第26話 獣人村と夜の宴

 南の地へと急ぐノエル達だったが、一度森を抜けて最寄りの村へと向かうことにした。森で見つけた迷子の獣人猫族ケットシー、カノアを獣人族の村まで送り届けるためだ。

 彼女に道案内されて村に着いたのは、午後も遅くなった頃だった。

 村に着くなり、カノアが何かを見つけて駆け出した。


「ニャっ! 師匠~~!!」


 全速力で向かう先にいたのは、同じ獣人猫族ケットシーの老師だった。真っ白な耳に、真っ白な尻尾。身長はカノアと同じくらいしかなく、地面につきそうなほど長く白い顎鬚あごひげをたくわえている。


 ぼすっ、と突っ込むカノアをよろめきながら受け止めた老師は、ほっとした様子で頭を撫でた。


「カノア! お主、何日もどこをほっつき歩いておったのじゃ! 魔物に喰われたかと皆心配しておったのじゃぞ!」

「ごめんにゃさいニャ。実は、かくかくしかじかで……」

「ニャんと! 森で罠にかかっていたところを、助けてもらったと。旅のお方、それは何とお礼を申してよいのやら。ぜひお礼をさせてくだされ。すぐに宿も用意しますゆえ」


 カノアの説明を聞き、老師が深々と頭を下げた。老師に促されて、カノアも慌ててぺこりと頭を下げる。その様子に、思わずノエル達からも笑みが零れた。


「いや、礼には及ばん。それに俺たちは先を急いでいて……」

「そんな! 少しくらいいいじゃん! もう遅いし、今日はこの村に泊めてもらおうよ。……こんなに早くカノアとお別れなんて、寂しいよ」


 老師の好意を断ろうとするカッツェに、ノエルは急いで懇願した。最後の方には彼の本心が込められていた。わずか数日の間に、ノエルとカノアはすっかり意気投合していた。彼にとってカノアは、一緒にはしゃぎまわることのできる貴重な友人だったのだ。


 もちろん、カノアが去って悲しいのはみんな一緒だ。彼女は、むさ苦しいパーティーの中で唯一のムードメーカーだったからだ。

 だが、カッツェは渋い顔をしていた。魔物の被害を食い止めるため、一刻も早く南の地に向かわなければ、という気持ちが彼を焦らせていた。決して冷たいわけではない。彼は正義感あふれる真面目な男なのだ。

 困り顏のカッツェは、ノエルをいさめようとした。


「お前なぁ……」


「いいんじゃないか。ほんの数刻急いたところで、それほど変わる訳でもない。この村で休ませてもらって、明日の朝早くに出ればいい」


 珍しくレノアが口を挟んだ。今まであまり自分の意見を言わなかった彼女が割って入ったことに、カッツェとヴァイスは少し驚いて顔を見合わせた。

 確かにレイアの言う事にも一理ある。夜が更けてから森の中で野宿するより、寝床できちんと身体を休めた方が、結局は行程を早めることができるかもしれない。どうやら彼ら二人の意見も一致したようだ。


「仕方ないな……」

「ではご老師。ご厚意、有り難くお受けいたします」


 ヴァイスが胸に手を当て、軽く頭を下げた。彼がよくやるエルフ流のお辞儀の仕草だった。


 *

 夜も更け、月が顔を出す頃。宴は盛大に催された。


 森にほど近く、標高の高い土地にあるこの村は、住人のほとんどが獣人だった。

 獣人猫族ケットシーが多いが獣人狐族フーヤオ獣人狸族ラクーン獣人狼族ウルフもいる。村民達は森の獲物を狩って肉や皮を加工したり、伝統工芸品を作ってふもとの村と交易して生計を立てているそうだ。


 踊りの好きな獣人猫族、狐族、狸族が中心となって、村の中央で歓迎の踊りを踊る。広場には大きな篝火かがりが灯されていた。それを丸く囲むようにして、踊りの輪ができあがっている。


 もともと祭りが好きな村の住人たちは、総出で宴会に参加していた。踊りに加わらない老人たちは車座になって、やいのやいのと言いながら踊りを眺めている。ノエルたちは客人としてその中心に座らせてもらっていた。


