第25話 白い肌と黒い肌

「まぁ、確かに最低ですが。間違えてしまったものは仕方がありません。以後、デリカシーのない言動はつつしんでくださいね」

「すまん……」


 冷たい川の水で顔を洗いながら、ヴァイスがカッツェをたしなめている。

 いつも掛けている眼鏡は外し、きちんと畳まれた服とともに川べりにおいてある。その脇には、適当に脱ぎ捨てられたノエルの服と、これまた乱暴に放り投げられたであろうカッツェの鎧。カッツェのアンダーシャツやズボンは、木の枝に掛けられている……もとい、いる。


 ヴァイスに指摘されるまでもなく、先ほどの思わぬ失態にカッツェはしょげていた。カノアを男の子と間違えてしまったことだ。


「あははっ、カッツェはしょうがないな~」


 ばしゃばしゃと水を撒き散らしながら、ノエルはあっけらかんと笑い飛ばした。

 次いで、泳ぐようにしてカッツェの傍に近付く。


「ところで、カッツェは凄く日に焼けてるよね。さすが南国出身って感じ」


 上着を脱ぎ捨てたカッツェの背中は、筋肉で盛り上がっている。鎧の上からでも筋骨隆々なのはわかっていたが、実際に明るい場所で見るとより一層それが際立っていた。真っ黒に日焼けしたその肌は、太い木の幹のように堂々としている。


 ノエルはぺたんとした自分の体と見比べて、悲しい溜息をついた。

 北国は日照時間が短いから、色白なのは仕方がないとしても。こんなにひょろひょろでは、周りから軟弱そうに思われているのではないだろうか……実際、その通りではあるのだが。


 ノエルは鍛えても筋肉が付き辛い体質のようで、小さな頃はよく女の子と間違えられていた。今の身軽な体型も嫌いではないが、カッツェのように強くたくましい体つきの男になりたい、と心ひそかに憧れるのだった。


「これぐらい普通だろ。お前らが色白すぎるんだよ……特に、ヴァイス」

「我々ホワイトエルフはヒト族と違ってメラニン色素が少ないので、日に焼けないのですよ」

「……え? でも同じエルフのレイアは、黒い肌だろう」

「彼女は ダークエルフでm私達 ホワイトエルフとは少し違うのです。……日に焼けている訳ではありませんよ」

「失礼ついでに聞くが、どう違うんだ?」


 カッツェの問いに、二つの種族の違いについてヴァイスが真面目に説明を始めた。

 ノエルは飽きて来たので、ぷかぷかと水に浮かんでみたり、川に潜ったりしていた。冷たい水も、慣れれば案外平気なものだ。


 *

「ホワイトエルフとダークエルフは今でこそ別の種族に分かれていますが、元々は同じ森の中で暮らす一つの種族だったと言われています」


 ヴァイスの説明は静かに続く。

 エルフ族はもともと〈森の民〉として生まれた。太陽の光や、森の空気。清らかな水と、精霊達のエネルギー。それらをかてとしていたのが、古代エルフ族だった。


 しかし過去の天変地位や文明の発展により、森の自然が失われていったとき。エルフの住処すみかもまた少なくなっていった。このままでは森のエルフ族が行き場を失ってしまう……決断を迫られた彼らは、二つの派閥へと分かれた。


 一つは、太古から続く生活を変えず、森とともに生きることを選んだ者たち。文明や他種族との交流を避け、森の奥深くへとこもる道。彼らはやがて、ホワイトエルフの祖先となった。


 一方、厳しい環境の変化に適応し―—いや、自ら適応させ、と言った方が良いだろうか―—別の道を選んだ者たちもいた。大地の力と、闇影のエネルギー。月の光と、生物から生まれる生命エネルギー。それらを糧として生きられるように進化していったのが、ダークエルフだと言われている。


 〈森の民〉という存在を貫いたワイトエルフと、〈大地の民〉として変化を受け入れたダークエルフ。二つの種族は同じエルフ同士でありながら、通常はあまり接点を持たない。住む場所が違う、というのも理由の一つではあるが、決定的なのは互いの忌諱きい感によるものである。


 一般的にホワイトエルフは、ダークエルフのことを”野蛮な一族”だと思っている。他の種族と同じく動物を狩り、肉や魚を食べるからだ。逆にダークエルフは、ホワイトエルフのことを”時代遅れな一族”だと思っている。時代の変化を受け止めきれず、昔ながらのしきたりに固執する頑固者……という意味だ。


「まぁ、表立ってそんなことは言いませんし、エルフ族は基本的に平和主義なので、争いなども起きなかったのですけどね。それに今では、ホワイトエルフもダークエルフも人里に降りて、他種族と混ざっています。種族の違いを気にする者はほとんどいません」


 ヴァイスが最後にした説明で、カッツェが安堵の表情を浮かべた。

 ヴァイスとレイアのように、ホワイトエルフとダークエルフが一緒に行動しているのは珍しいことなのだが、本人たちは別に気にもしていないようだ。人族とエルフ族が友人になれるように、ホワイトエルフとダークエルフも今では種族の違いなど気にしないのだ。


 *

「エルフにも色々あるんだな」

「えぇ、まぁ。でもそれは、ヒト族とあまり変わりありませんよ」

「確かに。ちげえねぇ」


 そう言って、カッツェが豪快に笑った。


「おーーい、男子たちはいつまで川に入っているのニャ。ボクたちよりも長風呂ニャ?」


 男性陣が長話をしている間に、カノアが川下まで様子を見に来たようだ。


「わぁ! お前、覗くなよ! セクハラだぞ!」

「あははっ、カッツェがそれ言う?」


 慌ててを隠すカッツェ。

 ノエルの言葉に、一行は同時に笑いに包まるのだった。



=========================

◆登場人物コンビ紹介:カッツェとカノア…父と娘コンビ

 五人のなかで一番歳が離れている者同士、まるで親子のような関係である。虎と仔猫、という感じだろうか。

 互いに気を遣わず、言いたいことを言い合えるため、わりと仲が良い。二人とも精霊が視えないので、魔導術のことがよくわからない者同士、話が合うようである。

 カノアは高いところに登るのが好きなので、よくカッツェの背中によじ登って(勝手に)休憩している。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る