 取次ぎを頼みたい」


 堂々と名乗るその態度に、憲兵がいぶかしんだ顔をする。


「なぜ、近衛兵長の名前を……?」

「旧友、みたいなものだ。名前を伝えてくれればわかるはずだ」


 憲兵はしばらく思案してカッツェと後ろにいるノエル達を見比べていたが、やがて仕方なさそうに憲兵の一人が動いた。カッツェの言う通り、伝言を伝えるために奥の建物内へ入って行ったようだ。

  ◆


 やがて、憲兵に連れられて恰幅かっぷくの良い男が現れた。

 その男が、カッツェの姿を見るなり相好を崩して片手を挙げた。


「おぉ、久しぶりじゃないか! カッツェよ」


 男の言葉に、その場にいた全員が驚いてカッツェを見つめた。

 男が着ているのは、仕立ての良さそうな紺色の軍服。その襟元には多数の勲章が光っていた。人の良さそうな男だが、かなり地位のある者であることは間違いない。


「おぉ。実はちょっと困りごとがあってな……」

 カッツェはそう言いながら恰幅の良い男に近付いた。何やらゴニョゴニョと耳打ちしている。

「うむ。承知した」

 何事かを話し終えると、恰幅の良い男が憲兵達に向かって命令を発した。


「この者達は、南の国からの依頼を受けた使者ししゃじゃ。すぐに道を通すように」

「……はっ! 仰せの通りに」


 憲兵達が一斉に敬礼し、ノエル達を丁重に関所に通した。やはり、男は憲兵達の上官だったようだ。


「助かった、礼を言うぞ」

「構わん。また何かあったらいつでも言うが良い」


 無事に関所を通り抜け、カッツェが男の方を振り返りって挨拶代わりの右手を挙げた。恰幅の良い男も、笑顔で手を振って見送ってくれていた。

  ◆


 憲兵が見えなくなるところまで歩いて、ノエルは興奮気味にカッツェに話しかけた。


「凄いね! カッツェはあの偉いおじさんと知り合いなの?」

「……知り合い、というか。先日たまたま一緒に酒場で酒を飲んだだけなんだがな」

「えっ? それだけで、よく僕たちのことまで通してくれたね?」

「ま、これのお陰だな」

「何それ?」


 カッツェが腰から下げていた小さな酒樽を持ち上げた。見たことのない独特な形のそれに、ノエルは興味をそそられる。丸が二つ繋がった、雪だるまのような形……瓢箪ひょうたんというものらしい。


小人族ドワーフ秘伝の地酒だ。貰い物だが。一度飲むと、誰でも病みつきになるらしい」


 口の端を上げ、ニヤリとカッツェが笑う。

 どうやら彼は、南部地方から北部地方までの旅の途中、数々の関所をこので潜り抜けてきたらしい。

 つまり、その街の兵士と酒を飲み交わし、仲良くなって色々と便宜を図ってもらうのだ。いわゆる伝手コネというやつだ。


「お酒が……通行許可証か。大人って、しょーもないね」


 まさか、お酒一つで関所を通り抜けるとは……。ちょっとズボラな大人の世界の裏事情に、ノエルは関心したとも呆れたともつかないため息をつくのだった。



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◆冒険図鑑 No.28: 小人族ドワーフの地酒

 小人族ドワーフは鍛冶が得意なだけでなく、お酒が大好物である。長年の研究の末に彼らが生み出した地酒は、他に類を見ない至高の逸品であると言われている。

 その生産量は決して多くなく、一部の王族や貴族たちがこぞって買い占めてしまうため、流通量が極端に少ない。それが「幻の逸品」と呼ばれる所以ゆえんである。

 その製造方法は極秘であるが、毎年決まった時期に出荷されている。毎年「○○年に一度の出来」とファンが褒め称えているので、きっと毎年最高の出来ということなのだろう。

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