 妖艶セクシーな獣人狼族の美女が、酒を持って現れた。大きな盃を次々と配り、大人たちに酒を注いでまわる。お姉さんたちに混ざって、カノアもお酌のお手伝いをしていた。ぴょこぴょこと動き回りながら、お酒を勧める。なかなかよい働きをしているようだ。


「ぷはー、うまい! この酒も料理も、最高だな!」


 カッツェが顔より大きい盃で酒をあおり、これまた顔と同じくらいの大きさの骨付き肉にがぶりと食らいついた。大喰いかつ大酒呑みの彼は、出された料理を端から平らげていた。側にいる給仕係がせっせと新しい料理を運んでくれている。


 その隣ではレイアがほんの少しの肉と野菜を食べながら、くつろいだ様子で座っている。ゆらゆらと揺れる炎をゆったりと見つめながら、歌と踊りを目で楽しんでいるようだ。

 *


 ヴァイスの前には、木の実や果物が置かれていた。ときどき申し訳程度につまんでいるが、ほとんど手が付けられていない。

 ヴァイスとレイアは普段からとても小食なので、心配して一度ノエルが訊ねたことがある。彼らは時に一日一食、それもほんの少しの木の実や果物しか食べないことすらあった。だが別に遠慮や節約をしている訳ではない。彼らエルフ族はそもそも、人間のような食事をほとんど摂る必要がないのだ。


 エルフ族というものは、ヒト族よりも少しだけ精霊に近い。だから自然のエネルギーそのものを体内に取り込むことができる。木々の生い茂る森や綺麗な小川のそばなど、自然があふれる場所にいれば、それだけで自然と体内エネルギーが回復していくのだった。


 ちなみに、ホワイトエルフは動物性の蛋白たんぱく質を摂らない。死んだ肉には生命エネルギーが残っていないから、食べても意味がないのだ。その点、ダークエルフは他の多くの種族と同じように、動物性の蛋白たんぱく質を分解してエネルギーに変えることができる。ヴァイスが言っていた「厳しい環境の変化に適応した」ゆえの変化の結果だった。


 *

 話は戻り。

 ヴァイスの隣からノエルはひょいと手を伸ばした。ヴァイスが食べないのなら、残すのも勿体ない。と、度々手を出してはヴァイスの果物をちょこちょこと頂戴しているのだった。


「あ。僕もそれ、飲んでみたいな~」

「ダメです。これはお酒です」


 酒が入った盃にまで手を伸ばそうとして、ヴァイスに止められてしまった。そのまま盃を取り上げ、ヴァイスが中身を全て飲み干す。


「……ひっく」


 お酒を飲んで、たちまちヴァイスの顔が真っ赤になった。とろんとした眼で、眠そうに何度もまばたきをしている。彼はめっぽうお酒に弱いのだ。北の村にいたときにも、彼がお酒を飲んでいるところはほとんど見たことがなかった。


「え~、けちーー」


 むくれているノエルの前にも、もちろんたくさんのご馳走が用意されている。が、ノエルがぱくぱくと食べているのは主に団子や大福などの甘い物ばかりだった。目の前に山盛りのお菓子を並べてもらい、果実の生絞りジュースを飲んでいる。旅の途中では滅多にありつけない甘い物をたらふく満喫して、ノエルはご満悦だった。

 こうして、久しぶりの贅沢な夜は更けていくのだった。



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◆冒険図鑑 No.26: 獣人の村

 カノアが暮らす山間の村。様々な種類の獣人が集う、平和な村である。

 獣人たちは手先が器用だが、機械や文明の利器をあまり好まない。自然のなかで暮らすことを好むため、獣人村には木工細工や革細工など、自然由来の生活道具が多い。

 精緻な細工を施された工芸品は、実用性と芸術性の両方を兼ね備えており、お土産としても人気が高い。このため獣人村の人々は、たびたび山の麓の村に降りて伝統工芸品を売りに行っている。

 その他にも、獣人狼族ウルフが狩猟、獣人猫族ケットシーが採取などを行い、獣人同士が協力して慎ましやかな暮らしを送っている。

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