第23話 自由<カノア>


「……おい。いくら三日間何も食べて無かったとは言っても、食べ過ぎだろう」

「ふにゃ??」


 もぐもぐと肉を頬張るカノアを眺めながら、カッツェが呆れた声を発した。何のことかと言わんばかりに、カノアがカッツェを見上げる。

 彼女の横には、食べ終えたばかりの肉の骨。他にも木の実のからや何やらが、山となって積み重なっている。なんと彼女は、その小さな体でパーティー四人×三日分の食料をあっという間に平らげてしまっていた。


「ニャっ?! これで全部だったのニャ? それは申し訳ないことをしたニャ……」


 そう言った彼女はしょぼんと耳を垂らし、小さくなって反省している。さっきまで元気に動いていた尻尾もだらんと垂れ、不安そうに揺く。獣人族の感情表現はとてもわかりやすかった。


「だ、大丈夫です。エルフの私は、ほとんど食べなくても歩けますし。動物性の食糧ならカッツェ達がまた獲って来てくれます……ですよね?」

「はぁ……あの干し肉、楽しみに取っておいたのに……。まぁいい、子供に当たっても始まらんしな」


 少し引きつった笑顔でカッツェに同意を求めるヴァイスと、残念そうに溜息をつくカッツェ。パーティーの中で一番の大喰いはカッツェだったが、カノアの食べっぷりはそれを軽く凌駕していた。充分に用意しておいたはずの食糧が一瞬で消えるさまを、ノエル達はただただ、ぽかんと見守っていることしかできなかった。


 やれやれといった様子で首を振り、カッツェが立ち上がった。レイアと連れ立って、これから夜の動物を狩りに森へ向かうのだった。


 *

 残された魔導師二人は、いつものように野営の準備を始めた。ノエルが焚き火の準備をし、ヴァイスがその周囲に魔物除けの結界を張り始める。カノアは自分の出した食べかすを地面の穴に埋めていた。ぽんぽんと土をならしたあと、何かを決意したように彼女が立ち上がった。


「ふにゃ……。助けてもらった上に、ご飯を全部食べてしまっては申し訳ないニャ。ボクも何か手伝うニャ!」

「結界の外に出たら危ないですよ。ここには結界を張っています。カッツェとレイアの帰りを待っていてください」

「大丈夫ニャ! ボクは鼻がいいのニャ!」


 慌てて止めるヴァイスの言葉も聞かず、カノアはぴょんぴょんと四つ足でどこかに駆けて行ってしまった。あっという間に森と同化して、その姿が見えなくなる。森の中でも素早く動けるのは、彼らの獣並みの身体能力があってこそだ。


 思わず感心してしまったノエルだが、それどころではない。ヴァイスが顏を蒼ざめさせている。せっかく助けた子供が、再び夜の森に消えてしまったのだ。魔獣や魔物にでも襲われたら大変だ。


 *

「ふー、戻ったぞ。まぁ、こんなもんかな……」


 カッツェとレイアが狩りから戻ってきた。カッツェは大人の身長と同じくらいの巨大な猪を肩に担ぎ、レイアはそれより少し小柄な猪を紐で縛って引きずっている。出発から一時間足らずで二頭も狩ってきたのだから、大したものだ。

 野営地を見渡して、すぐにカッツェがカノアの不在に気付いた。


「あれ、あの小さいのはどこに行った?」

「それが……」


 ヴァイスが蒼ざめた顔で説明しようとしたその時。機嫌の良い声を上げながら、カノアがどこかから戻ってきた。


「だたいまニャーー♪」

「カノア! 急にいなくなるから心配したよ!」


 カノアの猫型の耳はピンと立ち、尻尾も同じようにぴんと機嫌よく揺れていた。出て行く前のしょぼくれた姿とは大違いだ。小さなその背中には、大量の何かを背負っていた。

 その姿を見てほっとしながら、ノエルは彼女の大荷物をゆび指した。


「……これ、何?」

「ニャニャーーン♪」

「あ、これ薬草だ!」


 じゃじゃーん、とリズム良く奏でながら、カノアが背負っていた風呂敷を拡げてみせた。獣の皮でできた風呂敷の中には、大量の薬草や、キノコ、木の実が入っていた。

 ノエルはいくつかを手に取り、匂いを嗅いで種類を調べてみた。ノエルの良く知っている薬草もあるが、見たこともない植物や、毒にしかならなそうな木の根っこなどもある。

 カノアが自慢気に胸を張った。


「薬になる草と、食べられるキノコも取って来たニャ! ボクは薬師の修行をしているから、薬の調合なら任せてニャ!」

「なるほど、、とはそういうことですか……」


 カノアの無事に安堵しつつ、何とも自由奔放なその性格に、ヴァイスが苦笑する。カノアは獣人族としての嗅覚はもちろんとして、薬師として使える植物とそうでないものの区別や、食べられるものの見分けがつくようだ。確かに、森で食料を採取するのに役立つ才能だった。


「へーー、凄いね! これは何に使う草?」


 好奇心旺盛なノエルは、早速カノアに質問を始めた。北の村では、彼も様々なオリジナル薬の調合に挑戦していた。あまり娯楽もない北国で育った彼の趣味の一つだ。カノアは彼よりも幼いながら、豊富な薬学の知識を持っているようだった。ノエルが今までただの雑草だと思い込んで捨てていた草にも、実は使い方次第で様々な効能があるらしい。趣味が合った少年と少女の二人は、たちまち意気投合した。


 皆に心配されていたことなどすっかり忘れ、楽しそうに語り合うカノアとノエル。北の村にはノエルと同じくらいの年頃の子供がいなかったから、彼にとって初めてできた同世代の友達だった。

 わいわいと騒ぐ子供二人に、年長組三人も少し顔を緩ませる。レイアは寡黙な彼女にしては珍しく、優しい眼差しで二人のやりとりを見つめていた。カノアを最初に発見したときから、少しずつ情が湧いてきたようだ。


「『自由カノア』――まさに、名前の通りですね」


 ヴァイスが苦笑しながら呟いた。カノアの名前は、古代エルフ語で「自由」という意味だ。名はていを表すとは、まさにこのことだろう。

 想いを馳せてからふと我に返ると、カッツェとレイアが猪の解体を始めていた。時々哲学的な思考にはまり込んでしまうヴァイスのことは、二人ももう慣れっこっだった。ヴァイスも慌てて、肉を捌く二人の手伝いを始めるのだった。



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◆登場人物紹介 No.5: カノア(獣人猫族ケットシ―・薬師見習い)

 薬師の修行をしている獣人猫族の少女。年齢は7歳。森の中で猪用の罠にかかっていたところを、ノエル達に助けられた。

 薬の知識に長け、薬草の採取や薬の調合が得意。猫のように気まぐれな性格をしている。気分がコロコロ変わるので、怒ってもすぐに忘れるタイプ。基本的に楽天家である。

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